第69話 風の街メレウス
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「風の街メレウス」
乾いた風が街の石畳を撫で、遠くからラクダに似た交易獣が荷車を引いてくる。ここメレウスは東方の要衝として知られ、砂漠の縁に位置することから「風の街」とも呼ばれていた。王都のような整然とした街並みではないが、活気と多様性にあふれている。
カールたちは、城門近くの宿で荷を解くと、さっそく冒険者ギルド「風鳴の翼」へと足を運んだ。
ギルドは、レンガ造りの古い建物の中にあり、壁には様々な任務の掲示が並び、獣の毛皮や異国の武器が飾られている。
「よう、よく来たな。王都からの派遣ってのは、お前らか?」
カウンターの奥から現れたのは、褐色の肌に銀髪をなびかせたギルドマスター、バシル=ロカ。元冒険者で、今は街の治安と情報の要を担っている男だ。
「はい。カール=キリトと申します。こちらはセリア、リアナ。グリーンドラゴンに関する情報をお伺いしたく……」
「ふむ、やはりそっちが動いたか……。こっちでも調査隊を何度か出したが、行方不明や壊滅が続いてな。軽く見てると痛い目を見るぜ」
バシルはそう言って、壁から地図を一枚外し、テーブルの上に広げた。
「奴が目撃されたのは、このあたり……《シェルドの谷》だ。もともとは山岳民族の狩猟場だったが、最近は姿を見せなくなってな」
「……ドラゴンの影響で?」
リアナが眉をひそめた。
「ああ。風を裂くような咆哮、焼け野原のような谷底。見た者の話では、翼が青緑に輝く“成体”の個体らしい」
「成体……厄介ですね」
セリアが小声で呟く。
「俺たちの調査では、やつは《何か》を守っているようにも見える。巣か、卵か……あるいは宝だ」
「宝?」
カールが顔を上げると、バシルは頷いた。
「ドラゴンには“巣に財宝を集める習性”がある。もし奴がそれを守っているとしたら――強い警戒と執着があるはずだ」
「……つまり、単なる討伐ではなく、観察と分析も重要になる」
リアナが鋭くまとめると、バシルは満足げに笑った。
「その通りだ。……あんたら、只者じゃないな」
カールは軽く息をつき、仲間たちを見る。セリアの手には《氷結の細剣》、リアナはすでに《雷撃の杖》を握っている。彼らもまた、ただの旅人ではない。王都でも名を馳せる剣聖と天才魔術師、そして氷の戦姫だ。
「準備は整っている。……案内役を一人、お願いできるだろうか?」
「用意してある。ちょっとクセのある奴だが……腕は確かだ」
バシルが呼び出したのは、背に双剣を背負った黒髪の青年だった。名をアッシュ=ガルド。元は山岳の傭兵で、今はメレウスで流浪しているという。
「お前らが王都の剣聖か。フン、見た目よりはマシそうだな」
アッシュは不遜な態度ながらも、鋭い目で一行を見渡した。
「……気に食わん奴だが、信用できる。悪く思うな」バシルが苦笑する。
カールは静かに手を差し出した。「よろしく頼む」
アッシュはその手を一瞥し、笑みを浮かべた。
「面白くなりそうだな。グリーンドラゴンってやつ……俺の剣でも届くか試してやるさ」
◇
翌朝、朝焼けの空の下、一行は《シェルドの谷》へと向かった。風がやけに静かだ。鳥の声もなく、木々もさざめかない。
「この沈黙……もう近いのかもしれない」
セリアがつぶやくと、谷の奥から、かすかに土を揺らすような重低音が響いた。
それは、世界の理を逸脱する存在の鼓動だった。
「……来るぞ」
カールが剣を抜いた瞬間、空が揺れた。
谷の上空に、青緑色の巨大な影が現れる。翼を広げたその姿は、まさに伝説に語られる《風の竜》――グリーンドラゴンそのものであった。
その咆哮が轟いた時、大地と空が震えた。




