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桜の樹の物語  作者: kim
12/14

二月

コーノス・ウェイテラの物語

大学一年・二月 


 ボクの大好きな、ワタシの大好きな

 カレらもカノジョらも、

 キミも笑ってられますように

 その気持ちを忘れないように

 この景色をきちんと覚えておこう。

 コスモスの花を一つ一つ

 秋のサクラが淋しく散らないように

 それぞれが違うものを見て

 違うことを思っていたとしても

 トナリに寄り添っているかぎりは

 倒れることはないから

 そう祈って


「ボクじゃないよ。この部分の歌詞はコナが作ったんだ。」

 ヘスがシータにやたら熱く話していた。

 俺のことをよく知っているルビとペシタは、俺のドッペルゲンガーにでも遭遇したときのような表情で凝視していた。

 俺をよく知らないディルは、すごいよね、とヘスとシータとはしゃいでいた。

「ヘスがさんざん俺にヘタクソな詩を聞かせるからだろうが。お前好みだと思って書いてみたんだ。

 というか、なんでお前の手柄にしないんだよ。

 俺はオマエがスランプだってイジケてたから、ためしにこんなのはどうだって例を出したまでだろうが。

 そのままみんなに見せるなんて言ってなかったぞ。」

 結局秋に企画した発表会とやらは、年が明けてもまだ実施できずにいた。


 さらに一ヶ月。

 それぞれが妥協できない結果だ。

 ヘスの作詞は、何度も何度も推敲され、詩的表現力のあるルビとペシタとそれ以上に議論された。

 ホントは歌詞にメロディをつける形で進めようと思っていたが、なかなか歌詞が出てこないから業を煮やしたシータと俺でイメージをつめることにした。

 テーマは決まっているから、その擦りあわせで行こうということになったのだ。

「よし。コナが曲を作ろう。」

 さらに、シータが無茶振りしてきた。

「私はディルの特訓があるから。」

 教会音楽をアレンジしたバラード。

 シータの指定はそれだ。そこまでならまだ、経験済みだからやれないことはない。


 問題はもう一つのほうだ。

「他のメンバーにもオフレコ。

 別ネタで、レクイエムをレクイエムとばれないように、かつ鎮魂歌としての意味を失わないような曲を作って欲しいの。」

「理由は話せるのか?」

 あいかわらず暗躍ってコトが好きなヤツだな。いい加減慣れたけど。

 下手すれば、総スカン食らいそうな危うさを平気で相談してくる。

 多分、シータがメンバー五人に話しいるネタは微妙に違うのだと思う。

「聴かせたいヤツがいるんだけど、なるたけそのときまで知られたくない。」

「レクイエムってのは誰かの魂を鎮めて天国へ送る歌だよな。

 それを聴かせたいってコトは、対象は霊体ってコトなのか?」

 曖昧に肯くのを見て納得した。

「使う楽器は?」

「理解が早くて助かるわ。」

 はたしてそれは五つの民族楽器のほうの曲を作って欲しいということだった。

「つまり、その用途で配られた可能性があるということだな。」

「そうね。

 少数民族の神楽に使われるのが混ざってるから、そうかもと思ってるのよ。」

「カグラ?」

「神に奉げる音楽のこと。こっちのほうでは使わない表現だけど。

 聖歌とはちと意味合いが違う気がするので、コードネームとして使おうかなと。」

 ペシタからシータが過去に迷っているという話を聞いたことがある。

 しかしこの辺りの博学ぶりは、たかだか二十年では得られないものだ。

 千年単位で転生しているかどうかはさておき、二度三度は転生している証拠ではないだろうか。

 俺の日常にはありえない話だから、本来ならぜったいにそんなことは考えない。


 シータだから、言葉を信じる。


