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何をいまさら国内炭だ  作者: 赤間末広
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政策転換闘争篇(市民協議会)

 週明け月曜日、市長室の隣の会議室に向かうと、市長、大谷晴敏、市議会議長、市議会の各会派の長、地元経済団体の役職者、銀行の支店長、信用金庫や信用組合の理事長、炭住街の町内会長までもが集まっていた。地元政財界の重鎮が勢揃いしており、ここで何かが決まれば、結果はどうであれ実行されるだろう。

 鉱業所からは所長、炭鉱長、生産部長、管理部長が、組合からは執行委員長、会計の鹿島、去年まで測量係をしていた教宣部長の滝口が、本店からは社長と副社長が出席した。 

 鉱業所長はヤマ元における経営の最高責任者、炭鉱長は部下たる生産部長と保安部長を統括し生産と保安の両立を図る責任者、生産部長は生産計画を練る生産の責任者、管理部長は資材や人員、ヤマ元における金銭管理を行う責任者で、この四人が居ればヤマ元における現状の説明は事足る。本店から来ている社長と副社長は、社内政治や国策的な問題を説明するための存在だ。組合は、生身の人間の問題を説明する。組合が生身の人間の問題を話さなければ、存在意義が無い。

 今日のこの会合を御膳立てをした松島は、炭住街の町内会長に混じり、末席に座っていた。

 会合は、大谷敏春の挨拶から始まった。

「本日は、お忙しい中お集まりいただき、お礼申し上げます。基幹産業の一つである石炭産業を取り巻く環境は、刻々と変化しております。監督省庁である通商産業省燃料資源庁において、不穏な動きがあると言うことで、状況の説明をいたします。また、その打開のために皆様のお力とお知恵をお借りしたい」

 組合と鉱業所の幹部が、参加者の前に資料を置いていく。ポスト八次政策の叩き台、安岡春鳥炭砿閉山時に失業する人数、あと何年掘れる石炭があるかの資料だ。

 ポスト八次政策の叩き台を見て、市長が口火を切る。

「これは酷い。これは事実上の死刑宣告だ。炭鉱と産炭地に死ねと言ってる。こんなものが答申されたら、石狩はうち以上の惨状になるぞ」

 他の参加者も、市長の発言を聞き、叩き台を目を皿にして読むと、表情が一変した。そんな馬鹿な、いやまさかそんなと、驚きを隠せない。

「掘る石炭が無いから潮時だと国は言ってるのか?それとも面倒を見るのが嫌になったのか?」

 商業施設の経営者で市内の小売業組合の理事長が、掘る石炭が無いから潮時と言っているのか、面倒を見るのを嫌がっているのかと、真意は如何なのかと聞いてくる。

 現有鉱区で坑道を深部や水平方向に展開しないと掘れる石炭が枯渇するヤマは存在するのは事実だが、炭層傾斜や鉱区の関係で水平方向への展開をしても深部化への抑制が効かないヤマは、早晩地圧とガス対策に行き詰まり閉山せざるを得ないだろう。しかし、炭層傾斜が緩やかなヤマは、深部化に伴う地圧とガス対策も必要だが、どちらかと言うと、奥部化に伴う運搬と稼働時間の解決だろう。これができなければ、出炭を確保できず、経営が行き詰まる。

「坑道を深部や水平方向に展開すれば、掘る石炭が十分にあるヤマが殆んどです。掘った石炭を電力会社等が買うと言うのであれば、石に噛り付いてでも掘ります。国は、石油危機があったのにもかかわらず、面倒を見たくないと言ってるのです」

 滝口が、石炭は十分にある、国は面倒を見たくないから、こんなことを言っていると、説明する。石油危機で尻に火が着いたのは、ついこの間だ。そのうえ、ソ連のチェルノブイリ原発が爆発して、日が経っていない。ただの火ですら使いこなせているのか怪しい人類に、核の火を使いこなせるのだろうか。北海道でも原発が建設されているが、このまま進めていいのだろうか?炉の形式が違うとか、色々御託を並べるが、それは本当に信用するに足るのか。滝口がそんなことを考えていると、生産部長が補足説明をする。

「現在の採掘フィールドである中央部内第六坑道レベルの次に主力採掘フィールドになる予定の中央部内第八坑道レベルは、炭丈は厚く炭量豊富で、今の生産量で三十年は掘れるだけの量があります。人車斜坑の一本坑道化と第六坑道への高速水平人車の導入による稼働時間の確保、揚炭経路の切り替えによる運炭の合理化、新採炭プラントの導入による集約採炭を計画中です。掘れる石炭が無いなら、このような計画は立てません」

