第五話 レベル評価
教室名「1-A」の生徒から順に、一人ずつ舞台に上り、入力した曲を披露する。
ディレクターは舞台下に。他の生徒達はその更に後ろから、見守るように――いや、審査するように舞台上を眺めていた。
しかしそんな生徒は半分にも満たず、ほとんどは自分の順番が来るまでの間体育館の端々で披露する曲の練習をしていた。
(最初に整列させた意味って⋯⋯)
だがそんな生徒達も、次の瞬間には一斉に舞台を見つめた。
⋯⋯正確には舞台のすぐ下だけど。
「⋯⋯トップバッターということで緊張したのもあると思いますが、あまりにも酷すぎます」
「基礎を舐めてます?こんなダンスでもちょっと頑張ればアイドルになれるとお思いで?」
サバ番恒例、ディレクターの酷評大会が始まったんだ。
体育館内はシンと静まり返った。皆の視線は、ティーチャーと舞台上の生徒を交互に行き来した。
可哀想に⋯⋯笑って受け答えをしているが、内心はその場から逃げ出したい一心だろう。
うっ、悪編や印象操作が少ない分、内部に力を入れてるみたいだな。
凝った編集をしなくても、中身のストーリーで勝負するという大胆な姿勢に敬意を評しつつ、一方では生徒達の心身を心配した。
(中身重視ってことは、従来のサバ番以上にどぎつい感想が飛び交うかも)
そんな俺の考えは見事的中した。
「え?今どきそんなのそこらにいる中学生でもできますけど」
「ラップは、自分の感情を乗せるものです。あなたのラップは一切気持ちが感じられない。あなた、何を練習してきたんですか?」
「⋯⋯はぁ。⋯⋯歌詞を覚えていないようじゃ評価すらできません。早くそこから降りてください」
この人達、本当に人間か?人のプライドをズタズタにして。
まぁ、この激情のほとんどは演技だと思うけど。サバ番の味を引き上げるための。
あとはまぁ、ここで酷評を受けた生徒が這い上がってデビューするという夢物語みたいなことをテレビ側は望んでいるんだろう。
残念ながら、そんな事は起こらないが。
そもそもこの時点で基礎すら出来てなかったら、デビューなんてできっこない。
仮に番組中に基礎を身につけられたとしても、その頃には多くの生徒が応用に入ってることだろう。
そんなレベル評価が始まって、早三時間が経過した。体育館内で自由に練習していた生徒も、今では死んだ魚のような目をしてステージを呆然と眺めている。
かくいう俺も、そろそろ飽きてきた。
(頑張ってるのは分かるが、その、何て言うか全員レベルが⋯⋯)
これでも五年間アイドルを続けてきた身だ。
韓国は幼い頃からレッスンを受けてるから、若くても上手い⋯⋯そんなイメージだったが、そんなのは上位数%の話だった。
確かに幼少期からレッスンはしているが、それにしてはあまりにも踊れていない、歌えていないという生徒が多すぎる。
何人かマシな生徒はいたが、それでもあのままだと最終段階にすら名を残せないだろう。
「次、1-Bの―――」
「おぉ!!!」
⋯⋯つい大声をあげてしまった。
近くでステージを見ていたイエンや、その他の生徒。そしてカメラが俺をじっと見つめているのが分かる。
“生徒がこんなに驚く理由とは―――” みたいな感じで編集される気がする。いや、される。
理由は一つしかない。
今呼ばれた生徒が圧倒的に上手いからだ。
「こんにちは、ソヌ・ジンです」
(来たぁぁぁ!!!)
俺は若かりし頃のオタク魂を引っ張り出し、心のなかでペンライトを振りかざした。
Alu-dolの副リーダー。そして、最初のミッションのターゲットが現れたんだ。
――ソヌ・ジン
優ジンという愛称で呼ばれる彼は、リーダーのキム・オジェ闇金事件の謝罪会見を自分から開き、その後突如アイドル界から姿を消した。
愛称からも分かる通り優しい性格だった彼は、ファンを大切に扱った。
だから、キム・オジェの代わりに。ファンたちへの、せめてもの罪滅ぼしで引退したという噂がさも正解のように世界中で広まり、ジンの復活を祈る人達でネットが溢れかえっていた。
それでもジンは帰ってこなかったが。
―――♫♪♬
最初はダンス評価だ。
艷やかな瞳に僕の影が映る時
君は 微かに微笑んでいた
シンミリとしたローテンポの曲。
ガタイが良く、ハンサムな見た目をしたジンが、激しめの曲やカッコいい曲ではなく穏やかな曲を選んだことに、周りの生徒は驚いていた。
しかし、すぐに納得する。
曲がゆっくりで壮大なぶん大きな動作を入れやすく、ジンの体の大きさを存分に活かすことが出来たのだ。
(他の生徒と違って、圧倒的にラインが綺麗だ)
腕を振り上げた瞬間、一直線に伸びたラインに思わず息を飲んだ。
腕を戻す時間も早く、無駄がない。スムーズだ。
こんな難しい動きを、さも当然のように滑らかにやってのけるから、Alu-dolのジンはどんな曲でも基本踊ることが出来た。
デビュー前からこれって⋯⋯確かに歌はまだ改善の余地がある。だけど、ダンスはちょっと手を加えればすぐにデビューできるほどだ。
(まぁ実際デビューしてるし)
これなら、ジンのポイントも問題ないな。
視聴者がこんな逸材を見逃すはずがない。すぐにマスターがついて投票するよう促すはずだ。
顔もカッコいいし。
黒のセンター分けにシュッとした顔のライン。それにあの筋肉ときたもんだ。
ジンの発表は、終わるやいなや物凄い歓声を浴びた。もちろん俺も手がはち切れんばかりに拍手を送っている。
ティーチャーの人達も、ニコニコしながら感想を言っていた。どうやらお眼鏡に叶うやつがやっと出てきて上機嫌になったらしい。次の人が気の毒だ。
そうしてジンの登場を皮切りに、デビューメンバー達が次々と舞台上に姿を表した。
「こんにちは、レイ・ミョンハです」
Alu-dolの二大ビジュと言われるミョンハは、爽やかな曲を踊り、恋愛ソングを歌った。
軽いウェーブの明るい金髪に、ミステリアスな雰囲気。
視聴者が興奮するのが目に見える。俺ならする。
「こ、コ・テユンです⋯!」
Alu-dolの作曲担当であるテユンは、まだ染めたばかりであろう濃い青髪をイジりながら自己紹介をした。内向的で自信なさげに見えたテユンの姿に、舞台下の生徒達は特に関心を示さなかったが、彼の歌を聞いた瞬間にその様子は一変した。
音程の跳躍が激しい曲にも関わらず、ドンピシャで音を当てる姿にティーチャーの一人が口笛を吹いた。作曲家の人だ。
ギャップが上手く効いたらしい。
もしかしてそこまで計算していたのか?流石すぎる!!
