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婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!  作者: 山田 バルス
第一章 剣聖、黒衣の騎士 カール=キリト誕生編

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第90話 夜風と秘密 ― エミリーゼとカールの語り合い

『夜風と秘密 ― エミリーゼとカールの語り合い』



 火薬の匂いも波の音に溶けていった夜更け。

 誰もいないはずの浜辺に、またひとつ、足音が落ちる。


「……いたいた。カール、こんなとこで黄昏れてるなんて、らしくないわね」


 その声は、どこか飄々としていた。

 砂浜に降り立ったのは、紺と白の薄手のワンピースを羽織ったエミリーゼ。

 髪はいつもよりもラフに結われ、月明かりの中で柔らかな輪郭を描いていた。


「……珍しいな。エミリーゼがおれを探しに来るなんて」


「ふふ、いつもは追い払いたそうなのにね。今日は逆?」


 彼女はカールの隣に座ると、砂に手をつき、夜空を見上げた。

 星が降るように広がり、さきほどの花火とはまた違う、静かな輝きを放っていた。


「……セリアと話したんでしょ? リアナとも。エミリーゼの出番は最後かぁ、ってちょっと思っちゃった」


「そんな順番で話してるわけじゃない」


「分かってる。けど、ちょっとくらい拗ねてもいいでしょ?」


 エミリーゼは、いたずらっぽく微笑んだ。けれどその瞳の奥にあるものは、どこか切なさを含んでいる。


「カールって……不器用だよね。みんな、あなたのことが大好きなのに。誰も一人に選ばないくせに、誰も手放さない」


「……それが悪いことだってのは、分かってる」


「ううん、悪いとは言ってない。ただ……ずるいなぁって思うのよ。私もその“ずるさ”に、ちゃんと巻き込まれてるから」


 彼女は笑った。


 それは、いつものように軽くて、どこか重くて、どこか優しい笑みだった。


「ねえ、カール。私ね、ずっと思ってた。あなたが英雄になるって、きっと分かってた。でも……」


「……でも?」


「でも、それでも私だけは“普通の女の子”として、あなたに隣にいてほしかったのかもって。戦う仲間とか、魔法の天才とか、そんなのじゃなくて」


 カールは驚いたように彼女を見た。


 エミリーゼはいつだって距離を取る。冗談交じりに、からかい混じりに、深い本音は絶対に見せない。

 けれど今夜だけは、その仮面を少しだけ外していた。


「……寂しくなるね、こうやって海なんか見てると」


「寂しいか?」


「だって、明日にはまた旅が始まるでしょ? みんなが笑ってる時間は、いつもより早く終わる。そんなの、寂しいに決まってる」


 夜風が吹いた。

 彼女の髪が揺れ、香りがふわりとカールの鼻先をかすめる。

 潮と花火と、ほんのり甘い香り。


「カール、私のこと……どう思ってる?」


 唐突に問われ、カールは一瞬だけ言葉に詰まった。

 それでも、逃げずに言葉を選ぶ。


「……エミリーゼは、俺にとって、なくてはならない存在だ。頼りにもしてるし、助けられてばかりだ。……大切な仲間だよ」


「……そっか」


 彼女は目を閉じた。そして、そっと、肩にもたれかかる。


「ねえ、それ、今だけ“恋人”に変えてもいい?」


「……え?」


「ほんの数分でいい。ずっと“仲間”でいた私の、ちょっとしたワガママ。こういうの、ダメ?」


 カールは答えられなかった。

 けれど、彼女の肩に手を添え、離さずにいた。


「ありがとう。……やっぱりずるいなぁ、あなた」


「……そうかもな」


「でも、そのずるさが……私は、好きなの」


 夜の海が、ふたりを包むように寄せて返す。

 言葉より、静けさが胸にしみ込んでいく。


「ねえ、いつか――」


「……ん?」


「もし私が、本当にあなたの隣を選びたいって思ったら……ちゃんと、見てくれる?」


「……もちろんだ」


「じゃあ、いい。今はそれでいい」


 エミリーゼは、ゆっくりと体を離した。


「そろそろ戻るわ。……誰かに見られたら、“エミリーゼが本気だ”って思われちゃうから」


「本気じゃないのか?」


「それは秘密。あなたが、ちゃんと知ろうとするまで――内緒よ」


 いたずらっぽくウインクを残して、彼女は夜の砂浜を歩き去った。

 その背に、カールはそっと呟いた。


「……ありがとう、エミリーゼ」


 夜はまだ深く、けれど、静かに明けようとしていた。

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