 生産部長は、掘れる石炭は十分にある。それに、掘れる石炭が無ければ、合理化をしても意味がないこと、必要な設備投資を計画していると熱弁する。

 鉱業所長は、例の物を見せますと社長に目配せし、鞄から燃料資源庁、取引銀行以外には見せない部外秘の資料を取り出す。主要水平坑道や東西何片坑道レベル別の炭丈、熱量、埋蔵炭量が記されたもので、安岡春鳥炭砿の生産計画を決するうえで重要な資料だ。

「部外秘の資料ですので、ここで見聞きしたことは他言無用でお願いいたします。現在は第六坑道レベルを主力採掘フィールドにしておりますが、第七坑道レベルでの本層の炭丈は三メートル前後と二・四メートルから二・八メートルの第六坑道レベルより肥厚化しております。第八坑道の展開のために掘削している斜坑より着炭させて、炭丈を確認しておりますが、三・六メートル前後とかなり肥厚化しております。過去行われました海上ボーリングや現在行っている水平長尺ボーリングのデータから、傾斜方向から採掘する採炭切羽を二回稼働させられるだけの傾斜延長を確認しております。第八坑道を展開することで、最低三十年は採炭を続けられます。安岡春鳥には石炭は豊富にあります」

 鉱業所長は細かい数字を提示しながら、安岡春鳥には石炭が豊富にあり、国に見捨てられなければ最低三十年は生産を続けられる石炭があると言う。組合も会社も掘る石炭が無いから、国は炭鉱を引退を勧告しているわけではない、面倒を見るのが嫌になったので潰しにかかっていると、政財界の重鎮に説く。

 掘る石炭が無くなったわけではないと言う説明を聞いて、小売業組合の理事長は、納得したようだった。しかしながら、炭炭格差なるものの存在を知っているのか、ひそひそ声で耳打ちしあっている。掘る石炭があっても、価格競争に負けているのでは、潮時ではないのかと……

 ひそひそ声を聞いて、大谷晴敏が眉をひそめて言う。

「皆さん、ガソリンスタンドが日曜日休業になったり、テレビの放送時間を短くしたりしたのは、ついこないだですよ。のど元過ぎれば熱さを忘れるを、地で行ってるじゃないないですか。今度は、戦後の線香送電の再来かもしれませんよ!」

 大谷晴敏の線香送電と言う言葉を聞いて、ひそひそ話は止み、顔から血が引いたような顔をする。線香送電を言葉としてではなく、実体験として体験している人間が多数いるこの場では、間違いなく響く。家電製品に囲まれた現在の環境下で、線香送電になればどんなことになるかは、簡単に想像がつく。

 戦後の電力制限が解除された後に生まれた滝口は、聞きなれない線香送電と言う言葉を聞いて、不思議に思っていると、横に座っている鹿島が、電圧を下げて送電することだと耳打ちする。電圧を下げてるから、電灯を点けてても全く明るくない、それが線香送電だとその実態を説明する。前回の石油危機の時は、節電だけで済んだが、今度のエネルギー危機の時もそれだけで済む保証はない。

 線香送電の話が出てきて、場の雰囲気が沈んだところに、申し訳なさそうな声色で、末広飲食店組合の理事長が質問してくる。

「末広飲食店組合としては、給与削減を含む合理化に伴い客足が鈍くなることについては、痩せ我慢で耐えられないことは無いが、閉山となれば別の話だ。組合が承知している範囲で、どれだけの失業者が出ると見込んでいるのでしょうか?」

 執行委員長は、突っ込んだ話を躊躇いもなく聞いてきたなと、苦笑いしつつも、飲食店組合としては一番聞きたい話だろうなと、理解する。客足が鈍くなる程度なら、痩せ我慢で耐えられないことは無いと言っているが、強がりだろう。

「組合が感知できる範囲で、直轄千三百人、業態転換が困難な系列会社で百五十人、下請が千人以上が失業すると思われる。取引業者には、ほぼ専属に近いところもあるだろうから、最悪は三千人近くを見込んでおいた方が良い」

 それなりの覚悟はしてはいたが、三千人と言う人数を聞いて驚愕する。受け入れがたい人数だけに、それを受け入れようと必死に反芻する。

 三千人と言うのは、失業する人間の数に過ぎない。飲食店に行くのは本人だけとは限らない。家族は言うに及ばず、市内に住んでいるが同居していない親と会食することもあるだろうから、一万二千から一万五千人の需要が月一から月二であるのなら、年間の延べ人数にすると十四万から十八万人の需要があることなる。閉山し、職を求めて市外に散ったり、給与減を覚悟で市内に転職してたりで、需要は大幅に減少する。