「コナ?」

「いや、別になんでもない。

 とりあえず、レクイエムの、あぁ、カグラの話は了解した。

 皆にもわからないように作ってみる。」

「ありがと。」

 シータは常にみんなのために一生懸命考えてくれている。それが理解できているから信じることができる。

 正しい、間違っている、そんな評価は下す必要はない

 。結果、もしかしたら彼女に対峙する日があるかもしれないが、そのときは自らの信念を曲げずに彼女の前に立とうと思う。

「信念を曲げずに付き合える友…か。

 青臭いな。重たいし。きっとウザいだのいわれそうだし。

 でも、いつか友達をテーマにこんな歌も歌ってみたいな。」

 ボソリと俺が呟くと、

「ゆるす。いいと思うよ。

 今すぐ作れ。」

 とシータが微笑んだ。

「命令かよ。」

「はい。命令ですけど、なにか?」

 その達観した笑みに俺は自信に満ちた笑顔で返す。

 そいつの訴えに対峙することも友情だ。馴れ合うだけなら、その辺のニンゲンともできるだろう。

 しかし、自分を主張しつつ友達でいられるニンゲンは数少ない。

「人生かけていいと想えるダレか。それを音にするのもありかな。」

 長調か短調か。

 メロディを高めに設定しようか、低いところからの階段にしようか。

 普段使ってる楽器だったら、何とかできそうだ。

 となると、やはり問題は民族楽器のほうだな。

「音を全部重ねると雑多になるし、メロディパートが音の弱い楽器だからバランス取れなくなるんじゃないのか?」

「それは私も考えた。

 ただ、どれが何の能力を持っているかわからない以上、全部を一斉にやるしかないのよね。」

「そうか…だったら、音の強いリズムパートの一音ずつを間を空けるか。」

 俺は頭の中で音をめぐらせた。

 こんなに音符が脳裡を占めたのははじめてのことではないだろうか。

 シータのようにテレパスを使いこなせれば、少しは楽なのだろうけど。


「ダレかを想うヒトって強いねぇ…」

 微笑の片ほほが歪む。気のせいだろうか。

「悪いんだけど、あとはディルの相手でもしてて。

 私、ペシタに話しておかなきゃならないことがあるから。」

 そう言って、シータが席を外した。

 平静を装うも、変に気を回されたコトに戸惑う。

 朴念仁と妹にバカにされる俺ですら、周囲の微妙な空気に気づいた。


 照れ笑いだか、苦笑いだか、曖昧な笑みを残しつつも、ありがたくその気遣いに甘えることにする。

「ディル。少し外でないか?

 そろそろニコチンぎれだろ?」

「おぉ。

 さすがコナ。わかってらっしゃる。」


 知らぬは本人ばかりか。


 俺は苦笑まじりにディルを中庭に誘う。

 兄のヘスが俺を一瞥したが、そこはムシ。

 本人はあくびまじりに、でも無邪気に俺の後ろをついてくる。

 高鳴る心臓。こんなにカラカラの喉で何を話せるのだろうと不安になる。

「ディル…あのな…」

「うん。なに?」

 中庭のベンチに二人並んで座った。肩と肩が触れそうだ。

 俺の微熱だけが、彼女に伝わりそうだった。

 沈黙が二人に流れる。

 ディルはタバコをくわえてるから、対して気にしてなさそうだ。

「ギター弾けるようになったのか?」

 声は震えていない。いつもの自分だ。

 で、ディルもいつものディルだった。

「ムリ!

 シータ、教え方ヘタなんだもの。」

「ヒトのせいにするなよ…」

 シータがかわいそうに思えた。

 って、あいつ教職受講してなかったか?

 だいじょうぶなのか、あいつ。

「いやいや、教え方ならやっぱりヘスとコナには敵わないね。」

「ご誉めに預かりましてありがとうよ。

 というコトは発表会はまだまだ先だな。

 へたすれば、春かな。」

「かもね。

 いいんじゃない?

