ナターシャの面影
社から小屋まで歩く。その間に私は夢で見た内容について、確かめる必要性を感じていた。
「じいや、少し聞きたいことが……」
「如何なされましたかお嬢様? このじいやに答えられる事でしたら何なりとお申し付け下さいませ」
表裏の無さそうな爽やかな笑顔を向けるじいや。そんな顔をされては、逆に聞き辛いのだが……。
「リースさんと戦った後倒れて……その間に夢を見たんだけど、その夢が何というか、その、変な夢で……」
「ほう、是非伺いたいです」
「ナターシャっていう女性と、じいやが出て来てね、フル・ダーンって男の人と一悶着して……」
「ふむふむ」
「変な格闘大会に出て、そしたら途中で目が覚めたんだ……」
「ほう……」
二人の足が止まる。色の抜けた屋根と擦れて細くなった支柱が目立つ小さな小屋。傍らには古い井戸があり、暫く使われた形跡が無かった。
「ココですな……」
じいやが社で貰ったカギを使い、ノブに手をかけた。
「お嬢様には長らく黙っていた事があります」
「……やっぱり?」
今更と言うべきか、ついにきたかと言うべきか。事実、万能執事が訳もなく私のような取るに取らない人間と一緒に居てくれる訳もない。きっと裏がある。そう思わなければやってられない事もあった。
「お嬢様が見た夢は、紛れもなく昔の私で御座います」
「……だよね。どう見てもじいやだった」
ドアを開くと、中には夢の中で見た景色が広がっていた。ナターシャの小屋は夢のまま残されており、椅子やテーブルまでもが夢で見た物と同じであったのだ。多少物が少ない感じはあったが、そこは紛れもなくナターシャの小屋であった。
「お茶にしましょうか」
じいやが何処からともなく、サッと紅茶を出してくれた。
懐かしいとしか言えないテーブルの表面を撫で、椅子に腰掛ける。
「若き頃に見完全な空間魔法で別世界へ飛んでしまった後、私はナターシャのいる世界に辿り着きました」
「……」
「そして、あの魔導大会の後、私は時間魔法に関する書物を手に入れたのです。著者はR・Q・グレー。私も初めて耳にする人物でした」
じいやがいつもの手品で出したクッキーをひとつ囓る。ほんのり甘くて実に私好みだ。
「その本には未来へ飛ぶ事が出来る時間魔法についての研究が書かれておりまして、私はかじり付くように本を読みふけり、未来へ飛ぶ魔法を習得したのであります」
「……えっ?」
あれ程難しいと言っていた時間魔法をあっさりと使えるようになったのであれば、何も苦労は無いのではないかと思ったが、直ぐに私は気が付いた。
「過去へは……?」
「……残念ながら書かれていなかったのです。つまりこの魔法は片道切符。決して戻れぬ禁忌の魔法なのであります……」
「そんな……」
「しかし私は使ってしまった」
「──!?」
「未来で誰かが過去に戻る魔法を習得出来ているのではないか! そう思ったからです」
「……もしかしてココって──」
「この世界は、お嬢様が見た夢──ナターシャの世界から200年後の世界なのです」
道理で見た覚えがあると思ったら、過去の現実だったとは──と、私の脳裏に強く痛みが走るように、まるで指先に刺さるトゲのようにそれは訪れた。
えっ? 過去の現実…………?
どうして私がナターシャの夢を……記憶を…………!?
あからさまに狼狽える私に、じいやが静かに追い打ちをかけようとしているのが分かった。摘まんでいたクッキーが指から滑り落ちる。テーブルに落ちたクッキーは僅かな破片を飛ばし、私の視界から消えた。
「私とナターシャの関係って……」
「あの日、時間魔法を使ったのは私だけではなかったんです……」
「……私ってもしかして──」
「酷な話かもしれません。あの日──時間魔法を二人で使い、私は無事に未来へと飛びました。しかし、ナターシャの魔法は失敗し、その魂の半分が何処か知らない場所へと消えてしまったのです」
「私……ナターシャなの?」
「……半分ですが」
「そんな……!?」




