第7話 ざまあ執行、偽りの親友へ
東棟の研究室の重厚な扉が開くと、そこには「親友」の顔をした毒蛇、カシムが待ち構えていた。
セイル様は迷いのない足取りで中へ踏み込む。
その後ろに、地下牢にいたはずの私が、魔法の鎖で繋がれた「罪人」のように力なく続いているのを見て、カシムの目がぎらりと光った。
「……セイル? 何だい、その後ろの狂女は。地下牢から引きずり出してきたのか?」
カシムが嘲笑を浮かべ、私を一瞥する。
セイル様は立ち止まり、冷淡な、あまりにも冷徹な声で言い放った。
「……蘇生術式の精度を上げるには、新鮮な『触媒』が必要だ。この女は、私の予知に近い情報を口にした。……死者の魂を定着させるための、生きた楔としては上等だろう」
「ははは! さすがだよセイル! 目的のためなら手段を選ばない、君のそういう合理的なところが大好きだ!」
カシムが満足げに肩を揺らして笑う。
カシムは確信したのだ。セイルがまだ、婚約者を蘇らせるという狂気に取り憑かれ、自分の用意した「偽の禁書」に縋るしかない哀れな男だと。
「さあ、開けて。セイル。君がずっと求めていた、死者を蘇らせるための『禁書』だ」
カシムが歪んだ笑みを浮かべて、古ぼけた本を差し出した。
セイル様は、震える手でその本を受け取る。
その瞳には、今にも崩れ落ちそうな悲哀が完璧に「出力」されていた。
「……カシム。これで、本当に彼女が戻ってくるのか」
「もちろんだとも。君のその手で、運命を変えてごらん」
セイル様の手が、ゆっくりと表紙にかかる。
パサリ、と本が開かれた瞬間――凄まじい黄金の光が研究室を埋め尽くした。
「ハハ……! ははははは! 成功だ! ついにやったぞセイル!」
溢れ出す光の中で、カシムが狂喜の声を上げた。
彼は確信したのだ。術式が発動し、目の前の天才が永遠に光の届かない監獄へと消える、その「勝利」を。
「よかったな、セイル! これでようやくお望みの通り、彼女の元へ行けるぞ! お前が『いらない』と言って捨てたアルヴァートの家名も、聖教会の地位も……全部僕のものだ!」
カシムは光の中で、顔を歪めて叫び続ける。
「お前という完璧な数式が、僕の手でバグだらけになって壊れる瞬間を……それだけを楽しみにして、十年間、親友の振りをし続けてきたんだよ! さらばだ、親愛なる僕の偶像!!」
カシムが懐から、トドメの「契約書」をひったくるように取り出し、天にかざした。
――だが、次の瞬間。
「……っ!? な、なんだ、この鎖は……!? なぜ、僕を……!?」
光の中から伸びた黄金の鎖は、セイル様を通り抜け、カシムの首と手首を容赦なく締め上げた。
「……残念だったな、カシム。お前の用意した『禁書』の目次は、すでに書き換え済みだ」
光の渦の中で、セイル様が静かに顔を上げた。
そこには先ほどまでの「絶望したフリ」など微塵もない、凍てつくような冷徹な瞳があった。
「な、……なんだこれ……!? 文字が、……書き換わって……!? セイル、お前……!?」
床に叩きつけられたカシムが、悶えながら手元の紙を凝視する。
そこに刻まれていたのは、セイルを売る契約ではなく、カシム自身の十年間の不正を暴く「自白の術式」だった。
「お前の十年間の演技など、この女が数時間で提示した『希望』の前では、取るに足らない不備に過ぎない」
カシムはここで初めて、セイル様の隣に立つ「材料」のはずの私を、驚愕と憎悪の目で見開いた。
「な……っ!? セイル、お前……! どこの馬の骨とも知れない狂女のために、僕との時間を……!!」
セイル様は、倒れ伏すカシムを冷ややかに見下ろした。
「……聖教会に罪人として送られるのは、私ではない。お前だ、カシム。お前が積み上げた数々の悪事とともにな」
その低い声が、絶望に震えるカシムを刺し貫く。
「お前は、私が絶望して壊れる姿を特等席で眺めるのが『報酬』だと言ったな。ならば、その報酬の『精算』をさせてやろう。……お前が私に用意したその場所で、お前自身の罪を永遠に数えていろ」
「あ、あああああ!! セイル、待ってくれ!! 僕は君のために……!!」
カシムの叫びは、もはやセイル様の心に一ミリも届かない。
セイル様は、隣に立つ私の存在を初めてカシムに突きつけるように、私の肩越しに冷たい視線を向けた。
「お前の執着は、もう不要だ。……さらばだ、カシム」
光の鎖が限界まで引き絞られ、カシムの体は断末魔と共に転送ゲートの闇へと消えた。
空間が閉じ、研究室には耳が痛くなるほどの静寂が戻る。
(……よっしゃああああ!! ざまぁ、大・成・功!! 推しのバッドエンド、完全にデリート完了!!)
「……悪かったな。お前を『材料』呼ばわりしたのは……本意ではない」
ふいっと視線を逸らしたセイル様が、低く呟く。
その耳の先が、わずかに赤い。
(……!! 演技とはいえ、ひどいこと言ったのを気にしてる!? メロい! メロすぎる!!)