 小売業組合の理事長が執行委員長の見込み人数を聞き血相を変えて、管理部長に問いただす。

「管理部長、執行委員長は数字を盛ってるんじゃないよな?」

 管理部長は、視線を卓上に落とす。暗にそれくらいは覚悟しておいて欲しいと訴える。小売業組合の理事長は、管理部長に重ねて問う。

「管理部長、黙ってても分からないだろう!」

 その声は、悲鳴に近い物だった。管理部長は、意を決して、口を開く。

「多少の前後はあるだろうが、執行委員長の人数は的を射っている。坑内外で石炭採掘に関わっている二千三百人以上がヤマを追われるのは、遅いか早いかでしかない。系列会社や取引企業で業態転換できない所は、廃業するしかないだろうから、その分も考えなければならない」

 執行委員長の言う人数は、ほぼ正確だと、冷酷な真実を伝える。石炭採掘に関わっている二千三百人以上の人間がヤマを追われるのは、遅いか早いかでしかないし、系列会社や取引企業は、どれだけがそれに続くかは未知数だが、確実に職を失うものが現れると……

 ここまでで明るい話題は掘れる石炭はあることと掘り続けるための努力は続けられていること、お先真っ暗な話題は閉山すれば人口流出と購買力の低下が間違いなく起きることだ。閉山が避けられないのなら、影響を緩和するべく対処しなければならい。そのためにも市長は、会社はポスト八時石炭政策の終了と同時に閉山する気なのか、それとも操業を続けるのか、聞き出さなければならないなと思った。

「崎戸社長、単刀直入に聞く。ポスト八時石炭政策の終了と同時に閉山を考えているのか、それとも、政策終了後も規模縮小等を図り継続可能な体制を構築して操業を続けるのか、答えてもらいたい」

 崎戸社長は、市長にそう尋ねられると、意を決して言う。

「閉山交付金の支給は、政策期間中だけなので、政策終了後は閉山したくても閉山できない進退窮まると言う状況になる。操業を続けるにしても、政策終了後は電力会社の取引協力は無いから、海外炭と同じ土俵に上がらざるを得ないが、そうなれば給料どころか電気代の支払いにすら窮する。政策終了と同時に閉山することは避けられない。操業を続けるには、政策の転換を強く要請するしかないが、それが容れられざる場合は……」

 掘れる石炭はあれども、国の支援無くして存続は不可能であり、また、国の支援が無ければ閉山することすらできない。石炭政策が終了すれば、止めることも続けることも出来ないから、止めることが出来るうちに止めるしかないと、暗に示す。

 市長は、ため息をつくと、過酷で冷酷な現実から一時でも逃れようと、煙草に火を点ける。市長が煙草に火を点けたのを皮切りに、ほとんどの参加者が煙草を吸い始めた。あるものは視線を落としたまま、あるものは虚空を仰ぎ、ため息をつく。

 大谷晴敏は、崎戸社長の発言以降、お通夜のような状態になった参加者に喝を入れる。

「まるで、お通夜じゃないか!ヤマを残すために、何が出来るか、何をしなければならないかを検討するのが、この会合の目的だ。座して死を待つつもりか!」

 参加者の目に覇気は無く、死んだ魚の目に近い物があった。炭鉱労は政策転換闘争で北は北海道、南は九州から街宣しながら東京を目指したが、流れは変えられなかった。今の比ではない力を持っていた時に、政策転換を勝ち取れなかったのだから、今の炭鉱労に何が出来るのだと、諦観しきっていた。 

 執行委員長は、おもむろに立ち上がり口を開く。

「掘れる石炭があるのに、閉山するだと。地底で非業の死を遂げた諸先輩方に何と申し開きをする。国が面倒を見るのが嫌になったと言ってきたので、閉山を受け入れましたなどと、どの面下げて墓前に報告できる!大谷晴敏代議士も言っていたが、前回の石油危機では、線香送電にならなかったが、今度同じような事に成った時も、線香送電にならない保証はない。今は中国は石炭を輸出している国だが、輸入国に転ずれば、どんなことになるか。極東の吹けば消し飛ぶ様な島国が世界を向こうに回しボロ負けした後、立ち直って租も押されぬ経済国になったのだから、日本より人間が居て資源もある国が台頭しない保証が何処にある!」

 執行委員長は、言いたいことを言い終わると、席に着き、茶碗のお茶を一気に飲み干すと、我に返る。冷静さを欠いた。しかし、掘れる石炭があるのに、閉山するなんてことは、地底で非業の最期を迎えた者に対する重大な裏切りではなかろうか。戦前戦中は好むも好まざるにも関わらず帝国主義の片棒を担がされ、戦後は荒廃した国土再建のために粉骨砕身した者に、この様な仕打ちが赦されるだろうか。いあや、赦されていい道理が無い。

 国の大事なエネルギーを守ると言うのも目的だが、一番は生活の糧を守ることと、日本の火床を支えてきた者の尊厳を守ることではないのか?

