81マリアナ沖海戦(魔の五分間)
「直掩隊、迎撃始めッ!」
山口の鋭い号令が飛ぶと同時に、零戦の群れがグアムから飛来した攻撃隊へと襲いかかった。 その間、わずか五分。護衛の戦闘機を伴わない爆撃機たちは、あまりにも無防備だった。空の防人たちにとって、それはいともたやすく、敵機は次々と炎を吹き、海面へと叩きつけられていく。
「・・・あっけないものですな」
隣で息を吐いたのは、参謀長の伊藤だった。
「それが、かえって不気味だ」
「失礼しました。どうも私は楽観主義なようで、閣下の横にいるとつい気が緩んでしまいます」
山口は沈黙で返した。胸の奥をざわつかせる、言いようのない不安。伊藤の言う通り、基地航空隊の攻撃には護衛がいなかった。攻撃隊長、小林大尉の報告によれば、迎撃に上がった敵戦闘機隊の多くはすでに撃破されている。グアムからの脅威は大幅に低下したはずだ。
だが、機動部隊の方はどうだ? 敵空母四隻による飽和攻撃を受ければ、こちらの被害は免れない。台湾のドックで二十ミリ連装機銃八基緊急装備した。だが、電探連動の新型装備は間に合わなかった。CIWS(近接防御火器)の給弾が間に合わない時間は、この機銃で凌ぐほかない。
トラックやシブヤン海での凄惨な光景が脳裏をよぎり、山口の背中に冷や汗が流れる。
「北西より敵機五十! ワイルドキャットの護衛も確認!」
「・・・っ、何だと!?」
山口は思わず嘆息を漏らした。いないはずのグアム基地からの護衛機。アメリカ軍は突貫作業でグアムに新飛行場を開設し、わずか二日で百機近い航空機を配備していたのだ。さらに――。
「北方、早期警戒機より電! 敵機動部隊からの攻撃隊、約五十機接近中!」
「機動部隊からもか・・・だが、わずか五十だと?」
結果として、二方向から合計百機の敵機が迫っていた。
「祥鳳、瑞鳳! 零戦を上げられるだけ上げろ! 全機だッ!」
蒼穹を舞台に、日米のプライドを賭けた死闘が幕を開けた。個々の空戦を見れば零戦隊が圧倒していたが、それでも網を潜り抜けた二十機ほどが、二航戦の頭上へと肉薄してくる。しかし、それらは輪形陣を組んだ日本艦隊の対空火網に阻まれ、一発の爆弾も落とすことなく海面へと沈んでいった。
「敵さんは、どうしちまったんでしょうね。わざわざ各個撃破してくれと言わんばかりのバラバラな攻撃だ」
「いや・・・敵将は正しい判断をしている」
「どういうことです、閣下?」
山口は冷徹に、水平線の向こうにいる敵将を見据えた。
「基地航空隊はいざしらず、敵機動部隊は準備が出来た機体から順に発艦させているのだ。・・・敵将はハルゼーとは思えん。極めて慎重、かつ合理的だ。俺が同じ立場でもそうする」
山口の推測は的中していた。ハルゼーに代わり四隻の空母を率いるのは、スプルーアンス提督。彼は爆装した機体が飛行甲板を長時間占拠し、一撃で全滅するリスクを何より嫌ったのだ。
「ですが、そんな出し抜けな攻撃では、こちらに各個撃破のチャンスを与えるだけでは?」
「・・・実際、こちらの攻撃隊編成が三十分も遅れている。それでもそう言えるか?」
「そ、それは・・・」
それだけではなかった。ちょうど敵機を追い払った頃合いを見計らったかのように、グアムを空襲を終えた第一次攻撃隊が帰還してきたのだ。着艦させる機体と、これから出す機体。空母の甲板は、山口が最も忌み嫌う渋滞の真っ只中に放り出された。
「・・・待てん。発艦可能な機体だけを出す。何機いける?」
「飛龍の九九艦爆が十二、蒼龍の九七艦攻が十、龍驤の九七が六、祥鳳と瑞鳳の零戦計十二です!」
「構わん。敵の次弾が来る前に、全機放り出せ!」
『第二次攻撃隊、発艦始めッ!』
奇しくも同じ戦術を選んだ両雄。しかし、物量の差は残酷なまでの結果として突きつけられようとしていた。
護衛のいないグアム基地隊や五月雨式の米艦載機を辛うじて撃退したものの、二航戦の消耗は限界に近かった。直掩隊の弾薬は底を突き、帰還機の燃料も尽きかけている。第二次攻撃隊を送り出した二航戦は、いつ敵機が頭上に現れるか分からない恐怖の中、綱渡りの着艦作業を開始した。
「早期警戒機より電! 敵機動部隊より機影約百!」
「全艦、対空戦闘用意!」
わずかな直掩隊の隙間を縫い、死神の鎌を振りかざしながら爆撃機たちが滑り込んできた。激しい砲火が空を焦がすが、息つく暇もない。
「グアム方面からも敵機約二十!」
艦体は回避運動で激しく揺れ、帰還機の再整備すらままならない。それどころか、露天繋止されていた機体が、急転舵の遠心力で甲板から振り落とされていく始末。
「龍驤の九九艦爆は機銃弾のみで上げろ! 第三次攻撃隊、揚弾始め!」
山口は決断した。攻撃力の低下を承知で、爆撃機を強引に護衛機として投入したのだ。その分、祥鳳と瑞鳳の零戦を直掩に回し、防空網の穴を埋める。
だが、地獄は加速する。
「敵機動部隊から約百! さらにグアムから五十!」
「飛龍、蒼龍共にCIWS(近接防御火器)給弾中! あと五分必要です!」
「速射砲、残弾なし!」
悲鳴のような報告が艦橋に積み上がる。
「・・・飛龍には傷一つつけさせん。全て躱してみせる」
加来艦長が静かに、しかし決然と告げた。
「頼むぞ、加来」
迎撃能力の低下した二航戦。次々と襲いかかる敵機の群れに、ついに鉄壁を誇った輪形陣が乱れ、飛龍と蒼龍は離れ離れになっていく。
マリアナの海に、激しい航跡が白く刻まれる。蒼龍が絶望的な急転舵を見せたその時だった。
「蒼龍、直上に敵爆撃機複数!」
「――直撃コースか!?」
刹那、轟音が鼓膜を震わせた。
「蒼龍、被弾!!」
ついにこじ開けられた、無敵の防空網。アメリカの意地を乗せた爆弾が、蒼龍の甲板を蹂躙した。
「・・・艦首、中央、艦尾に各一発。・・・やられたか」
山口は苦渋を噛み殺し、命じた。
「蒼龍は護衛艦を連れて退避せよ。・・・聞こえないのか! 我、飛龍をして敵空母攻撃を継続せん!」
辛うじて雲下に逃れ、難を逃れた飛龍だったが、結果的に蒼龍を囮にする形となった。水平線の向こうで、姉妹艦である蒼龍が赤黒い炎に包まれていく。
山口の瞳に、復讐の火が灯った。飛龍は攻撃隊発艦のため、風上の東へと――敵へと向かって、孤独な反転を開始した。
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