「ム・リュアです」
簡潔な自己紹介から始まったリュアの発表は、息を呑むものだった。
ジンと同じくガタイのいい彼は、ジンの選ばなかった激しめの曲を踊った。
黒く揺れる髪から鋭い目つきが見え隠れする姿は、魅惑的かつ最大限リュアのカッコいい見た目を引き出していた。
終始笑うことがなく、そこをティーチャーに指摘されていたものの、見逃してください。
彼が思いっきり笑った顔なんて見せたことないんです。どんなに喜ばしいことがあっても、感動することがあっても、彼は顔色一つ変えないんです。軽く微笑むだけでその日のトレンドが全部リュアになるレベルなんですよ⋯⋯
「どうも、ミン・ルカです!」
Alu-dolの二大ビジュのもう一人であったルカは、上手い人が立て続けに出て大半の生徒がピリピリしている中、元気よく登場した。
そして、圧倒的なダンスを見せ、ステージを後にした。
ダンスなら、Alu-dolの中でもトップレベルだったルカは、この時から魅せる力があったらしい。ベージュの髪がリズムよく動いていた。
あれ、もしかしたらアイドル一年目の俺より踊れてるんじゃ⋯⋯⋯⋯という考えは、一旦無かったことにした。
そして、ついに俺の作戦史上、最も攻略最難関とする人物が姿を見せた。
「どうも、キム・オジェです」
こちらもまた、テユンと同じく髪を濃い青色に染めていた。が、前髪の片方を掻き上げているため見た目は被らない。それにじきテユンは淡い青のメッシュを入れるはずだ。
そんな事を考えていると、オジェのダンス評価が始まった。
クールな振り付けが、彼の男前な顔と、細いが筋肉質な見た目によくマッチしている。
所々セクシーな振り付けが挟まれ、ティーチャーの一人であるダンストレーナーの女性が要所要所で叫ぶ姿を、テレビ局は逃さないだろう。
“鬼怖ダンストレーナーが興奮する生徒とは――” という感じでカット無しに放送するはずだ。
すると、今度はアイドルグループのメインボーカルが反応した。
キム・オジェが、今踊っている曲の歌詞を歌い始めたのだ。
甘い感情 追い詰められた君
逃げられない とろけ堕ちてゆく
!!?
かくいう俺も目を丸くした。
そういえば、オジェが出てくる前に school pop を見るのをやめたんだっけ。
きっと切り抜きもされてただろうけど、第一回目のステージ発表に上書きされたために、俺の目にまで入ってこなかったんだ。
そうして見事にダンスが終わるまで歌い続けたオジェは生徒達の脳裏に大きく焼き付いた。
次に披露された歌も、中々群を抜くもので、落ち着いた声色に大きく伸びる高音はティーチャーを大いに喜ばせた。
あまり息切れしてない時点で人間じゃない。
エグいな⋯⋯これは、ますます彼を闇金から離さないと。
やはりオジェは、Alu-dolに必要な人間だ。
こうして、デビューメンバー全員のステージ発表は終わった。
(Alu-dolのダンスと歌を間近で見れるなんて⋯⋯幸せすぎる)
彼らの発表を脳内で反芻していると、どこからか声を掛けられた。
イエンだった。
「ウジュンさん、もうすぐ僕達の番ですね」
「イエンさんは緊張⋯⋯してないみたいですね」
レベル評価が始まって少し経った頃、そういえば、と俺は自己紹介をした。もちろん、C'monの橘 颯人ではなく一般人のチェ・ウジュンとして。
その時、俺達の年齢が同じだということも知った。同じ十九歳。ピチピチの大学生だ。
しかしまだ互いに知らないことだらけなので、とりあえず敬語にしようとなり、今に至る。
にしてもイエンの奴、意外と落ち着いてるな。初めて合った時のもたつきは何だったんだ。
それか⋯⋯あまりにも待ち時間が長すぎて逆に冷静になったか。気持ちは分かる。
「次は1-Dで―――」
ようやくやってきた教室名に安堵する。体育館の外はすでに真っ暗だった。
そうして1-Dに待機していた生徒らが次々と呼ばれてはいつも通り酷評を受ける中。
ついに、名前が呼ばれた。
「次、チェ・ウジュンさん」
「頑張ってください、ウジュンさん」
イエンの応援に「はい」と返した俺は、駆け足でステージの上へあがった。
いよいよ、二ヶ月の成果を見せる時が来た。