 市長が、執行委員長の方を見てから、議長、市議会の各会派の長の方を見て言う。

「執行委員長、痛いほど気持ちはわかる。議長、決議を採択しよう。しかし、ただ決議を採択しても芸がない。決議参加者で墨書の傘連判状を書いて、朱肉で拇印をしよう。今日日、血判は流行らんからな。墨書と拇印の傘連判状を持って来られたら、通商産業省に燃料資源庁は、度肝を抜かれるべ」

 傘連判状と言えば、上下関係なしの一致団結を誇示するか首謀者を秘匿するための物だが、まさか市議会の議決文に傘連判状を使うとは、驚くやら呆れるやらだ。ただ、通産省と燃料資源庁の意表を突くと言う点では、面白い。しかし、議決だけで引っ繰り返せるような生易しい物ではないし、通産省と燃料資源庁の官僚から言わせれば、国民は望んでいない、産炭地が地域対策で望んでいることだと、膠もない返答を返されるのは想像に難くない。

 市長の考えを聞いて、大谷晴敏が発言する。

「市長、それは、いい考えだが、迫力は有るが威力に欠く。炭鉱労は、既に行動に移っているらしいが、具合の方は良いのかね?」

 松島から署名活動のことを聞いているらしい大谷敏春は、署名活動の進捗具合を尋ねてくる。

 傘連判状では迫力あるが威力に欠く、そこで傘連判状で突撃路を開いたところで、炭鉱労が行っている署名をぶつけ、産炭地のみ望んでいるのではない、国民が望んでいるのだと通産省と燃料資源庁に知らしめられれば、あるいは……

「具合が良いかと言われれば、中々厳しい物が……」

 炭鉱労の目標は一千万筆だ。日本の三大中央組織の日本労働評議会、日本労働同盟、日本統一労働協議会の協力のもと署名を集めてはいるが、中々厳しい物がある。組合専従者が居るのは大企業位だから、地方の組合だとどうしても土日だけしか活動が出来ない。

 たとえ専従者が署名活動をしたとしても、都会で署名がどれほど集まるかと言えば、ユーパロ新鉱再建闘争の時の無関心からして、あまり期待できないだろう。今手にしている安逸な生活を誰が支えているかを知ろうとせず、そんな危険な仕事なんか辞めればいいのにと御忠告してくださるほどだ。何れそのツケを払う時が来るだろうが、どんなことでツケを払わされるかは、その時にしかわからないが、並大抵のものでは済みはしまいだろう。

 執行委員長が、署名活動の進捗具合、都会の無関心さ、そのツケのことを考えていると、炭住街の町内会長の一人が挙手をして、発言を求めた。

「市長、この際だ。市を上げて炭鉱労の活動に協力しよう。市が表立って炭鉱労の活動をするのがまずいのなら、地域と暮らし守るために町内会長連中で、申し合わせをしてやるが?」

 全市的に町内会が協力してくれるとなれば、市内での街頭署名活動を絞って、近隣市町村への署名活動に人を割ける。近隣市町村での署名活動による筆数の積み上げが出来ずに困っていたところなので、町内会長の提案は天祐である。

町内会長の話を聞き終えると、市長は何時の間にか呼び寄せた幹部職員に何かを耳打ちしていた。耳打ちされた幹部職員は、目を白黒させる。今度は幹部職員が市長に耳打ちする。市長が顔を顰めたかと思うと、顔を紅潮させ、拳を突き上げる。幹部職員は平身低頭する。決まった。市長は何かをする気だ。

「抗議の市民大会を開き、市民に炭鉱の危機を知らせ、現有炭鉱の維持、長期存続のために必要な施策を要請しよう。一つの産業が消えるかもしれない危機だ、全面的に支援するつもりだ」

