-キャラクター-
あの大規模な戦闘を終え、あっという間に数日が経った。
和真による『能力消失事件』と学園ジャックは、表向きには「大規模なシステムエラーと、外部テロリストの襲撃」として処理されることになった。
傑聖高校の上層部は和真の能力の暴走を把握していたようだが、彼を退学にすることはなかった。
後々聞いた話にはなるが、日本の最高戦力である【闇】の因子を手放すことを惜しんだ大人の事情と、何より恭子が学園長に強く掛け合ったかららしい。
そして、二週間後。
「はぁ……」
俺は広大な校舎の廊下を歩きながら、今日何度目かわからないため息をついていた。
「結城くん、ため息つくと幸せが逃げちゃうよ!」
隣を歩くレイ先輩が、相変わらず無邪気な笑顔で俺の背中をバシバシと叩く。
「フン、我が眷属よ。貴様のその顔に刻まれた憂鬱、私が魔眼で浄化してやろうか?」
結衣も、左腕に新たなどこで買ったかもよくわからない包帯を巻きながら、得意げに笑っている。
彼女の中二病は治るどころか、自分の「キャラ」を完全に受け入れたせいで、以前よりも堂々とした痛さを放っていた。
「二人とも、朝から元気だね」
そして俺たちの後ろからは、和真が柔らかな微笑みを浮かべてついてきている。
事件の後、彼は憑き物が落ちたように穏やかになった。
相変わらず成績はトップで、ランクA+の化け物なのだが、もうその瞳に、世界を憎むような暗い絶望はない。
時折見せる年相応の不器用さが、今の彼が「ただの黒桐和真」として生き直している証拠だった。
「お前らな……少しは俺の身にもなってくれ」
俺は恨めしそうに三人を見た。
すれ違う生徒たちが、俺を見てヒソヒソと囁き合っている。
だが、それは以前のような「Eランクのゴミ」を見下す嘲笑ではなかった。
(おい見ろよ、あいつ……)
(ああ。あのシステムエラーの時、一人でテロリストを撃退したって噂の……)
(ステータスリング、見たか? 特異点クラスの【A+】だぞ……化け物じゃん)
畏怖と、羨望。
俺の左手首には、新しく支給されたピカピカのステータスリングがはめられている。
そこにははっきりと『ランクA+』の文字が輝いていた。
あの日、俺が偽装リングをぶっ壊したせいで、俺の本当のランクは全校生徒に知れ渡ってしまったのだ。
「俺の平穏なモブ生活が……完全に終わった」
そう、俺のこれまで望んでいた平穏なモブ生活をついに終わりを告げたのだ。
俺がそんなことを思いつつ項垂れていると、前から小走りでやってきた少女が、俺の腕にギュッと抱きついた。
「おじい……じゃなくて、結城くん! おはよ!」
誰かと思いふと見ると、それは春の陽だまりのような笑顔で、学園のアイドルにして、最高峰のランクSでもある、御門恭子の姿だった。
そして、そんな彼女はどうやら、俺の孫娘でもあるらしい。
当然、未だに実感を持つことはできないのだが。
「お前なぁ、周りの目が痛いから離れろっていつも……」
「いいじゃん! ほらほら、早く行かないとホームルーム始まっちゃうよ!」
恭子に腕を引っ張られ、レイ先輩と結衣に背中を押されながら、俺は歩き出す。
社会の構造的な格差が消えたわけではない。
大衆が記号を消費する残酷なシステムも、この世界にはまだ色濃く残っているだろう。
俺に向けられる『期待』の視線は、今でも少しだけ怖い。
でも。
親の幻影でもなく、ただのモブでもない。
「田中結城」という、俺が選んだキャラクター。
俺は、左手首のステータスリングを少しだけ誇らしげに見つめ、真っ直ぐに前を向いて歩き出した。
俺たちのヒーローとしての物語は、まだ始まったばかりなのだ。
-fin-