 ルビもそのほうが安心して音楽に集中できるだろうし。」

 とことん無邪気に笑う。


 ヘスにもシータにも「扱い大変だよ」と半分脅しのように言われたのを思い出した。

 性格なのか、自分自身にも周囲にも無頓着な印象を、出会ったときから持っている。

 自分のことは後回し。

 その気持ちを持っていながら、周囲が振り回される。ヒトのために、と行った行動が実は周囲の望むものとズレている。

 そんな感じ。

 実害があるほどズレないと周囲もいちいち指摘しないからそのまま彼女の想うとおりに進めてしまう。

 ちょっとした違和感にムズムズしているのをガマンしてしまう感じだ。

「どうしたの?」


 俺はディルのことが好きだ。


 自信持って宣言できる。

 しかし、彼女はこう答えるのではないだろうか。

「キライじゃないけど、あたしじゃないほうがいいと思うよ。」

 理由を明確に述べることはできない。

 しかし、彼女と話せば話すほどそう思ってしまうのだ。

 俺のことを毛嫌いしているわけではないだろう。

 それとも、女性にとって友達から恋人になることは、難しい。そう言っていたルビの説通りだろうか。

 音符が全体を占めていた脳が、今度は彼女への言葉でいっぱいになる。

 しかし、それが声として発せられることはなかった。その前にディルが動き出してしまったから。

「よし。ニコチン補充完了。」

 手を伸ばしかけて、ポケットにつっこんだ。

「にしても寒くない?

 カゼひくから中入ろうよ。そろそろ各担当の話合いもすんでるって。

 あれ?

 そういえば、あたしたちは何の話合いするんだっけか?」

「…少し風に当たろうと思っただけだ。

 みんなのところに戻ろうか。」

 さっさと立ち上がって、建物の中へと歩き出す。


 結局、今日も諦めた。


 なぜ、きちんと伝えられないのだろう。

 勇気の問題なのか?

 俺はディルの後姿を見つめながら、頭を抱えた。

「その顔は撃沈した顔じゃないな。告白すらできなかった顔だ。」

 遅れて戻ってきた俺にニヤニヤとヘスが耳打ちした。

 力なく肯いた。

「少なくともディルは空気を読む能力は低いよ。

 ムードを作って、なんて計画練ってると一生コクれない。」

「なんで自信満々に言い切るんだよ。」

 ポンポンと慰めるように肩を叩かれた。偉そうにふんぞり返りながら。

 八つ当たりしそうになったから、話題を変えた。

「で、歌詞はできたのか?」

「いや、できん。」

「じゃあ、今日も時間切れだな。

 個人練習を続けるか。」

 俺はだらだらと楽器を片付け始めた。


 とそのとき

「なによ。別にあなたには関係ないでしょうが。」

 シータの怒鳴り声が聞こえてきた。

 扉をはさんで立っていたのは、スーツとシルクハットの生命神殿のオトコだった。

「たしかにキャンパス内は出入り自由ですがね。

 部室や教室使用の際はきちんとした提出書類が必要なんですよ。」

 片頬をニタリと歪めていた。

「あんただけよ。そんなの気にしてるの。

 他の部室だってそうじゃない。

 どこぞやのスポーツ愛好会の方が、よっぽど女子大の娘、ひきづり込んでんじゃない。

 そっちのほうは見て見ぬ振りしてピンポイントでここに来るのは、それこそ不自然だわ。」

「たまたまだ。

 そっち三人、出入り制限かけるから身分証を出しなさい。」

「ルビが目的でしょ!」

 男はいやらしく口元を歪ませていた。

 そう来たか。


 まぁ、想定内だが。

「先生、すみません。

 そろそろ終わらそうと思ってましたので、今回は見逃してもらえませんか?」

 いち早く帰り準備を終わらせていたから、荷物を持ってシータの前に割り込んだ。

 怒り心頭のシータを目線で制する。

「ダメだ。今までいたのは事実だ。」

「そうですか。

 じゃあ、遅くなりましたが、これ提出します。」

 と俺は教授の前に三枚紙を突き出した。

 訝しげに俺を睨む男の手首を

「失礼します。」

 と掴んで、その手のひらにそれを載せた。

「部室使用許可の教務課提出用紙と三人の一時入校願い、それと部長からの許可証明書です。」

 俺はニコリともせず淡々と教授に告げた。

「何をいまさら…」

「だったら昼食時間に教務課閉めないように提案してもらえませんか?

