アイドルじゃなくなったから
「はぁ、はぁ……」
気付けば、踊り終わっていた。
肩で息をする夕歌がちらりとこっちを見て、そして逸らした。なんでだよ。
「いや、すごいすごい。感動したよ」
「はぁ……お世辞は……結構です……」
息切れから、途切れ途切れにそう言った夕歌。さては運動不足だな?
「お世辞じゃないよ。ほら見てみ、後ろ」
「後ろ……って、え……」
夕歌の華麗なダンスに惹かれた客たち。曲中、ぽつりぽつりと集まってきて、ついにはちょっとしたライブハウスみたいになっていた。
一生懸命すぎて、きっと後ろに意識を向けることも出来なかったんだな。
まばらに起こる拍手に、夕歌は恥ずかしそうにお辞儀した。
「恥ずかしいです」
満足そうに去って行ったギャラリーを眺める夕歌の顔は、言葉とは裏腹に、嬉しそうだった。
「すっきりした顔してるけどな」
「気のせいです」
やれやれ、可愛げのない。けどそこが可愛い。
「ところで、あの大好き~のところのレス、俺にだよな?」
「それこそ気のせいです。思い上がりです。妄想です」
「そこまで否定するなよ……」
オタク特有の「あのレス絶対俺宛だわ」現象が発生していたらしい。
ま、俺に向けてだって俺が思えば、それはもう俺に向けてなのだ。こっちの気持ちの問題なのだ。
「後ろのポスターにレスを送りました」
「人ですらねーのかよ!」
しかもそのポスター、非行防止ポスターだし、描かれてんの、神奈川県警のマスコットキャラじゃねーか。
「大体、自分にだと思ったとして、それを本人に言うのがデリカシーがないんですよ。そんなの、恥ずかしくて否定して誤魔化すしかないじゃないですか」
「ん? するってーとやっぱり俺に?」
にまにまと、夕歌に問いかけてみた。
夕歌の表情が怒りに変わった。
「群上センパイのそういうところは嫌いです!」
「あぁ耳が!」
耳元で大声で叫ばれ、脳内に甲高い音が響き渡る。鼓膜破けてないだろうな。
「って、おい待てよ!」
すたすたと一人で去っていく夕歌を、俺は耳を押さえながら、小走りで追った。
夕歌の足取りは楽しげだったし、俺もまた、頬が緩んでいたと思う。