 市長は全面的に支援すると明言した。抗議の市民大会も開くと言う。反撃の狼煙が上がる。続けて市長は言う。

「経済界の皆様におかれましても、無理のない範囲で取引先に署名にご協力を願いたい。基幹産業の三本柱の一本が、危機に晒されているのですから」

 経済界も炭鉱存続のために、骨折りをしていただきたいと迫る。紙パルプ、水産、石炭の基幹産業のうち、水産は排他的経済水域問題や遠洋漁業を取り巻く環境の悪化で……

 そのような状態で、石炭産業が崩壊すれば、地域崩壊の引き金になりかねないから、何が何でも炭鉱の存続を勝ち取らなければならない。そのためには、横紙破りだろうが、常軌を逸していようが手段は選んではいられない。

 市長の顔を見て、地元経済界の重鎮たちは黙って頷く。

「安岡礦業の役員の方々には、石炭鉱業会と協力一致し、政府、石炭対策委員会、通産省及び燃料資源庁、石炭生産審議会に働きかけをして頂きたい。無論、その際には同行し、産炭地の首長として、務めを果たす所存です」

 市長は、安岡礦業の社長と副社長、役員でもある鉱業所長に、政治的働きかけを行うように言う。その際は、同行するとも伝える。

 それを聞いて、大谷晴敏が市長に言う。

「市長、中央に陳情に行くのなら、知事にも同行して貰おう。それに、個別で行くより、他の産炭地の首長と足並みを揃え、石炭鉱業会と共に行くべきだ。その際は、私も万難を排して、同席する」

 産炭地は減ったとはいえ、その首長が勢ぞろいし、石炭鉱業会と共に陳情をしたら、あるいは……

「炭鉱労で行っている署名が目標筆数に達していれば、その場に同席させて頂きたい。通産省と燃料資源庁は、会社と組合は同床異夢だと思っている節がある。会社と組合が、同床異夢ではないと、知らしめられれば、希望は見えてくる」

 止められるのなら止めたいと言うのが会社の本音だろう。累積赤字を考えれば、国に石炭産業を守る気が無いと分れば、尻に帆を掛けて逃げ出したいだろう。閉山交付金が出るうちに逃げ出さなければ、逃げることも出来なくなる。当然、通産省も燃料資源庁もその辺はしっかり把握しているだろう。それ故、会社と組合が足並みを揃えて、現有炭山の維持を要請すれば、通産省と燃料資源庁は泡を喰うだろうか?

 会社と組合が足並みを揃えられたとしても、通産省と燃料資源庁のプロパガンダを打ち破れるかが問題だ。

 戦後、エネルギー革命で高い石炭から石油への乗り換えられ、乗り換えた石油は石油危機で高騰し、石油から石炭への回帰を図るも、国内炭と海外炭の炭炭格差がじわじわと広がっている。燃料資源庁は、炭炭格差をもって、国内炭不要論をぶつけてくるだろう。海外炭がかつての石油の様にならない保証はどこにもない。国内炭が無ければ、その時どうやって日本のエネルギーを支えると言うのだろう。まさか、チェルノブイリの原子力発電所が爆発したばかりだと言うのに、日本とソ連は違うと煙に巻いて、原子力発電を猪突猛進で推進するつもりなのか?

 市長が執行委員長の方を見て言う。

「地域と暮らしは、従事者、会社、住民、自治体が一丸に成らなければ守れない。炭鉱の存続を地域の総力を挙げて勝ち取ろう」

 市長が一丸に成らなければ守れない、地域の総力を挙げて炭鉱の存続を勝ち取ろうと言ったのは、百万の援軍を得たと思えてならない。その援軍を無駄にしないためにも、総力を挙げて署名を集めなければならない。

 続いて、大谷敏春も、参集者をアジテートする。

「安岡春鳥炭砿の存続を勝ち取るために、地域の総力を結集し、産炭地を脅かす通産省と燃料資源庁の石炭政策を転換させよう」

 そして、参集者に起立を促す。

「団結」

 大谷敏春が言うと、参集者がそれに続いて言う。

「ガンバロー」

 最初のガンバローは、まばらだったが、二回目からは揃うようになってきた。

「団結」

「ガンバロー」

「団結」

「ガンバロー」

 三回目のガンバローは、見事に揃った。

 反撃の狼煙が上がった。あとは、敵の本陣に肉薄し、大将の首級を上げるのみだ。

 だが、本当に敵の本陣に肉薄できるだろうか?滝口は、全海運の組合員の船長が言っていたことを思い出す。敵は難物。こちらの弱点は手に取るようにわかるのだから、そこを突いて、国民に流布すればいいのだから……

 電力会社は、炭炭格差を理由に渋るのが目に見えている。国民が原発を否と拒否し、電力会社が石炭への回帰と調達リスクの分散を図らなければ、敵の本陣へ肉薄するのは容易ならざることだ。

 勝利を掴むために気勢を上げているが、不安が浮かんで仕方がなかった。

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