第37話 リアナ=クラウゼ視点 黒衣の剣聖
【黒衣の剣聖に、恋をした】
――リアナ=クラウゼ視点――
初めて彼の名を耳にしたのは、王都に戻った後のことだった。
“黒衣の剣聖”カール=キリト。
王都の貴族たちの間でも噂になっていた。婚約破棄され、辺境へと追放された男――だが、それが今や魔獣を斬り裂き、冒険者ギルドで急成長を遂げ、貴族たちすら一目置く存在となって戻ってきたという。
私は、そういう人に出会ってみたかった。
力で運命をねじ伏せるような、“本物”の人に。
そして、護衛任務の当日。
私は、彼と出会った。
黒衣に身を包んだ青年は、噂に違わず鋭い眼をしていた。だがその瞳の奥には、優しさと、なにより深い孤独が宿っていた。
「あなたが噂の“黒衣の剣聖”……カール=キリトね。思っていたより、ずっと素敵な人。よろしくお願いするわ。」
そう微笑んだ私に、彼は少し困ったように頷いた。その素朴さもまた、心をくすぐる。
(ああ、この人は、私が探していた“強さ”を持っている)
私はそう確信した。
その時からだ。彼の視線を追ってしまうようになったのは。
任務の最中、私は自然に彼に声をかけた。
戦術の相談、術式の共有、何気ない世間話。
カールは控えめに対応してくれたけれど、どこかよそよそしさも感じた。
そしてすぐに気づいたの。
彼の視線の先に、常に“彼女”がいることを。
セリア。黒髪で、冷静沈着な剣士の少女。
表情は乏しいけれど、カールが話すときだけ、わずかに口元が緩む。
(あの子が……彼の“隣”なんだ)
そう思ったとき、胸がちくりと痛んだ。
私は負けたくなかった。
魔術の腕も、家柄も、知性も、美しさも――
彼女には負けていない。そう思っていた。
でも、彼の眼差しは、揺るぎなくセリアに向いていた。
夜、焚き火を囲む時間。
私は、賭けに出た。
「あなたの剣筋、まるで芸術のよう。私、戦いのたびに見惚れてしまうの。……こんなふうに感じたの、初めて。」
本音だった。
彼の剣には、無駄がなく、美しさがあった。
だけど、その言葉はきっと、セリアにも届いた。
火を挟んで向かいにいた彼女の手の中の枝が、音を立てて折れるのを私は見た。
(……嫉妬、したのね)
ほんの少し、嬉しくなった。
あの冷静なセリアが、私に心を乱されている。
そう思った自分に、私は驚いた。
まるで、恋の駆け引きをしているみたい。
いや、違う。
これは、もう本気の恋だ。
彼がセリアに言った言葉は聞こえなかったけれど、翌朝にははっきりと分かった。
朝靄の中、剣を振るう彼女の姿。
その一太刀一太刀に、強い意志と、感情が宿っていた。
そしてそれは、私に向けられている――そう感じた。
(簡単には譲ってくれないのね)
でも、私は天才と言われて育ってきた。
努力ではなく、才能で道を切り開いてきた。
今回も、そう思っていた。
けれど、今は違う。
セリアの剣を見たとき、私は知った。
“本気の想い”には、才能すら凌駕する力があるのだと。
私もまた、本気にならなければ、彼に届かない。
(なら、やってみせる。魔術師として――女として)
彼の隣に立つのは、私だってふさわしいはず。
そう信じてる。
この恋の戦場に、後悔はない。
私、リアナ=クラウゼは、“黒衣の剣聖”カール=キリトに恋をした。
ならば、この命を懸けてでも、奪い取ってみせる。
剣と魔術、想いが交錯するこの旅の中で――
きっと、彼の心を射止めてみせる。




