水の社 ダーンの跡取り
馬車と船を乗り継ぎ、そして馬にも跨がりようやく辿り着いた目的地。
「ココが……そのダーン家の社?」
「この地図によりますと恐らくは……」
広大な壁に囲まれた自然豊かな土地。誰でも自由に出入りできるように、門は常に開かれており、門番が私達に会釈をしてくれた。
「じいや、石碑に何か書いてあるよ?」
「ふむ、かつてこの地を治めし古のダーンの功績に敬意を払い、この社を建てた、とあります」
「ふーん……」
少年よ大志を抱け的なポーズを決めた謎の石像が建っていて、鳥がその頭に止まってフンをしていた。
「かつてココには魔法学校が建てられていた様でありますが、ダーン家の衰退と共にその勢力が衰え、今では小規模になっているようでありますぞ?」
庭園のような整備された自然の中を歩き、程なくして小さな社が見えてきた。中からは賑やかな話し声が聞こえており、そっと耳を傾けると、青年が教鞭を取る声と小さな子ども達の声が入り混じっていた。
「……どうやらお客様のようだ。今日の授業はココまで。みんな、また明日な」
「ハーイ!」
社の戸が開き、中から子ども達がワラワラと飛び出し、中に残った青年が、私を見て「どうぞ」と手招きをした。
「学校と言っても、今では小さな子ども達に座学を教える程度ですがね……」
控えめに笑った青年──エラ・ダーンは、笑った後に遠くを見つめ、少し俯いた。
「かつても始祖グレイト・ダーンに会わせる顔がありません。私には魔法の素質がまるで無い」
手のひらで小さな水の渦を作るも、それは直ぐに形を崩して消えてしまい、小さな滴が手のひらからこぼれた。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「時間魔法について……何かご存じならお聞きしたいのですが」
エラは少し笑って外を見た。
「魔法の素質が悪い私には、縁の無い話です。しかし、偉大なる祖先ならば何か知っているでしょう……」
と、小さな鍵をポケットから取り出した。
「しかし、タダで差し上げる訳にはいきません。これでもダーンの跡取り。欲しければ力尽くで──」
そこでじいやが指を鳴らした。すると小さな鍵はいつの間にかじいやの手のひらの中に収まっており、エラは慌ててポケットをまさぐった。
「──い、いつの間に!?」
「落ち込む必要はありませんぞ。もし、偉大なる祖先とやらでも二三の抵抗がやっとでしょうから……」
「……あなたは一体」
「しがないじいやですぞ」
(嘘だ……)
私は少しじいやを疑いの眼差しで見つめた。景色こそ違えど、夢の中に出て来たダーンの名。きっと何か関係あるに違いない。
「ここより北西にある森の中に小屋がある。一説によると偉大なる祖先フル・ダーンとの関係が──」
「行きましょうお嬢様」
話を断ち切るように、じいやが強く私の背中を押した。
「失礼しました。では……」
私はそっと頭を下げ、小さな社を後にした。
 




