70トラック島奇襲2(山口航空戦隊敢闘せり)
「――我、第一航空艦隊の指揮を継承す! 全攻撃隊、直ちに発艦準備ッ!」
南雲長官からの敵攻撃の命が届くより早く、山口多聞中将はすでに動いていた。すでに十二機の偵察型九七式艦攻が索敵へと飛び立った後。
「司令、直掩隊(防空機)はどうなさいますか?」
参謀の問いに、山口は不敵な笑みを浮かべて一蹴した。
「いらん。そんな暇があるなら、一機でも多く爆弾を積め。敵の攻撃はすべて躱せば済むことだ・・・できるな? 加来艦長」
「ハッ、お任せを。この飛龍に掠り傷一つ負わずに踊ってみせましょう」
隣に立つ加来止男艦長が、猛将の信頼に応えるように力強く頷く。
「・・・決まりだ。攻撃隊編成に全力を挙げろ!」
山口多聞。米海軍が誇る闘将ブルことハルゼーに比肩する、日本海軍屈指の武闘派提督。その血管には、硝煙が印可されたガソリンが流れているとさえ囁かれる。無線からは、敵空母三隻以上という絶望的な戦力差が報告されていた。しかし、この窮地こそが彼の本領。死地であればあるほど、その闘志は白熱し、鋭さを増す。
その時、受信機が偵察隊からの決定的な情報を拾い上げた。
『偵察隊より入電! 本日〇八〇〇、地点ヘレサ47。針路150、速力20ノット。敵空母二隻を含む主力艦隊を発見! 我、これより追跡監視に移行する!』
「よし、かかったぞ・・・」
山口の声が、低く、重く響いた。彼は発艦直前のパイロットたちを見渡し、短く、だが魂を揺さぶる言葉を投げかけた。
「攻撃隊、発艦!――必ず敵空母を仕留めてこい。安心しろ、この司令官もすぐ後から行く!」
その言葉を合図に、飛行甲板が爆音に包まれた。発動機の咆哮とともに、零戦二十四機、九九式艦爆二十四機、九七式艦攻二十四機――合計七十二機の弓から放たれた矢の如く、次々と空に吸い込まれていく。
二航戦飛龍の飛行甲板。 零戦隊の中隊長、流竜馬の全身からは、目に見えるほどの凄まじい闘気が立ち昇っていた。
「仇は必ず取ってやるぞ・・・隼人、武蔵ッ!!」
「中隊長! 準備完了です! 出撃を!」
整備員の叫びに、竜馬は荒々しくキャノピーを閉め、スロットルを押し込む。
「ああ、任せろ。わが方の攻撃隊、一機たりとも欠かさずに敵空母の真上まで送り届けてやるぜ!」
「お願いします!」
「うおおおおおおおおおおおッ!!!」
咆哮とともに発艦する零戦。竜馬の親友である神隼人と巴武蔵は、それぞれ赤城と加賀の搭乗員だった。母艦が被弾したという報を聞いた瞬間、竜馬は獣のような呻き声を上げた。
「戦いもせずに不意打ちで戦死だと・・・? さぞかしあいつら、無念だったろう・・・!」
「あ、あの・・・中隊長?」
部下が何か言いかけるが、竜馬の耳には届かない。
「弔い合戦だぁぁッ!!」
竜馬の中ではすでに二人は戦死となっていたが、実のところ赤城、加賀の戦死者は極めて少数。しかし、そんな事実、彼には関係ない。
「うおおおおおおッ!!」
一直線に敵空母を目指す竜馬は、発艦してからというもの、ずっと絶唱し続けていた。部下たちはすでに無線のスイッチを切っている。切らなければ、精神が壊れそうだったから。
「・・・流中隊長、前方より敵機約百を確認。迎撃しますか?」
「無用だッ! 奴さんたちも空母に向けてまっしぐらなんだろ? そんな無粋な真似ができるかよ! いいか、俺たち空母乗りにとって、目標は第一に空母、第二に空母、第三に空母だ! 放っておけッ!!」
互いの必殺の矢はすれ違った。しかし、互いの矢先は一点のみを見据え、背後の敵を無視してそれぞれの目標へと突き進む。
「中隊長、敵艦隊を捕捉! 距離百キロ、方位北西、針路一二〇。電子戦(ECM)を開始します!」
「おっしゃあぁぁ! 零戦隊、敵の直掩機を蹴散らすぞ! 野郎ども、続けぇッ!!」
攻撃隊を追い抜き、戦闘速度へと加速する零戦の群れ。早期警戒機から送られてくる戦術データが、グラスコックピットを鮮やかに彩る。
「第三中隊は左翼の敵十機を撃破しろ! ターゲット・アサインメントは投影情報を参照! 逃がすんじゃねえぞ!」
「了解ッ! うおおおおおおおおお!!!」
未だ距離が百キロ以上もあるうちから、流竜馬の戦意は沸点を超えていた。部下たちは、そっと通信機のボリュームを最小まで絞った。
零戦――皇紀二千六百年に採用された、帝国海軍が誇る最新鋭戦闘機。その飴色の流麗な翼の下には、この時代の常識を凌駕するオーパーツが息づいた。心臓部は、電子制御排気タービンを搭載した栄二一型。燃料噴射装置(EFI)による緻密な制御は、空気の薄い高度一万メートルですら、この機に地上と変わらぬ力強い咆哮を上げさせる。
