表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!  作者: 山田 バルス
第一章 剣聖、黒衣の騎士 カール=キリト誕生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/268

第92話 留守番のふたりとみんながいない日々

留守番のふたりと一匹のいない日々



「……ふう。今日も暑くなりそうだねぇ」


朝の光が差し込む窓辺で、レーナは柔らかくため息をついた。港町エスパーダの陽射しは、春の終わりだというのにまるで夏のようだった。


屋敷の中には、ふだんの賑やかさがない。


カールさま、セリアさま、リアナさま、エミリーゼさま、そして……あの元気なフェンリルの子、ルゥちゃん。


一度に五人もいなくなると、家の空気そのものが変わってしまったように感じられる。


「お母さん、今日のお昼……何人分にする?」


キッチンに顔をのぞかせたのは、娘のティナ。年頃の獣人の少女で、最近は髪を結んだり、香草で香りづけをしたりと、少しずつ「女性らしさ」を気にしはじめている。


レーナは優しく微笑みながら答えた。


「三人でいいわね。わたしたちと、警備のロルフさんの分」


「そっか……。ちょっとさびしいね」


ティナの耳がぴくりと動いた。レーナもまた、心の奥にぽっかりと空いたような感覚を抱いていた。あれほどにぎやかだった屋敷が、まるで深呼吸をしているかのように静まり返っている。


セリアさまは朝から庭で剣を振るっていたし、リアナさまは魔法の練習でよく木を焦がしていた。エミリーゼさまは本を抱えて歩き回り、ルゥちゃんは屋敷中を駆け回っていた。


そして——カールさまは、みんなの中心にいて。


「……あの、カールおじさん、ちゃんと日焼け止め塗ってるかな」


ぽつりとティナがつぶやいた。ふいに口をついて出たその言葉に、自分でも赤くなる。


「ふふ。心配になるわね。焼けすぎたら、あとでヒリヒリして大変よ」


「うん……。それに、ルゥちゃんって泳げるのかな?」


「たしか……泳ぎはまだ練習中って、エミリーゼさまが言ってたわね。お魚見てはしゃいでる姿が目に浮かぶわ」


ふたりは思わず顔を見合わせて、くすりと笑った。



留守番の日々は、穏やかだけれど、どこか物足りない。


ティナは家事を手伝いながらも、何度も窓の外を眺めてしまう。町の喧騒が遠く、潮の香りが強くなった気がした。


一人で部屋を掃除しているとき、ベッドの上に忘れられたセリアの髪飾りを見つけた。あの金髪の少女が、少し恥ずかしそうに前髪を整えていた姿を思い出す。


リアナの部屋では、机に広げられた魔導式のノートがそのままだった。端には小さく「魔力転換実験ノート・第五稿」と書かれている。


「きっと、すぐ戻ってまた実験を始めるんだろうな……」


ティナは軽くほこりを払って、元通りにそっと閉じる。


屋根裏の書斎では、エミリーゼの本が積み上げられていた。「海洋魔術と古代文字の関係」「幻獣の生態と魔石変換」など、難しそうな本がずらりと並ぶ。


そして、ルゥの寝床。毛布の山の上に、小さなおもちゃの魚が転がっていた。


「みんな、無事に帰ってきますように……」


祈るような気持ちで、ティナは小さなぬいぐるみを整えた。



夜は静かだった。カールの帰還を祝って賑やかに開いた夕食も、今夜は三人分だけ。ロルフが肉を豪快に食べながら、ぽつりとこぼす。


「……こうして食卓が静かなのも、たまにはいいけどな。だけど……少しさびしいもんだな」


「ええ、そうですね」とレーナも笑う。「でも、戻ってきたときに“おかえり”って言えるのが、いちばん幸せな時間ですから」


その言葉に、ティナもそっとうなずいた。


明日には帰ってくるかもしれない。明後日かもしれない。


でも確かなのは——彼らが帰ってきたとき、屋敷はまた命を吹き込まれるということ。


走り回るルゥの足音。セリアの剣の音。リアナの魔法の閃光。エミリーゼの読書のつぶやき。そして、みんなを見守るカールの穏やかな声。


今は静かなこの屋敷も、彼らの「ただいま」でまた輝く。


ティナはその瞬間を想像しながら、眠りについた。


——カールおじさん。ちゃんと無事に、帰ってきてね。


いつかの日常が戻ることを願って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