第一話 転生
結成五周年を記念した、全国ツアーの最中。
今年で五周年を迎えたボーイズグループ「C'mon」の末っ子である橘 颯人は、メンバーと共に、スタッフが運転する車でホテルへと向かっていた。
かれこれ一、二時間ぶっ通しで乗っていた事もあり、おしゃべりの絶えなかった車内はいつの間にか静まり返っていた。
外の景色を見ながら軽食を食べたり、ヘッドフォンを付けたまま寝落ちしたり。
長時間スマホと格闘しているメンバーもいる。
(皆、暇なんだろうな)
車内を一通り見渡した後、俺は再び手元のスマホ画面に視線を落とした。
C'monのSNSに寄せられたコメントを一通り見ている最中だった。
ー マジでC'mon最高。昨日の横浜イベもマジでカッコよかった。ビジュヤバい。
┗ ビジュもヤバいし、ダンスも歌もうますぎる
ー チケット取れなかったので、しばらく会社休みます
ー チケット取れてよかった〜!!!財産使い果たします!!
ざっと見た感じアンチコメントは無く、主にチケットの有無や、コンサートに関する称賛の声が多くあがっていた。
(次は福岡だよな。観光は⋯⋯無理そうだから、ホテルでお土産でも買うか)
高速道路のフェンス越しに見える海を眺めながら、ホテルで買うお土産を脳内でリストアップしていると、突然持っていたスマホが震えだした。
見ると、メールが届いていた。
送り主の名前は書いておらず、メールアドレスも見知らぬものだった。
電話や重要なメール以外は基本バイブが鳴らないよう設定しているのだが、バグでも発生したのかな。
俺は送り主のメールアドレスをコピーし、改めてメールの内容を見た。
こんにちは。私は助けを求めています。
今から助けましょう。下のものを押してください。
→ クリック
あなたは選ばれました。きっと幸naてしょう。
(たまに来る募金メールか?それとも宗教勧誘?)
おかしな日本語と、おかしな文章構成から察するに迷惑メールで間違いない。
俺は画面端の戻るボタンを押して、メールのホーム画面に戻った。
はずだった。
画面端をきちんと押したはずなのに、迷惑メールのクリックボタンを押したことになっていた。
あまりにも広すぎるクリック範囲に苛立ちを覚えつつ、今度はスマホのホームボタンを押してメールアプリ自体を閉じようとした。
しかし、一向に画面は変わらなかった。迷惑メールのクリック先があまりにも重すぎるのか。
(変なウイルスとかじゃないよな⋯⋯?)
不安になった俺は、とりあえずスマホ自体の電源を切った。
黒くなった画面には、俺の焦った顔が映っている。
とりあえずそっとしておこう、とむやみに電源を入れることもせず、俺は足元においてあった鞄にスマホを入れようとした、瞬間。
〈 読み込みが完了しました 〉
〈 バックアップを作ります⋯⋯⋯⋯作成中 〉
電源を切ったはずのスマホが突如として動き出したかと思えば、急に画面全体が真っ白になった。
かと思えば、数秒後。画面中央部分に文字が打たれ始めた。
(バックアップ作成中?)
恐ろしいウイルスが自分のスマホの情報を、強制的に抜き取ろうとしている状況に、焦らないわけもなく。
俺はスマホ横の電源ボタンをやたらに連打して、再び画面を閉じた。
そして、横に座っていたメンバーに助けを求めようと、彼の服の裾を引っ張った。
その時だった。
目を咄嗟に覆うほどの眩しい光が視界目一杯に広がった。
◆◆◆◆◆
〈 クエストを開始します 〉
〈 クエストを開始します 〉
〈 クエストを開始します 〉
(うるさいな⋯⋯)
繰り返し鳴るスマホの通知音で目を覚ました俺は、体を横に向けて枕元にあったスマホを掴んだ。
ぼやけた視界で設定画面を開き、マナーモードにする。
そして再び布団を被り眠ろうとした矢先。
〈 クエストを開始します 〉
〈 クエストを開始します 〉
「チッ、なんで音が鳴るんだよ」
体を起こし、先程のスマホを手に取った俺は再度設定画面を開くもきちんとマナーモードはオンになっていた。しかし音は止まない。
ここでようやく俺は気付いた。
音がするのは、このスマホじゃないことに。
耳を澄ませ、ベッド下に落ちていたスマホを手にした時には、俺の脳はすっかり覚醒していた。
そんな俺は、ようやく今の異常な状況に気がついた。
「⋯⋯ここ、どこだ」
白色基調のありきたりで簡素な部屋。光が差し込むベッド、木の机に、薄黄色の丸いカーペット。
その上には、空のペットボトルが数本、お菓子のゴミが数個ほど置かれていた。
絶対にホテルじゃないと言いきれる光景に、俺の頭は真っ白になった。
(C'monの宿舎でもない)
そんな時、またしてもあの忌々しい音が俺の耳に入り込んだ。
〈 クエストを開始します 〉
俺は、床に落ちていた“俺のスマホ”を開き、音の正体を知った。
車の中で見たメールと同じ、白の背景に黒の文字。
(クエストって一体⋯⋯)
内容を見たおかげか、再度通知音が鳴ることはなかった。
しかし同時に、電源ボタンを押しても画面が消えなくなった。
諦めて俺は“もう一つのスマホ”を手にとった。
そして衝撃の事実に直面した。
「⋯⋯これ、誰だ!!?」
暗いスマホ画面に反射した自分の顔を見た俺は、急いでそのスマホに内蔵されていたカメラアプリを開いた。自撮りモードに切り替える。
そこには、茶髪の整った顔をした一人の青年が映っていた。
(嘘だろ!俺は黒髪だったはずだ!!)