 ウチら学生も困ってるんです。

 なんでしたら今回のトラブルを例に挙げて、大学運営改善委員会に持って行きますけど。」

 多少強引な手法ではあるが、教授側も大事にできない事情があるのはヘスから聞いていた。

 だから、話を大きくすれば相手が引くことを予測できた。

「帰りに寄るか、それとも今から教務課に提出してきたほうがいいですか?」

「貴様…」

「仮にも神学科の先生なんですから、学生を虐げるような呼び方はやめてください。

 私もそれなりに理不尽に対する怒りはあるのですから。」

 男は黙り込んだ。

 手のひらに乗せられた用紙をぐちゃぐちゃに丸めて床に叩きつける。

 で、何も言わずウチらに背を向けて廊下を去っていった。


「コナ、やるねぇ…」

 とヘスが呆然と俺を見つめていた。残る三人の女の子たちも。

「よく準備してたな。」

「使うあてがあるとは思っていなかったけどな。

 シータが考えなしに授業サボるから出席用紙も何枚も持ってるし、この手の提出用紙も大体の種類を用意してあるんだ。

 学内発表に関する準備書類も一応全部あるぞ。」

 真実である。

 シータが怒ってんだか、ありがたがってんだか、わからない表情をしていようが、実際そうなのだ。

「さて。

 そろそろ帰るって宣言してしまったから、おしゃべりなしにしてさっさと帰りの準備してもらえるか。

 あと、俺が部室の鍵は教務課に戻しておくから。」

 教務課が昼にいないことは真実。

 ただ、その前に俺が鍵を借りてきているから、用紙を提出しなかったのはわざと。というか面倒だったから。

 その辺を目ざとくツッコんでこれないのは、あの教授が教務課に行かないからだろう。

 そこも想定内。

「俺は悪魔と戦う能力は持っていないからな。戦わず、追い返すすべくらいは考えてるさ。」

 手放しに誉めてくる友人たちに、俺はちょっとだけ自信もって答えた。


 外は雪がちらついていた。

 うっすらと地面に積もりだした雪を踏むと。きしきしと音をたてた。

 ヘスとディルが光明神殿のほうへと帰っていく。

 残された俺と女の子三人は寒空の下、各神殿前経由の馬車を待った。

「いや、マジ、最後のお兄ちゃん、エラかったわ。」

 まだ、ペシタが繰り返していた。

「あのお兄ちゃん見たら、ディルさんもきっとホレるよ。」

「なに言ってんだよ…」

 苦笑する俺を、突然他の二人も取り囲んできた。

「な、なんだ?」

「コクったの?」

 とシータ。

 俺は動揺をひた隠しにしながら包囲網を逃れようとした。

「お前にそのことを話した覚えはないぞ。

 ダレから訊いた?」

「ダレからも聞いてない。」

 ますます包囲網が縮まった。

「お兄ちゃん、諦めなよ。バレバレなんだから。」


 黙れ、妹。


 と強気に出られない。

「…言えなかった…」

 途端、三人の溜息が重なった。

「ヘタレ。」とシータ。

「枕抱いて、寝悶えろ。」とルビ。

「それは妹として気持ち悪いから却下します。」とペシタ。

 俺は一気に憂鬱のどん底に突き落とされた。

 さっきまで誉めまくってたやつらが、手のひらを返したように俺を見下していた。

「えぇ、その通り。俺には勇気が足りませんよ。」

「デカイ図体で泣きごと言うな。キモイわ!」

 クソ。容赦ないな。

「お兄ちゃん…さっきあんなにカッコよかったのにな…」

 悪かったな。自慢できない兄ですまんね。

「コナ先輩、絶対あと三十年独り身ですね、きっと。」

 いらん予言すんな。

 でも、彼女らの言うことは真実だ。

 俺はみすみすチャンスを棒に振った。しかもディルのせいにして。

 彼女の答えはまず別の問題のはず。俺が想いを伝えることに、彼女は関係ないじゃないか。

「なんでだろうな。自分のことになると、冷静に計画立てらんなくなる。」

「そんなことグダグダ考えてるから、失敗するんじゃ。

 もっと気持ちで行動しなさいよ。」

「わかった、わかった。」


 女の子三人の恋バナは馬車の中でも延々と続く。当事者を完全に蚊帳の外にしてだ。

 ホントに一生分聞かされたのではないだろうか。

 唯一意外だったのは、ヘスと比べるような言葉が出てこなかったことだ。


 馬車が生命神でルビを降ろし、和神殿で俺とペシタが降りた。

 シータはそのまま馬車に乗って去っていった。

「今更だけど、シータさんってどこに住んでんの?」

 ペシタが尋ねてきた。

 言われてみれば、俺も知らない。


 雪のカーテンに消えていく馬車のホロが弱々しく風にはためいていた。 

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