第74話 フェンリルの子狼ルゥ おかえりを待つ日々
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「おかえりを待つ日々」
――フェンリルの子狼ルゥの視点より
あの人がいなくなってから、家の中は少し静かになった。
朝になっても、玄関の扉が開く音がしない。
カールも、セリアも、リアナもいない家は――ちょっとだけ、さみしい。
もちろん、ぼく一人じゃない。メイドのレーナと、その娘のティアがいてくれる。レーナは朝早くから台所でぱたぱたと動いているし、ティアはお掃除のほかに、ぼくのブラッシングもしてくれる。ぼくはティアのブラシが好きだ。優しくて、あったかい匂いがする。
でも、それでも――あの人の手とは違うんだ。
カールの手は、大きくて、たくましくて、でも不思議と優しかった。なでられると、心の奥まで温かくなるような気がした。
「ルゥ、おなかすいた?」
ティアの声で、ぼくは耳をぴくりと動かす。
「うん……すこしだけ」
ぼくは返事をする。でも、それはきっとティアには伝わらない。ただ、彼女は微笑んで、ぼくの前にごはんのお皿を置いてくれた。ふわふわのお肉と、野菜がたくさん入ったスープ。カールがいなくなってからも、ぼくたちのために毎日、レーナがちゃんと作ってくれる。
……でも、やっぱり、味がちょっとだけ違う気がする。
「今日も、帰ってこないね……おじさんたち」
ティアがつぶやいた。
ぼくは耳をぺたんと伏せて、こくんと頷いた。うん、帰ってこない。もう何日も、あの玄関が開かない。
森の奥で、危ない任務だって聞いた。グリーンドラゴンっていう、緑の大きな魔獣を倒しに行ったんだって。ぼく、ドラゴンの匂いは知らないけど、きっとこわくて、つよくて、カールだって本当は危ないはずなのに。
でも、あの人は「すぐ戻る」と言ってた。
頭を撫でながら、「ルゥはティアとお留守番頼んだぞ」って。
だから、ぼく、まってる。ちゃんと。
昼下がり。日差しがぽかぽかしてきたから、ぼくは庭に出ることにした。芝生の上でごろごろすると、少し気分がよくなる。お日さまのにおい、風のにおい。春の訪れを感じる空気。
ティアが洗濯物を干している。
レーナは中で掃除をしている。
ぼくはその間に、あの人がいつも剣の手入れをしていた縁側の場所に座る。そこにはまだ、カールの匂いが残ってる。皮の手袋のにおい、油のにおい、そしてほんのり木の香り。
くんくん、と鼻を鳴らして、ぼくはそこでくるりと丸くなる。
「……はやく、かえってきてよ……おじさん」
風が吹いた。ぼくの毛が揺れて、どこか遠くで鳥の声が聞こえた。
この風の向こうに、カールたちはいるのかな。
セリアは、ちゃんと笑ってるかな。
リアナは、またあのツンとした顔で怒ってないかな。
ぼくは、あの三人が大好きだ。
帰ってきたら、たくさんなでてもらうって決めてる。おなかもいっぱいすりすりして、ぐるぐる鳴きたい。フェンリル族のプライド? そんなの、知らないもん。ぼくはただ、うれしいときはうれしいって、伝えたいだけ。
夜になると、家の中はますます静かになる。
夕食のあと、レーナが灯りをともして、ティアが本を読む時間になる。ぼくはその横でうとうとしながら、時々ぱちりと目を開けて、玄関の方を見つめる。
……まだ、帰ってこない。
カールがいるときは、夜でも剣の手入れの音が聞こえたり、リアナの本のページをめくる音がしたり、セリアの鼻歌が聞こえたり――そういう「にぎやかさ」があった。
いまは、しん……としてる。
さびしいよ。でも、ぼくが泣いちゃったら、ティアも泣いちゃう気がする。
だから、がまんする。
がまんして、ぼくは夜空を見上げる。
星が、きらきら光ってる。
どこかで、カールたちもこの空を見てるのかな。
「……カール、無事でいてください」
そっと、レーナがつぶやいた。
その声に、ぼくもこっそり心の中でうなずいた。
……うん、無事でいて。はやく、かえってきて。
その夜、夢を見た。
大きな森の中。ドラゴンの吠える声。剣の光。カールの声。セリアの魔法。リアナの怒鳴り声。ぼくは遠くから、それを見てる。
怖かった。でも――みんな、生きてた。
だから、目が覚めたとき、ぼくはふっと微笑んだ。
もう少しだけ、がんばれる気がした。
――きっと、帰ってくるから。
――あの玄関の扉が、がちゃりと開く日が、また来るから。
その日まで、ぼくは、ここで。
フェンリルの子としてじゃなく――あの人の家族として、ただ、待ってるんだ。
「おかえり」って、ちゃんと言えるように。
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