第36話 焚き火の夜に交わした誓い
【焚き火の夜に交わした誓い】
リアナ=クラウゼの護衛任務が始まって数日。王立魔術学院から委託された調査のため、三人は王都を離れ、各地の遺跡を巡る旅路に入っていた。
初めこそリアナは任務に徹し、カールとも適度な距離を保っていた。
だが、日を追うごとにその距離は少しずつ縮まっていく。
「カール様、あの術式の解釈を聞いていただけます? あなたにだけ見せたいの」
「ねぇ、休憩中に少しお話ししない? 戦場以外のあなたも、きっと魅力的だから」
そう言って微笑む彼女に対し、カールは居心地悪そうにしながらも、冷たく突き放すことはなかった。断り方の不器用な男だと、セリアは思う。
そのたびに、セリアの心は揺れる。
何も言わず、ただ黙って剣の手入れをしていたが――
(私は……どうして、こんなに心がざわつくの?)
カールの隣に立てれば、それだけで良かった。彼の背中を追い、剣を振るう日々に満足していたはず。
なのに今は、胸が締め付けられるほど苦しい。
そして、旅の五日目の夜。
一行は森の中で野営をすることになり、焚き火を囲む形でそれぞれが座る。
静寂の中、薪がパチパチと燃える音だけが響いていた。
焚き火を挟んで向こう側、リアナがカールの方に身を寄せるように話しかけた。
「あなたの剣筋……まるで芸術のよう。私、戦いのたびに見惚れてしまうの。……こんなふうに感じたの、初めて」
その瞬間。
セリアの手にしていた小枝が「パキ」と鋭い音を立てて折れた。
カールは何も言わない。ただ、ちらりとセリアの方を一瞬だけ見た。その視線が何を意味していたのか、セリアにはわからなかった。
それでも、胸の奥がざわついて止まらない。
(私……あの子に嫉妬してる)
ようやく自覚したその感情に、セリアは驚き、自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。
そして夜が更け、眠りにつこうとしていたその時。
静けさを破って、カールの低い声が聞こえてきた。
「……怒ってるのか?」
「別に」
「いや、怒ってるな」
セリアはそっぽを向いたまま、ふいっと口を尖らせた。普段は決して見せない、拗ねたような顔。自分でも、こんな子どもじみた表情をしているとは思っていなかった。
「だって、あの子……あなたにばっかり……」
言いかけて、はっと口をつぐむ。
その続きは言葉にできなかった。でも、もう自分の中でははっきりしている。
――私は、カールが好き。
ただの相棒でも、仲間でもない。もっと近くにいたい。誰にも渡したくない。
そんな思いを、セリア自身がようやく認めた瞬間だった。
カールは、焚き火越しにそっと微笑んだ。
「お前でも、そういう顔するんだな」
「うるさい……!」
セリアは顔を伏せた。けれど、熱くなる頬は隠しきれない。
そして、次にカールが言った言葉が――セリアの胸に深く、温かく突き刺さる。
「……でも、安心しろ。俺が隣にいるのは、お前だ」
「……ほんと?」
その問いは、セリアの心の奥から絞り出されたものだった。
「ああ。リアナは強い魔術師だ。頼もしい仲間だと思ってる。でも……俺の剣が向くのは、お前の隣だけだ」
焚き火の灯りが、カールの真剣な表情を照らす。
セリアは何も言えず、ただその言葉を心に刻み込んだ。
しばらくして、彼女はぽつりと呟く。
「……じゃあ、私……もっと強くなる。あなたが、他の誰も見ないくらいに」
それは、セリアにとって初めての“恋の誓い”。
カールは静かにうなずいた。
「なら、俺も負けないさ」
焚き火の揺らめく光が、二人の影を重ねる。
その影は、まるで寄り添うように一つになって――
こうして、想いは確かに繋がった。
まだ言葉にはならない恋だった。
けれど、確かに“ここに在る”と、互いに信じられるほどの。
夜の森に、静かに風が吹き抜けていった。
***
翌朝、リアナが起きたとき。
セリアはすでに訓練を始めていた。その剣先には、確かな意志と誇り、そして嫉妬の炎すらも宿していた。
それを見て、リアナはふっと微笑む。
「……そう簡単には譲ってくれないのね。」
少女たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。




