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第30話 王都ルメリア散策 セリア視点

王都ルメリア散策



初めて彼と出会ったとき、私は泊まる場所すら決まっていなかった。


王都ルメリア。初めて訪れた街。カールの名前しか知らなかった私だったが、彼が剣聖として有名だったので、冒険者ギルドで偶然、簡単に出会うことができた。運命の出会い? かつての自分は、宮殿の奥で、王妃としての未来を夢見ていた。けれど今は違う。私は一人だ。


「……宿が、どうしよう?」


「だったら、俺が泊まってる宿に来ればいい。部屋は別だし、安全な場所だ」


その言葉に、なぜか逆らう気になれなかった。


ただ私の荷物を持って歩き出す。その背中を見ながら、私は少しだけ、救われたような気がした。


宿の食堂で、夕飯を共にした。


温かなスープに、焼きたてのパン。それだけの、簡素な夕餉だったのに、不思議と心が落ち着いた。


「この先、どうするつもりなんだ?」


カールが訊いた。


「……決まってない。ただ、立ち止まりたくなくて」


「あれだけの剣の腕前だ、一緒に冒険者をやらないか?」


「冒険者、確かに面白そうね」


スプーンを置いて、私は彼を見た。


「カールは? どうして、こんなところにいるの?」


「剣の仕事。今は冒険者として動いてる。昔、いろいろあってな。貴族の世界は、もうこりごりだ」


その言葉に、少しだけ親近感を覚えた。私も同じだ。捨てられた者同士――きっと、似ているのかもしれない。


翌朝、早めに起きた私は、簡素なドレスに着替えて食堂に降りた。今日はカールとお出かけである。


すでにカールが待っていた。


「今日は、案内してやるよ。王都生まれ、王都育ちの俺がな。初めて来たんだろ?」


「ええ。この街に来てすぐ冒険者ギルドに向かったから……ほとんど見てないの」


カールは少し目を見開いたが、それ以上は何も言わず、手を差し出した。


「じゃあ、出発だ」


私はその手を取らなかったけれど、彼の隣に並んで歩いた。


石畳の通りを抜けて、最初に訪れたのは、小さなスイーツの店だった。


「ここは有名なんだ。女の子に人気でな。俺も依頼で疲れた帰りに、たまに甘いもん食いたくなる」


「あなたが?」


「何だよその目は」


思わず笑ってしまった。店の中は焼き菓子の甘い香りに包まれていて、ガラスのショーケースには美しく飾られたケーキやタルトが並んでいた。


「どれが好きだ?」


「……この、ベリーのタルトを」


「じゃ、それと紅茶。俺はプリンで」


席につくと、カールは頬杖をついて外を見た。私は、目の前のタルトを一口、そっと味わう。


「あまい……けど、おいしい」


「そりゃよかった。そうやって美味しそうに食べる顔、悪くないな」


「……茶化さないで」


「茶化してねえさ」


彼の声は、優しかった。


その後も、彼は様々な場所を案内してくれた。


古道具屋。手作り雑貨の店。街角の噴水広場。どれも、私には初めて見る景色だった。


「これ、可愛いわね……」


木彫りの小さな猫の人形を手に取ると、カールが横から覗き込んだ。


「気に入ったのか?」


「うん……買っても、いいかしら」


「わかった、二人の出会いにプレゼントしよう」


 私は少し迷ってから、その猫を手に取った。カールが財布からお金を出して支払ってくれた。冒険者をして稼いだら、何かお礼を贈ろう。今はそれでいいと思えた。


夕暮れが近づくころ、二人で川沿いを歩いた。


水面に映る橙の空が、風に揺れている。セリア=ノルドとしての私は、こんな風景を、のんびりと楽しめることがなかった。


「……ありがとう、カール」


「何が?」


「こうして案内してくれて。誰かと、何かを楽しむなんて、もうできないと思ってた」


「できてるじゃないか、今」


「……ええ」


私はそっと、自分の胸元を押さえた。まだ小さな、柔らかな火が、そこに灯っている気がした。


彼と出会ったばかり。まだ詳しくわからない。ちゃんとは知らない。けれど、心が寄り添っていく感覚が、確かにそこにあった。


「明日も、一緒に歩いてくれる?」


「もちろんだ。俺はまだまだ、案内したい場所がたくさんある」


その言葉が、まるで約束のように思えた。


風が吹き、川面がさざめいた。小さな木の猫が、手の中で優しく揺れていた。

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