第65話 偉大なるフェンリルの子狼ルゥは見た!
【ルゥ視点】
「また、来たのか」
ぼくはお屋敷の庭でお昼寝をしていたところだった。お日さまがポカポカしてて、ちょっと眠くなってきていたのに――あの、やたらピカピカした馬車が玄関の前に止まったのを見て、思わず耳がピクって動いちゃったんだ。
カールのにおいはしない。知らないにおい。でも、ちょっとだけ甘くて、高そうな香水のにおいがする。
玄関の方を見ていたら、中から出てきたのは、金ぴかのふりふりしたドレスを着た女の人だった。金髪で、すごくきれいで、でもなんかこう――えらそう?
そして、その後ろにはいっぱいの兵隊さんとメイドさん。
「……また女の人だ……」
ぼくはくんくんと鼻を動かした。うん、やっぱり。
あの女の人、カールのこと、好きだ。
わかるんだ。人間って言葉じゃなくても、においとか、目とか、動きで気持ちがにじみ出るから。
そして――ぼくはすぐに気づいた。
「番になるつもりだな、あの人」
セリアも、リアナも最初はそうだった。
“なんかすごい人間がいる”って感じで来て、いっしょに冒険して、だんだん“特別”になっていった。
今度はこのエミリーゼっていう人が、番になりたそうな顔で、カールに会いに来たんだ。
……ほんと、カールって、もてもてだ。
お昼寝どころじゃない! これは観察しなきゃいけない。
ぼくは塀の上にぴょんっと飛び乗って、屋敷の中の様子を見ていた。窓から声が聞こえてきた。
エミリーゼ「責任を取ってください。あなたのせいで婚約が白紙になりました!」
カール「えええ……?」
セリア「……っ!」
――やばい!これは修羅場ってやつだ!
(いやでもセリア、最近“側室”ってやつも受け入れてたから大丈夫……? 人間関係って複雑だなぁ)
その後もいろいろあって、最後はなんか、みんなで“納得した”みたいな空気になった。
やっぱりカールってすごい。女の人たち、みんな怒ってても、最後には笑ってるんだもん。
そうして、日が傾き始めた頃。
お屋敷の玄関から、あの金髪のエミリーゼって人が出てきた。
彼女は帰りぎわ、ふとぼくの方を見て、目を細めた。
「……ふむ。あれが噂のフェンリルの子狼か。たしか名は、ルゥと言ったな?」
な、なんで知ってるの!? ってびっくりしたけど、それよりも彼女の目がキラキラしてたのが気になった。
ちょっと……いや、だいぶ危険な感じがした。
「メイドよ。例のものを持て」
すると、後ろにいたメイドさんが、どこからともなくカラフルなボールを持ってきた。
「はい、王女様」
「よし」
その瞬間、エミリーゼはひらりとドレスを軽くつまんで、ぼくの方にしゃがみこんだ。
「さあ、ルゥ。遊んでさしあげる。わらわは子狼との遊びも心得ておるのだ!」
(……えっ、まさかの展開!?)
予想外だった。
王女様ってもっとこう、つんとしてて、子どもや動物なんて相手にしないイメージだったけど――
「ほれっ」
ぽーん!
ボールが放たれると、ぼくの本能がビクンッと反応した。
「わんっ!」
勢いよく地を蹴って追いかける。キャッチして振り返ると、彼女はすごく楽しそうに笑ってた。
「よしよし、持ってこい!」
まさかの……連続投球!
ドレスのすそを押さえながら、きゃっきゃと笑うエミリーゼ。
まわりのメイドや兵士たちはポカーンとしてたけど、本人はおかまいなしだった。
数回ボールを投げて遊んでくれたあと、ぼくが息を切らして彼女の足元にじゃれついた時――
「……はっ!?」
エミリーゼの目がまんまるになった。
「な、なに? この子……今、喋った……?」
「うん、喋るよ?ぼく、人の言葉わかるし。普通にしゃべれるし」
「……な……なんと!?」
驚いていたのは最初の数秒だった。
次の瞬間――
「う、うそ……しゃべるだけじゃなく……なんて、なんて手触り……」
エミリーゼは、両手でぼくの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「ふわっ……ふわっ……モフッ……もふもふもふ……もふ天国じゃああああ!」
(わぁ……この人、完全に壊れた……)
「よくぞ、ここまでわらわを歓喜させてくれたな……お主、なかなかのものだ……」
最後には、なぜかぼくのことを“忠義あるモフモフの神獣”と名付け、敬礼して帰っていった。
(人間って、ほんと面白い)
帰っていく金色の馬車を見送りながら、ぼくはひとつ思った。
(この家、まだまだにぎやかになりそうだなぁ)
お日さまはもう傾いて、空が赤くなっていた。
だけどぼくの心は、なんだかぽかぽかしていて、うれしい気持ちでいっぱいだった。
――今日もまた、カールの周りに新しい風が吹いた。
ぼくはそれを、いちばん近くで見守る、ちっちゃな守り人なのかもしれない。