常識的な戦闘高度であれば、当時の他国機ならエンジンの息切れを起こし、もがき苦しむ死の領域。しかし、零戦隊はその高度を悠然と巡航し、獲物を見定めるや、一斉に逆さ落としの突撃を開始した。
「おりゃぁあああああッ!!!」
二万フィート(六千メートル)の上空から、太陽の光を背負って舞い降りる零戦の群れ。電子妨害(ECM)によってレーダーの目潰しを食らった米艦隊は、頭上で起きている異変に絶望的なほど無知だった。気がついた時には、零戦に搭載された20mmガトリング砲が火を噴き、米軍機を鋼鉄の屑へと変えていった。
空域の掃除が終わる頃、待機していた艦爆隊と艦攻隊が、五十番と八十番を携えて緩降下を開始した。
「――全機突撃せよ!」
攻撃隊長の冷徹な命令が響くと同時に、一九四一年の世界には存在し得ないはずの武器が投下される。
高度六千メートル、距離二千メートル。 投下されたのは、スバル電子開発部が心血を注いだ最新鋭の赤外線精密誘導爆弾。それは、簡単なスタンドオフ攻撃能力――すなわち、敵の対空砲火が届かない安全圏から、一方的に敵艦を射抜く悪魔の爆弾だった。
攻撃隊は、敵の戦闘機と目を合わせることすらなかった。放たれた爆弾が、自ら意思を持つかのように米空母の煙突を目指して軌道を修正するのを見届け、彼らは迅速に反転した。
「投下完了。・・・全機、これより帰投する」
その背後では、レキシントンの飛行甲板が紅蓮の炎に包まれようとしていた。
その頃、飛龍の飛行甲板では、神隼人と巴武蔵が再び空へと舞い戻ろうとしていた。
本来、彼らは赤城と加賀の航空隊に所属する精鋭。母艦が被弾し帰還不能となった二人は、唯一健在な二航戦の甲板へと滑り込み、燃料と弾薬の補給を受けて再発進の時を待っていた。集結したのは、彼らのような残存勢力の零戦と、僅かな九七式艦攻のみ。しかし、中型空母である飛龍、蒼龍にとって、彼らは何よりも貴重な援軍だった。
二人に与えられた任務は、母艦を守る直掩。早期警戒型九七式艦攻が、水平線の向こうから迫る敵編隊襲来を告げた瞬間、二人が咆哮を上げた。
「「うおおおおおおおおッ!!!」」
突撃の咆哮。その性格は、流竜馬とだいたい同じものだった。
「くそっ! 敵のワイルドキャットめ、しつこい!」
隼人の零戦に搭載された全周囲警戒装置は、不快な警告音を鳴らし続けた。乱戦の中で僚機の武蔵ともはぐれ、降り注ぐ敵弾を紙一重で回避する極限の機動。
「カウルに被弾したか・・・いつ心臓が止まってもおかしくない。冷や冷やさせてくれるぜ」
敵を三機墜としたところまでは数えていたが、敵攻撃隊の構成が異常だった。攻撃部隊よりも、随伴する戦闘機の割合が多すぎる。
「戦闘機ばかりで攻撃機がこれっぽっちか・・・どんな編成なんだ、一体!」
刹那、警告音が一段と激しく鳴り響いた。隼人は咄嗟に操縦桿を引き、急上昇に移る。脳裏をよぎるのは、兵学校で叩き込まれたエネルギー機動性理論。格闘戦を単なる勘に頼らず、高度(位置エネルギー)と速度(運動エネルギー)の総量として計算する。今の自分のエネルギー量は、明らかに離脱すべき数値を下回っていた。
だが、眼下の母艦を見捨てて逃げることなど、彼のプライドが許さない。
「流石に三機に追われるとキツイか・・・!」
死を覚悟したその瞬間、ノイズ混じりの無線に、聞き覚えのある「耳障りなほど熱い声」が響き渡った。
『――その尾翼のジャガーマークは、隼人だろ!』
「何っ!? その声は・・・」
直後、背後に食らいついていた敵機が、一瞬にして爆炎の中に霧散した。
『何をぼさっとしてやがる! 先頭の奴は俺が叩く! お前は上昇して右後ろの奴を殺れッ!』
「・・・流か!?」
『ああ! 地獄の淵から帰ってきたぜ!』
『隼人、俺もいるぜ!』
「武蔵まで!」
空の彼方から、飴色の翼が三機、猛烈な勢いで合流する。
『やってやるぜ! 三つの力を合わせる時だ!』
「「「うおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
三つの力が一つになった時、空の力関係は一瞬で逆転した。圧倒的な数的不利を覆し、三機の零戦がアメリカ機を次々と食いちぎっていく。
その頭上の勝利を、艦橋から見届けていた山口多聞中将が鋭く命じた。
「脅威は排除された! 第二次攻撃隊、発艦始めッ!!」
飛龍の甲板から、怒涛の四十機が解き放たれる。この反撃戦において、第二航空戦隊はアメリカ軍空母レキシントンを撃沈し、さらにヨークタウンを大破。
不意打ちから始まった地獄の十二月八日は、山口多聞と、そして三人の若き防人たちの執念によって、完全敗北という文字を消し去った。
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