第59話 王都の昼下がり、三人の休日
王都の昼下がり、三人の休日
王都ルメリアの昼下がり。春の風が石畳の通りを軽やかに吹き抜け、通り沿いの花屋が色とりどりの花束でにぎわっている。そんな中、冒険の合間に束の間の休息を得た三人が、ゆったりとした足取りで街を歩いていた。
「ほんっとに、王都ってお店が多すぎるのよね。見て、あのパン屋さん、バターの香りがもう……!」
リアナ=クラウゼが、目を輝かせてカールの袖を引く。王国の魔術師でありながら、こうした日常では年相応の少女らしい表情を見せることが多い。
「さっきアイス食べたばかりじゃないか、リアナ」
カールは苦笑しながらも、そのパン屋のショーウィンドウを覗き込む。甘いクリームが詰まったクロワッサンが並んでいた。確かに、香ばしい匂いに空腹が刺激される。
「ふふっ、じゃあ、そのパンはお土産にして、そろそろお昼にしない? あのテラスのあるカフェ、前から行きたかったの」
隣でやんわりと笑うのは、セリア=ルゼリア。王家の血を引く彼女は、普段は冷静沈着な剣士だが、今日はどこか柔らかい雰囲気をまとっている。
「セリアが行きたいなら、そこにしよう。……あれ、どこだっけ?」
「こっちこっち。王宮通りの噴水広場を越えた先、角を曲がってすぐよ」
セリアに手を引かれる形で、カールとリアナもそのあとをついていく。少し行くと、噴水のほとりで芸人たちが芸を披露しており、子どもたちの歓声が響いていた。
「……こうして歩くの、なんだか、ちょっと不思議な気分」
リアナがぽつりと呟く。セリアと並んで歩くカールを横目で見ながら、少しだけ唇を尖らせた。
「なにが?」
「んーん、べつに。でも……カールって、ふだんは真面目でちょっと怖いくらいなのに、こういうときだけ、やさしい顔してるんだもん」
「……そうかな」
カールは少し照れたように視線を外す。そんな彼の様子に、リアナの口元がふっと綻んだ。
「うん、そういうとこ、ずるいの」
セリアは微笑ましそうに二人を見ていたが、どこか胸の奥に、小さなざわめきを覚えていた。
(三人で歩いているのに、どこか二人の空気が近い……)
ほんのわずかに手を伸ばし、カールの袖に触れる。
「……ねえ、カール。あとで本屋さんにも寄ってくれる?」
「いいよ。リアナも行きたい場所があったら、言ってくれよ」
「じゃあ、あとで魔術道具の店も見たいな。最新の魔導石、気になってるの」
そうして三人は、にぎわう広場を抜け、セリアが案内したテラスカフェへと辿り着いた。
白い壁に蔦が絡まる、南風のように明るいカフェ。テラス席に案内され、三人はそれぞれメニューを眺める。
「カールは何にするの? お肉系?」
「この『炙りハーブチキンプレート』ってやつ、美味そうだな。……セリアは?」
「私は、この季節限定のラタトゥイユプレートにする。彩りもきれいだし」
「私はこれー! きのことチーズのグラタンパイ! 絶対おいしいやつ!」
注文を終えると、しばし柔らかな風の中、三人はランチを待ちながら言葉を交わした。
「こうして普通にランチするなんて、久しぶりかもね」
セリアがふと呟く。カールが頷いた。
「最近はずっと任務続きだったからな。こういう時間も悪くない」
「ねえ、こういうの……また、やろうね。三人で」
リアナの言葉に、セリアもそっと目を細めて頷く。
「ええ、そうね……また、何度でも」
やがて料理が届き、テーブルは香ばしい香りと笑顔に包まれた。
カールはナイフを手に取りながら、二人の姿を静かに見つめる。
(……どちらか一人を選ぶ時が来たら、どうする?)
自分でもまだ答えは出ない。けれど、こうして笑い合う時間だけは、何よりも尊いと感じていた。
ふと、リアナがスプーンですくったチーズグラタンを、カールの前に差し出した。
「ちょっと食べてみる? すっごく美味しいんだから!」
「え、あ……いや、そういうのは……」
「ほらほら、口開けて!」
「ちょ、リアナ……っ」
「あら、じゃあ私のラタトゥイユも食べてみる? カール、こっちのほうが絶対好みでしょ?」
「ちょっと、セリアまで!?」
わいわいと騒ぎながら、三人の時間は穏やかに流れていく。
騎士と魔術師と、そして二人の間に立つ青年。
淡い恋心と日常のきらめきが交差する、王都の昼下がり。
この小さな幸せが、明日への力になることを、誰より三人が知っていた。




