83マリアナ沖海戦(マリアナの七面鳥撃ち)
「――これが、原子力戦艦大和なのか?」
大和のCIC。山口多聞と加来艦長は、眼前に突きつけられた現実を前にして、言葉を失っていた。 そこにどこか場違いなほど軽やかな、少女の弾んだ声が弾んだ。
「はーい! 山本長官の命で駆けつけました。山口のおじ様が飛龍と一緒に死んじゃいそうだから、無理やり引き連れて来いって言われちゃって」
山口と加来は顔を見合わせた。
「ついでにグアム攻略の手伝いもしろなんて、山本長官も人使いが荒いですよね。この船、まだ完熟訓練も済んでいない、ピッカピカの一年生なんですよ」
あんぐりと口を開けていた二人は、ハッと我に返り、その危険に気づいた。
「待ちなさい! 敵空母の正確な位置がわからんのだ。二隻は撃破したと思うが、万が一潜んでいたら、戦艦一隻では危険すぎる!」
「左様だ! 最新装備とはいえ、空母の飽和攻撃に戦艦一隻で耐えられるはずがない!」
二人の航空主兵論者が叫ぶ。だが、少女の返答は素っ気ないほど余裕に満ちていた。
「うーん・・・その航空派の人たちの考えをひっくり返そうと、大艦巨砲主義のおじいちゃんたちが、採算度外視の兵器をもっさり装備しちゃったの。だから安心して。空母の位置はすでに捕捉済み。無人偵察機で昨夜から終始監視中なの」
少女は淡々と続ける。
「彼ら、一旦は海域から離脱しようとしたみたいだけど、また戻ってきたみたいですよ♡」
「ならば早々に退却すべきだ! 護衛もつけず、単艦で機動部隊に挑むなど、狂気の沙汰だ!」
「単艦じゃありませんよ。20キロ四方に軽巡阿賀野と秋月型駆逐艦4隻、それに潜水艦2隻が展開してます。・・・これ、大和にとっては密着してるようなものですから」
二十キロ四方? 護衛艦がそこまで距離を取る意味が分からない。二人の常識は、目の前の少女によって次々と粉砕されていった。
かつて行われた戦艦土佐の標的実験。そこで証明されたのは、ミサイルという新兵器の絶対的な有効性だった。当時はその莫大なコストゆえに、先進的な航空派ですら採用を見送らざるを得なかったが、それは事実上の戦艦時代の終焉を告げる宣告だった。
開発元のスバル代表は予言を突きつけた。「いずれ兵器の価格は逆転する。複雑化する航空機のコストは跳ね上がり、相対的に電子の塊であるミサイルの価格は、今の半値以下にまで下がるでしょう」
この言葉は、戦艦派の心の拠り所を粉砕した。身内からも戦艦不要論が蔓延する絶望的な状況。それでも――老人たちは諦めなかった。 理屈では理解できても、自らの人生を捧げた信念が否定されることを、彼らの魂が許さなかったのだ。
そんな折、彼らはスバルが提示したもう一つの技術、イージスシステムに飛びついた。一隻で艦隊への航空機の脅威を完全に排除する盾。これさえあれば、戦艦は再び海の王者へと返り咲ける。
さらに老人たちは、海軍工廠の天才、高木技師のもとへ足繁く通い詰めた。文字通り参拝を重ね、頭を下げ、ときには涙ながらに訴えた。その熱意(あるいは狂気)に押し切られ、ついに開発されたのが高速滑空誘導弾である。
「・・・ミサイルを飛ばす方がよっぽど楽なのに」
高木技師はそうボヤきながらも、提示された莫大な開発予算に抗えず、渋々ながらもその無茶な要求を引き受けた。
「ミサイルの技術を、あえて戦艦の主砲(46センチ砲)から発射可能にせよ」
そんな歪んだ執念の果てに誕生したのが、射程1000kmを誇る、世界最強の砲弾だった。
46cm高速滑空誘導弾。それは発射後、大気圏上層を滑空し、無人機による弾着観測と、画像識別+赤外線センサーによるハイブリッド誘導で目標に着弾する狂気の砲弾だ。
空母の最大の優位性は、その攻撃圏内の長さにあった。だが、この誘導弾は、その優位性を根底からひっくり返したのである。
「建造費は空母五隻分・・・まさにコスパ最悪の、老人の我儘ですね」
未来は、自分の足元にある巨大な鋼鉄の塊を愛おしそうに撫でた。どれほど非合理的だろうと、どれほど無茶苦茶な主張だろうと、それが現実となってここに浮いている。
1000km先を航行する米艦隊。彼らはまだ知らない。かつて過去の遺物と嘲笑った戦艦が、自分たちの母艦を沈める為に、水平線の向こうから全速力で駆けてきていることを。
「敵機動部隊、有効射程まで残り10km――」
戦艦大和のCICに、無機質な報告が流れる。米機動部隊は、あろうことか自ら死地へと飛び込んできた。たった一隻の戦艦と侮り、不用意に接近して来たのである。
時計の針を三時間前へと戻す。
「・・・グアムに戻れだと?」
重巡洋艦アストリアの艦橋で、スプルーアンス少将の驚愕の声が跳ねた。彼はすでに撤退を決断し、傷ついた艦隊をハワイへと向かわせていたのだ。
「ニミッツ提督からの至急電です。日本の戦艦一隻がグアムに急行中であり、現地の守備隊より救援要請が届いています」
「しかし、こちらの航空戦力は激減している。グアムの基地航空隊で何とかならんのか?」 「・・・基地航空隊は、水上偵察部隊を除き、事実上の壊滅状態とのことです」
スプルーアンスは苦渋の表情を浮かべる。
「日本軍の空母はどうした。まだ軽空母が三隻、無傷で残っているはずだぞ」
「それについては、水上機による偵察結果が出ております。日本の空母部隊は本土方面へ向けて南下、撤退を開始した模様です」
「・・・わかった。ニミッツ提督に了解の旨を伝えてくれ」
スプルーアンスは慎重だが、臆病ではない。ニミッツの判断も理にはかなっていた。サイパンの航空拠点はすでに叩き潰した。敵空母の脅威が去り、こちらの戦力が半減しているとはいえ、新鋭のエセックス級空母二隻を擁する第十七任務部隊(TF17)ならば、戦艦一隻を仕留め、グアムを守り抜くには十分なはずだ――。
だが。 理性派のスプルーアンスを、正体不明の、本能的な恐怖が襲った。すでにエンタープライズを失い、サラトガは大破。第十六任務部隊は事実上消滅し、彼は今、この重巡の窮屈な艦橋に身を寄せている。
「・・・攻撃隊編成を急げ。針路変更、グアムへ戻る!」
エセックス級二隻を中核とする艦隊が、ゆっくりと巨大な弧を描いて転進した。だが、その様子を遥か1万2000メートルの高空から見下ろす視線に、誰一人として気づく者はいなかった。 雲海を突き抜け、静止したかのように浮かぶ無人偵察機。その電子の眼が、米艦隊の座標をリアルタイムで大和へと送り続けていた。
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