第76話 竜を討ちし者
「竜を討ちし者」
王都ルメリアの空が、祝福の鐘の音で震えていた。
グリーンドラゴン――東の大山脈を越えて現れ、数々の村や街を脅かした古き竜。その討伐の知らせは、すでに王都中を駆け巡っている。
広場には人、人、人。
「ドラゴンを倒した英雄が帰ってくる」
ただそれだけで、老若男女、全ての市民が足を運び、街の飾りつけは即席ながら、王都は祭りのような喧騒に包まれていた。
そして、その中心にいたのは――
「カール=キリト、セリア=ノルド、リアナ=クラウゼ。汝らの偉業、王国にこれ以上ない栄誉をもたらした」
王宮の謁見の間、厳かな声で王が言葉を告げた。
玉座の前に跪く三人の姿。カールの黒衣は戦いの傷を誇るように擦れており、セリアの剣には竜の鱗が飾られ、リアナのローブは新たな魔紋で輝きを帯びていた。
「よってカール=キリトを、我が王国の伯爵位へと叙任する。名誉、そして責務を、これより汝に授ける」
ざわめきが起きる。
しかし、それ以上の衝撃は――
「さらに、この場にて告げる。カール=キリトは、北方ノルド王国の正統なる王族の血を引く者。アリシア=ノルド王女の子である」
一瞬、場が静まり返った。
王族。しかも隣国ノルドの王家の血筋。
「ば、馬鹿な……平民の出ではなかったのか?」
「母親は……行方不明だったと……」
「じゃあ、彼の力は……剣聖の血だけでは……!」
王宮の一部の貴族たちが動揺するのも無理はなかった。
だが、すでに反対の声は出なかった。
彼が討ち倒したグリーンドラゴンは、王国の歴史でも数百年ぶりの快挙であり、その証拠たる竜の心核と頭骨は、王都の広場に堂々と飾られている。加えて、その血筋が王族であると告げられた今、カールに異を唱える者などいない。
「新たなるドラゴンスレイヤー……!」
「ノルド王家の末裔が、我らの国を救ってくれたのだ……!」
民衆の歓声が、遠くまで響いた。
「そして、カールの正室となるのは、我がフリューゲンの王女エミリーゼ=フリューゲン。二人の婚約を、ここに公にする!」
王の声が最後に響いた瞬間、扉が開かれ、ひときわ美しい純白のドレスをまとった少女が現れた。
エミリーゼ――金髪の髪を持つ令嬢。芯の強さと誇りをその瞳に宿し、堂々と歩を進める姿は、誰もが目を奪われるものだった。
彼女の手を取るカール。その瞬間、謁見の間には盛大な拍手と歓声が沸き起こった。
貴族たちはついに理解した。
カール=キリトは、もはやただの冒険者でも、田舎貴族でもない。
王家の血を引く伯爵であり、竜を討つ剣聖であり、王族の娘を娶る存在――すなわち、「次代の王国の中心人物」なのだと。
謁見後、王宮の大広間では盛大な祝賀の宴が開かれた。
「さすが、娘が選んだ我が婿、ドラゴンスレイヤーとなる男だ」
フリューゲン王は、酒杯を掲げ、誇らしげにカールの肩を叩いた。重たい一撃だったが、カールは苦笑しながらもそれを受け入れた。
「エミリーゼが、嬉しいような寂しいような」
「わらわたちは……みんなで精進しますわ」
「道はまだ半ばです」
一方、リアナはセリアと共に少し離れた場所で、グラスを傾けていた。
「なんか……お祝いムードすぎて、落ち着かないわね」
「ふふ、でもカールがここまで認められて、私は嬉しいよ」
「……私も、嬉しくないわけじゃないけど」
そう言いつつも、リアナの指先はワイングラスの縁をくるくると撫でていた。
その瞳は、祝賀の中心にいるカールとエミリーゼをじっと見つめていた。
祝賀の夜が明けて――
カールに与えられた領地は、かつてのトラオン伯爵が治めて土地である。エミリーゼを含めた王族が中心となって管理を引き受けることが決まった。
「貴族のしがらみからも、封建の腐敗からも自由な、理想の領地にするわ」
エミリーゼの強い意志を、カールは黙って受け止めた。
「……ありがとう。君がいれば、俺は戦いに集中できる」
「あなたは剣を、私は国を――お互いの役割を果たすのよ、カール」
正室としての強さと、未来への覚悟がそこにはあった。
そして、王国に新たな伝説が刻まれた。
かつて、すべてを失い、追放された青年がいた。
だが彼は剣を握り、真実を求め、竜を斬り、真の血と絆を手に入れた。
――黒衣の剣聖、カール=キリト。
その名は今や、王都ルメリアの空の下、誰もが口にする伝説となった。
そして物語は、さらなる運命の螺旋へと、静かに動き出していた。




