77対英戦略
「お嬢様、鳩山首相より極秘会談の申し込みが届いております。いかがいたしましょう?」
メイドの茜が、銀盆に載せた招待状を差し出しながら涼しい顔で告げる。私は鏡の前で髪を整えながら、ふんと鼻を鳴らした。
「ええ、受けるわ。こちらもちょうど話し合いたいと思っていたところよ。件の英国関連・・・チャーチルさんも頭を抱えているでしょうしね。何より、現在のアメリカ大統領は、あのトラ・・・みたいな」
「トラ? アメリカ大統領が猛獣だとでも? おっしゃる意味が分かりかねますが、確かに現大統領に理がないのは事実。お嬢様の食欲よりおかしいのではないかと危惧しております」
・・・。沈黙。 私は手にしていたブラシを止めて、背後の茜をキッと睨みつけた。
「・・・ちょっと、なんでそこに私の食欲が引き合いに出されるのよ!」
「ですがお嬢様。お嬢様の食生活は少々、いえ、かなり常軌を逸しております。スイーツなる未知の菓子や、魚介豚骨ラーメンなる極太の中華麺は山のように平らげるくせに、正規のディナーはスプーン一杯程度で済ませる。当家のシェフも毎日、厨房で首を傾げておりますわ」
「・・・べ、別・・・だ・・・から」
「は? 今なんと?」
「別腹だからって言ってるのよ!!」
私の叫びが部屋に響き渡る。すると茜は、勝ち誇ったように口角をふにゃりと歪めて微笑んだ。
「お嬢様。高貴な淑女は、夜食にラーメン三杯と猫プリンを完食したりはいたしません。今後は重々ご留意を」
「な、なによ! 私は太らない体質なの! それに魚介系ラーメンは実質カロリーゼロなんだから、罪悪感だってゼロよ!」
「おそらく違うと思います。太らないという点については同意いたしますが、淑女としての品格がゼロであることは否めません」
・・・畜生! 心の中で毒づく。私はいいわよ、転生者特典か何かで代謝がバグってるんだろうし、加齢だって遅い自覚がある。でも、なんでこの茜まで太らないわけ!? 私と一緒に深夜のラーメンを掻っ込んで、プロポーションは1ミリも変わらず。もう五十路に手が届く年齢だっていうのに、見た目は二十代後半のままって、絶対におかしいでしょ!
「お嬢様。ぼさっとしていないで、さっさと支度を。遅参は淑女の恥です」
「わ、わかってるわよっ!」
・・・何度目か分からない自問自答だけど、この家の主人は私よね? そうよね? 実は私が雇われ側なんじゃないかしら。私は目にうっすらと涙を浮かべながら、されるがままに身支度を整えられ、トヨタ製大型リムジンへと押し込まれた。
「お招きいただきありがとうございます、鳩山首相」
「こちらこそ。突然の面会要請に応じていただき、感謝に堪えません」
鳩山首相は自らティーカップを差し出し、最大限の敬意を払ってもてなしてくれた。
この場には、首相官邸の使用人すら入室を許されていない。例外として同席しているのは、私の背後に控える茜だけ。彼女は私の重要な腹心ということになっているらしい。・・・実際はただの毒舌メイドなんだけど。
「早速本題に入りましょう。ご存じの通り、米国から宣戦布告がなされました。我が国の一部には、英国を抱き込み、アメリカに宣戦布告させるべきだという声があります。海軍大臣も、大西洋からも挟み撃ちにすれば対米戦の勝利は見えると息巻いておりますが・・・」
「鳩山首相、それは悪手ですわ」
私は紅茶を一口すすり、断言した。
「英国にとって、米国か日本かという二者択一は、国家存亡の危機においてどちらも選びたくない毒入り饅頭のようなもの。彼らを追い詰めてはいけません」
「ですが、米国が日本との貿易に圧力をかけてきたら? 日本の兵器輸出能力は圧倒的ですが、石油や鉄鉱石といった資源に関しては、単独で英国を支え続ける余裕はありません。生存本能として、英国が日本を捨て、米国を選ぶ可能性は否定できない」
「確かに資源はネックですわね。ですが、英国の本音は両者と等距離で付き合い、リスクを分散することにあります。それに、将来の講和時に英国を中立な調停者として残しておきたい。今ここで日本側に引き込んでしまえば、出口戦略がなくなりますもの」
「・・・そ、それは確かに。しかし、ではどうしろと?」
鳩山首相が、縋るような視線を私に向ける。
「英国には二股外交を続けさせればいいのです。米国に脅されたら、こう言い返させなさい。『それなら、米国からは何も買ってやらないぞ』と」
「・・・お言葉ですが涼宮伯爵、その米国が石油や鉄鉱石の蛇口を握っているのですぞ?」
私は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「実は、涼宮財閥は樺太に少々資源を貯蔵しておりまして。日英両国が戦争を四年間継続できるだけの量は確保済みですわ」
「お嬢様は、またしても戦争という巨大なビジネスに乗って、暴利を貪ろうとしておいでです」
背後から茜の冷ややかな声が飛ぶ。
「茜! それじゃ私がせこいみたいじゃない!」
「せっこくないとでも? 第一次大戦の時に味をしめて、英独戦の際にもあれほど買い込んだのはどこのどなたですか?」
ぐっ・・・。図星すぎて反論できない。
鳩山首相は呆気にとられていたが、すぐに表情を引き締めた。
「・・・しかし、それならば尚更、英国を対米宣戦に引き込むべきでは? 確実な勝利のために」
「いいえ。米国にはせいぜい英国へ輸出を続けてもらい、彼らの備蓄を削っていただきたいのです」
「・・・どういう意味です?」
「私はこれまで多額の対米投資を行ってきました。表向きは大の親米派としてね。まさか、米国があんな暴挙に出るとは思いもしませんでしたが・・・。万が一、貿易摩擦の結果、資産が凍結される事態を危惧して、少しばかり仕掛けを施しておいたのですわ」
「仕掛け、ですか?」
困惑する首相を余所に、私は言葉を継ぐ。
「東テキサス油田。あそこは涼宮の資本下です。資本比率は49%と控えめにしていますが、製造ラインは涼宮石油の特注品。・・・この油田、一ヶ月後に停止しますわ」
「なんですと!?」
「維持管理システムにはパスワードという魔法の暗号が必要なのです。その更新期限が来月末なのです。米国には、せいぜい英国に石油を売らせて、自分の首を絞めてもらいましょう。彼らに備蓄という概念があるとは思えませんし。・・・それと、世界恐慌の際に融資したUSスチールも、設備を我が太田製作所製に一新していただきました」
「・・・まさか、製鉄設備まで?」
「ええ。現在の米国の製鉄能力は、再来月には30%ダウンです。まあ、露天掘りで鉄が掘れるメサビ鉄山をお持ちですから、輸送さえできれば輸出には困らないでしょうけど」
絶句する鳩山首相。彼は震える声で呟いた。
「・・・恐ろしい人だ・・・」
「お嬢様の性格の悪さは世界一ですから。驚くには当たりません」
「茜・・・。あなた、そんなに君津製鉄所の高炉に放り込まれたいのかしら?」
私は精一杯の淑女の微笑みを浮かべながら、背後の毒舌メイドを睨みつけた。
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