ナターシャ
新章ッス
―――アラインの週、矢の日
森にて見掛けぬ男性を発見。怪我のような火傷のような皮膚の変化が激しく、息は絶え絶え。早急に手当てが必要と思われたので自宅にて治療。
―――ナーブの週、水の日
男性の意識は未だ戻らず。不思議なことに体の部位毎に見た目の年齢が違う。特に腕は老人の如く老いており、顔は初老過ぎと思われる。足腰は若々しく、体からは僅かに感じたことの無い魔力を漂わせている。
―――ナーブの週、陽の日
男性の体を魔法にて少し調べてみた。どうやら彼はこの世界の住人ではないようだ。私は決めなくてはならない。彼が私に牙を剥いたとき、彼を保護するか殺害するかを…………
―――サヤバマの週、隼の日
解析を進めた結果、彼の体に触れている物は時間の変化が鈍くなる事を発見した。彼の手に握らせた魚はかれこれ三日程ビチビチと元気に跳ねて―――
「ん……」
「あ、起きたかな?」
日記を閉じ、筆を置いた先に見えたその目の輝きが本物であることに私はすぐに気が付いた。彼が少しでも敵意を見せれば拘束できるようにベッドの裏に魔方陣を三つほど仕込んでおく。
「……この魚は?」
「え、ああ。気にしないでくれ。この地域の病人に対するまじないごとだよ」
私は彼の手から魚を取り、水槽の中へと入れた。魚は元気に泳いでおり、瞬間的な反作用は見られない。
「……ええっと…………」
「ここは私の家。私はナターシャ名も無き学者。そして君は森で倒れてた。……他に質問はあるかい?」
「……いえ…………」
「それじゃあ私から聞こう。君の名前、何処から来たのか、それと所属と……あと魔法が使えるか聞いておこうか」
目覚めたばかりの男性は手を握ったり開いたりをゆっくりと繰り返し、窓の外をチラリと見た。
「すまない……何も思い出せないんだ」
「……記憶が無いのかい?」
男性は自分の身形を確かめ、首を傾げた。そして何か手掛かりが無いかと服のポケットを探る…………。
──ヒラリ
胸ポケットから飛び出した一枚の紙切れ。男性はそれを拾い手書きの文字を見つめた。
* この男に帰る場所は無い。還る場所も無い。それでもなお進むと言うならば、どうか一滴の情けをかけて頂きたい *
私は既にこのメモの存在を把握している。察するにこの男性は『誰か』に記憶を消されココへ飛ばされたようだ。そこまでするなら殺してしまった方が楽だと思うのだが、彼にはこの男性を別世界へ飛ばした方が良い事情があったのだろうか?
「まだ色々聞きたいが、名前が分からないのは不便だな…………そうだ、何だか年寄り臭いから【じいや】と呼ぶことにしよう。いいかい?」
「私は好きに呼んでくれて構わないが……」
「じいや。早速だが君は魔法が使えるかい?」
「魔法? 火の玉を飛ばしたり雷を落としたりするアレですか?」
「ああ。今や国民の全てが使える魔法の事だよ」
「…………いえ、私は使えませんが……」
「それも忘れているだけかもしれないな。まあいい、暫くはゆっくりしていくといい」
「すみません。ありがとうございます」
じいやはニコリと白い歯を見せて微笑んだ。




