第47話 風と光と、王都の午後
【風と光と、王都の午後】
王都〈ルメリア〉――午後の陽が瓦屋根の上に踊る午後。
長い調査護衛の依頼を終え、久しぶりに“平和”な日常へと戻ったカールとセリアは、のんびりと街を散策していた。足元では、真っ白な子フェンリル――ルゥが元気に跳ね回っている。
「カール、ちょっと速すぎるわよ、ルゥが追いつけないじゃない」
セリアが笑いながら、スカートの裾をつまみつつ小走りになる。カールは少し前を歩いていたが、立ち止まって振り返った。
「いや、あいつ速すぎるくらいだろ。見てみろ、もう次の路地に――って、おい、ルゥ、そっちは――!」
ワンッ!
ルゥは勢いよく角を曲がり、八百屋の野菜かごに頭から突っ込んだ。
「うわーっ! こらぁ! お前の犬か!? 野菜が台無しだ!」
怒鳴り声と一緒に、トマトが空中を飛び、見事にカールの額に命中した。
「……ぐっ、なんだこの酸味」
セリアが顔を押さえて笑いをこらえる。
「ルゥ、ちゃんと謝って! ほら!」
ルゥは耳をしょんぼりと垂らし、ぺたんと地面に座って「クゥン……」と小さく鳴く。街中ではフェンリルとばれるとまずいので、人間の言葉は使わない約束をしてのお出かけである。
八百屋の主人も、思わず苦笑い。
「まったく……まあいいさ。次からは気をつけるんだぞ、小さなモフモフ野郎」
「ありがとうございます。代金はこちらで払います」
セリアがにっこりと会釈しながら、銀貨を差し出す。
カールはため息をつきつつルゥを抱き上げる。「お前、もうちょい落ち着けって……」
ルゥはカールの腕の中で満足げに尻尾を振った。
***
その後も、王都の街をゆっくり歩いた。
風は優しく、路地のパン屋からは焼き立ての香ばしい匂い。街角の吟遊詩人が奏でる笛の音が、石畳を抜けてどこまでも流れていく。
「……こういう日が続けばいいのにね」セリアがぽつりと呟く。
「戦いのない日ってやつか?」
「うん。誰かを傷つけたり、傷つけられたりしないで……ただのんびり過ごす日。カールと一緒に」
その言葉に、カールは少しだけ目を細めた。どこかくすぐったいような、それでいて胸の奥が温かくなる感覚。
「……似合わねぇよ、俺には」
「そんなことないよ」
セリアはカールの手を取る。指先がそっと重なる。
「こうして一緒にいるだけで、私は嬉しいの。王女だった頃の私には、こんな日常はなかったから……だから、今日がすごく特別」
「……そっか」
二人の間に、優しい沈黙が流れる。
その時、ルゥがカールの腕の中で「ワン!」と一声鳴いた。
「……あ、思い出した!」
セリアがぱっと笑顔になる。
「どうした?」
「アイスクリームよ! この前来たとき、新しい店ができてたって言ってたでしょ? 今なら並ばずに食べられるかも!」
「へぇ、アイスか……。食ったことねぇな」
「じゃあ決まり! 初めては、私が一緒に食べさせてあげる!」
セリアが腕を引き、カールをぐいっと引っ張っていく。
ルゥもカールの腕の中で尻尾をばたばた振って、満面の笑み(?)だった。
***
アイスクリーム屋のベンチに並んで座りながら、カールは恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
「……冷たい、けど……うまいな、これ」
「でしょ?」セリアが得意げに笑う。「私はこの“ベリーミルク”がお気に入り。カールは?」
「なんか、チョコのやつ。こっちも……悪くない」
「ふふ、気に入ったみたいね」
二人は並んで空を見上げた。少し西に傾いた太陽が、街を黄金色に染め始めていた。
「……ありがとうな」
「え?」
「こういう日が、こんなに心地いいなんて……知らなかった。戦ってばかりだったからさ、俺」
セリアはそっとカールの肩に寄りかかった。
「これからは、少しずつ……取り戻せばいいのよ。奪われた時間も、眠ってた感情も。私と一緒に、ね」
カールは、彼女の肩にそっと手を置く。
ルゥが足元であくびをし、そのまま丸まって眠り始めた。
静かな午後。あの日々の重さを癒やすように、王都の空は穏やかに色づいていく。
そして――
穏やかな風の中で、ただの一人と一人が、普通の一日を共に過ごす。
それは、きっと誰よりも尊い“冒険”の一つだった。