よく見ると、スマホをかざす手も腕も、俺より細く、筋肉が全然ついていない。
「は!?どういうことだよ!!?」
そして、この声もまた俺の声ではないことに気がついた。
俺より少し高い声。
何もかもが分からないことだらけで混乱する俺を他所に、時間は刻一刻と流れていった。
「こいつの名前はチェ・ウジュンで⋯⋯国籍は韓国。ていうか俺、韓国語話せないんだけど」
目が覚めて半日が経過した今。俺は未だ少し混乱しつつも、自分のおかれた状況を大体は把握した。
ここは韓国の新村に建つアパートの一室。
ここの主は現在一人暮らし中のチェ・ウジュンで、どうやら俺はそんな彼に転生したようだ。
原因は、スマホに届いたあの迷惑メールだろう。それ以外に考えられない。
(なんでこんな事に⋯⋯)
確かに俺はK-POPが大好きで、いつか韓国に行きたいとC'monの七夕配信時に短冊に書いたこともあった。だが、こういう意味で来たかったわけじゃない。
俺は大きなため息をつき、ベッドにダイブした。
(こんな展開ってありかよ⋯⋯)
そしてうつ伏せになり、二つのスマホを顔の前に差し出した。
俺のスマホと⋯⋯チェ・ウジュンのスマホ。
最初は寝ぼけてて気づかなかったが、こう見るとだいぶ違う。
俺のはケース含めて全体的に黒色だが、ウジュンのケースは白色で、全体的に明るい。
それにウジュンのスマホにはパスワードが掛かっていなかった。だから余計に気づけなかったんだろう。
俺もパスワードを作ってなかったからだ。
(メンバーから散々作るよう言われてたけど、結局作らなかったんだよな)
C'monの皆⋯⋯
そしてもう一つ。
チェ・ウジュンの体に転生したこととは別に、重大なことがあった。
どうやらここは、俺のいた世界の十年も前の世界らしい。
2025年2月―――と書かれたウジュンのロック画面の見つめる。
念の為、と見た俺のスマホも2025年の2月になっていた。
当然C'monもまだ結成していない。
急に一人ぼっちになった悲しさと不安から、ウジュンのスマホでメンバーに電話をかけたものの、誰一人として繋がることはなかった。
当然と言えば当然だ。各連絡先は、C'monがデビューした時に交換したものだからな。
「はぁ⋯⋯」
ベッドの上で一人。うずくまりながら吐いたため息は今にも途切れそうなほどか細かった。
一通り大泣きした後、ようやく冷静になったと思ったのに、気を緩めたらすぐに涙が溢れそうだ。
すると、突然。止まったと思っていたあの通知音が数時間ごしに鳴り響いた。
〈 クエスト:Alu-dolを結成しましょう 〉
固まっていたスマホ画面がようやく動き出したかと思えば、新しく文章が入力された。
「Alu-dol⋯⋯」
見覚えのある単語に、俺は片隅にあった記憶を引っ張り出した。
韓国の男性アイドルグループ『Alu-dol』
結成四年目にしてアイドル競争の激しい韓国を代表する国民的アイドルとなり、世界中の人々をK-POPの虜にしたグループ。
いわば世界を代表するアイドルなわけだが⋯⋯六年目を境にその全盛期は終わりを告げた。
メンバーの一人⋯⋯よりにもよって、リーダーが闇金と関わっていたことが明らかになったのだ。
だが、メンバーが一人いなくなっただけ。六人が五人になっただけで、これまでの実績やメンバーの実力は変わらない。本来なら数カ月ほどで調子を取り戻し、五人で活動を続けることも出来た。人気だって、徐々に元通りになっていっただろう。
しかし、それは叶わなかった。
他のメンバーもまた、リーダーが捕まったことをきっかけに暴走し始めたのだ。
あるメンバーは急に消息を絶ち、あるメンバーは謝罪会見後、芸能界から姿を消した。
他のメンバーもまた、個人活動の方に力を入れはじめ、徐々にグループとしての形は跡形もなく崩れていった。
K-POPオタクである俺は、当然Alu-dolが結成してすぐにその存在を見つけ、推し始めた。
男性アイドルでも女性アイドルでも関係ない。そこに魅せるものがあれば、関係なく推す。それが俺のスタンスだったため、俺はよくアイドルオタクを掛け持ちしていた。所謂多重推しというものだ。
その中でもAlu-dolは各メンバーのキャラが強く、他グループに比べダンスや歌やパフォーマンスが秀でていたから特に注目していた。
(よくコンサートにも行ってたっけ)
しかしそれもC'monが結成するまでの間。アイドルとして本格的に活動し始めてからは、Alu-dolに限らず、オタ活全般を絞るようになっていった。時間がなかったのと、自分自信のことで精一杯だったからだ。
Alu-dolが崩れ始めた時も、悲しみはしたが他のファンに比べれば、その程度は低かった。
案の定ネットは大混乱の嵐で、様々な言語や絵文字が飛び交う、非常にカオスなものだった。
そんな大波乱を巻き起こしたAlu-dolを、結成しろだって⋯⋯?
