第52話 正義の刃、地下に舞う
『闇を裂く剣』 ―正義の刃、地下に舞う―
翌夜。
街には重たい雨が降り注いでいた。人通りはほとんどなく、警戒を強める伯爵の私兵たちの目も、雨の帳でいくらか鈍っていた。
「この雨……好都合だな」
カールは黒の外套を羽織り、滴る水を気にもせず古井戸へと足を進める。
「今日で決着をつけよう、カール」
セリアは短く言い、杖を強く握る。
前夜に写し取った名簿は、すでに老エルフの手で王都ギルドへと送られていた。
だが証拠だけでは足りない。現行犯として、伯爵を捕らえる必要があった。
二人は再び地下市場へと潜入。
だが、空気が違う。
「……罠か?」
カールが眉をひそめた。
市場は異様なほど静かだった。かつて囚われていた獣人たちの檻は空になっており、舞台には誰も立っていない。
「来るのを読まれていた……?」
そう呟いた瞬間、周囲の松明が一斉に灯る。
「──貴様らのような鼻の利く鼠が来るとは思っていたよ、黒衣の剣聖」
闇の中から現れたのは、豪奢な黒装束を身に纏うトラオン伯爵。そして、彼の背後には十数名の私兵と、黒装束の暗殺者たち。
「私の市場を荒らす者には、相応の“罰”を与えねばならん」
「ならば、正義の裁きを喰らう覚悟はあるか?」
カールの瞳が鋭く光る。
「ほざけ!この街は我が物。王都の法など通じぬ!」
伯爵の号令とともに、私兵たちが一斉に突撃してくる。
「セリア、左を頼む!」
「任せて!」
カールは前方に突進。剣を抜き放ち、鋼のような殺気とともに斬り込む。
一人、二人と兵が倒れ、カールの黒き剣閃が舞うたびに戦況は大きく動いた。
セリアは後方で魔法を展開。
《氷柱の檻》──足元から突き上げる氷の杭が私兵を串刺しにし、さらに《冷気結界》で進行を封じる。
「来るなら凍えながらどうぞ!」
だが、暗殺者たちは魔法の隙を縫い、音もなく影から襲いかかる。
──キィン!
刃がカールの剣に弾かれる。カールは背後を振り返らずに斬り払い、さらにもう一人を壁に叩きつけた。
「さすが……厄介な奴だ」
伯爵自身が後退しながらも、懐から銀の魔導銃を取り出す。
「貴様一人の力で、どれほど抗えると思っている!」
──ズガン!
銃声が轟く。
セリアが瞬時に魔法障壁を張り、弾丸を氷の壁で弾き飛ばす。
「もう終わりにしよう、トラオン伯爵……!」
セリアの目に怒りと憎しみが宿る。
「氷刃よ──《凍裂槍》!」
巨大な氷の槍が空気を切り裂き、伯爵の手元に突き刺さる。
銃は吹き飛び、伯爵は地に倒れ、震える声で叫ぶ。
「ま、待て!私は……まだ、証拠は……!」
「証拠なら、昨夜手に入れている。お前の手帳も名簿も、全部な」
カールが静かに伯爵に剣を突きつける。
そのとき──地下の天井が揺れた。
「な、なんだ!?」
崩れかけた壁の向こう、城門方面から騎馬の音。
王国の紋章を掲げた騎士団が突入してくる。
「冒険者ギルド本部の要請により、王国騎士団が到着した!」
先頭に立つのは、王国直属の査察官・リゼット女史。
冷ややかな眼差しで伯爵を見下ろし、手に命令書を掲げた。
「トラオン伯爵。王国法第十二条に基づき、奴隷売買および国家反逆の罪で、ここに身柄を拘束する」
「馬鹿な……私は、貴族だぞ……!法が……この私に──!」
「貴族以前に、お前は人でなしだ」
カールが静かに告げた言葉は、深く重く響いた。
こうして、地下市場は完全に制圧され、トラオン伯爵は捕縛された。
──夜明け。
獣人の少女ティナとその母レーナは、ギルドの保護のもと新たな生活を始めることになる。
街の空気は少しずつ、だが確かに澄んでいった。
「また一つ、闇を切り裂けたね」
セリアの言葉に、カールは小さく頷く。
「ああ。だが、闇はまだ広がっている。次も……斬るだけだ」
そう言って、二人は静かに歩き出した。
新たな戦いが待つ、次なる地へ――。