確かAlu-dolが結成したのは、全世界で放送されたサバ番「School pop」だ。
Alu-dolを推し始めた当初、Alu-dolの結成秘話ということで俺も見てはみたものの、各話の長さと、デビューメンバー以外への興味の無さから、すぐに飽きてしまい、ほぼ最初の段階で視聴をやめた。
(確か放送開始日は2025年、5月の⋯⋯⋯⋯ん?2025年の5月?)
「って、あと二ヶ月後!?」
三ヶ月といっても、撮影期間を含めたら二ヶ月もないんじゃ⋯⋯
俺は、ようやく動くようになったスマホで「School pop」を検索した。
三ヶ月といっても、撮影期間を含めたら二ヶ月もないんじゃ⋯⋯
しかし、当然そこにデビューメンバーの情報は載っておらず。
それどころか、「2025年5月にQnetで放送開始」という事前告知の投稿しか出てこなかった。
反応だって薄い。開始当初は視聴率が低かったことを、俺は思い出した。
(でも一回目のステージ発表の時に視聴率がグンとあがり始めたんだよな)
デビューメンバーうちの、三人が同じグループになり、圧巻のステージを披露したからだ。
ビジュも迫力も、今までのサバ番史上一番と呼ばれたその伝説のステージは、Alu-dol結成後も“奇跡の一夜”として語り継がれていった。
そうして事前予告の投稿を見ながら、当時のオタ活を思い出していたら、ふと投稿に引っかかる文章を見つけた。
[参加メンバー募集中 募集締め切り 2025/2/10]
現在の日付は2025年2月20日。
そう、School popの締切はもうとっくに過ぎている。
てっきり番組に参加して、デビューメンバーを引き立てつつ退場すればいいと思っていたが、そもそもの参加ができていなかった。
⋯⋯となると。
俺がすべきことは、いかにデビューメンバーにポイントを入れるかだ。
School popは、視聴者の投票でデビューメンバーが決まるサバ番だった。
ミッションで得たベネフィットと、視聴者の投票を合計し、最も多くのポイントを得た六人がデビューするというやり方だった。
つまり、“視聴者の投票”がデビューへの大きな一歩となる。
各ミッションごとに好成績を収めた人に与えられるベネフィットに関しては、心配せずともデビューメンバーなら獲得するだろう。
ということで、俺がすべきは放送が開始したと同時に、デビューメンバーをSNSで拡散し、全員にまんべんなく大量のポイントを入れること。
「あ、でもC'monのSNSは無いのか⋯⋯となると、いちからアカウントを作る必要があるな」
が、その前に。
俺はウジュンのアカウントをチェックし始めた。今までの投稿から、体が入れ替わった原因が少しでも分かるのではという憶測だ。
しかし、目ぼしい投稿は見当たらず、あっても公式SNSの引用リツイートだった。
そうしてウジュンのスマホの電源を落とす、そんな時だった。
[一件のメールが届きました]
バイブ音もなく、文章のみの通知がスマホの上に表示された。
タップして、メールを開く。
そこには、思いもよらぬことが書いてあった。
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おめでとうございます。あなたは今年5月から放送される「School pop」に一般人枠として出場することが決まりました。
つきましては―――
どうやら俺は、Alu-dol結成のきっかけとなったサバ番に出場することになったらしい。




