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9/22

推しとの飲み会はチェキ70枚分です。

「笹嶺課長、そのくらいにしておいた方が……」


 時刻、九時。


 乾杯の音頭をとってからというもの、笹嶺課長がジョッキを持っていない瞬間がなかった。


「ええいじゃかましいわ! 飲まなきゃやってられねーっつんだよぉ!」


 予想はしていたが、まさか今回はここまで酷いとはな。


「山口さん、仕事は慣れてきた?」


「えぇ、みなさん優しくて、本当に安心しています」


 飲み潰れておじさん化した笹嶺課長を俺が介抱する傍ら、男性社員たちが夕歌にこぞって声をかけていた。というか、開始からずっとこんな感じだ。


 で、特段相手にされない笹嶺課長が不貞腐れてこんなになるまで飲んだ、ってわけ。子供かよ。


 それにお前ら、ちょっとでも夕歌に怪しい真似したら俺がコンプラの元で正義の鉄槌を下すからな、覚悟しとけよ。


 俺の推しに手を出したら許さん。


「いやー、群上も羨ましいよなぁ。給料もらいながら山口さんの教育担当だろ? 俺、基本給半分になってもいいから変わってほしいよ」


 三好先輩が、酔った勢いでそんな風に夕歌に絡んでいた。


「あいつばっかり良い思いしやがって! 山口さん! あいつに何かされたら俺に言ってね! ぶっとばしとくから!」


 で、それに乗っかる小野先輩。

 

 聞き捨てならん。


「俺が何するってんですか。三好先輩と小野先輩こそ、それセクハラギリギリですからね」


「え、マジ? ごめん山口さん、今のは聞かなかったことに……」


「すみません飲みすぎました!」


 やれやれ、この現代社会、セクハラって単語に敏感だな。ま、それも良いことだ。


 が、


「いえ、こういう場でのそういうノリ? っていうのも、社会人になったって感じで私は嬉しいですっ!」


 俺の助け舟に主砲をぶっぱなって撃沈しやがった。そりゃ、アイドル時代なんて嫌な発言浴びまくっていただろうし、慣れっこなのかもしれんが……いや、慣れるな、そんなことに。断罪しろ。


「うぅ、なんて良い子なんだ……こりゃ我が部署も安泰だな……」


 三好先輩、なんで泣いてんだ?


「ほら、飲みすぎですよ先輩、お水飲みますか?」


 ぐぬぬ、夕歌が三好先輩と小野先輩を介抱していやがる……こっちは問題が起きないように見張らないとだから、ちっとも飲んでないってのに……!


「うん飲む飲むー」


「はぁ。付き合いきれん」


「言ってろ! お前は教育係でさんざんおしゃべりしてるんだから去れ去れーい!」


 俺は頭を抱え、その場を立った。


 夕歌がちらりとこちらを見たかと思えば、どこかしてやったり、なんて顔でニヤリと笑った。バカにしよって。


 飲んだくれたバカ先輩二人を放置し、両手にジョッキを持って酒をがぶ飲みしている笹嶺課長の元へと戻る。


「いや、本当に死んじまいますって、それ以上飲んだら」


 人間の姿をした何かがそこにいた。


「あぁたしはなぁ! おまえーらのために毎日毎日がんばーてんだよぉ」


「あぁはいはい頑張ってます頑張ってます。だからいったんジョッキ置きましょう」


「なにい! じゃあどうすれっというんでさぁい」


 だめだ、何言ってんのかまるでわからん。


 で、まだまだぐびぐびと酒をかっくらっていく。


「それなら強硬手段をとります」


 そう言って俺は、笹嶺課長の手からジョッキを取り上げた。


「あ、どろぼー! かえせぇ!」


 焦点の合わないような目で、笹嶺課長は、俺から酒を取り戻さんと突っ込んできた。


「うわ、ちょ! 暴れないでくださいよ! 座敷っつったってそんな広くないんですから!」


「しぃるかぁ! こーの!」


 俺に覆いかぶさるように全体重を預けてくる。


 その反動で、俺はちゃぶ台に背中を激突させて倒れこむ。


 直後、俺の顔面に冷たい何かが降り注いだ。


 それが笹嶺課長の飲みかけ酒だということは、考えるまでもなく、

「……はぁ、これ、俺が謝るんだよな、お店に」

 ちゃぶ台から転げ落ちたジョッキ類を横目に、俺は嘆いた。


「……すぅ、すぅ」


 で、笹嶺課長は寝ているし。どこまで自由なんだ、この人は。


「あの、とりあえずどいてもらえると、敷布団じゃないですよ、俺」


 まぁ、寝ている相手に言ったところで、ってなわけなのだが。


「とりあえず、誰かどかすの手伝ってもらえませんか?」


 そう、協力を仰いだ折、俺の体に細い何かが巻き付く。


 それが笹嶺課長の手足だと気づくのに、二秒とかからなかった。


 俺は早急に諦めることにした。こうなったら、もはやどうにもならない。


「高木君、悪いんだけど俺の財布とってもらってもいい? 鞄に入ってるから」


「あ、はい!」


 現状、この場でそれほど飲んでいないのは俺と高木君くらい。あとは夕歌だが、あの状況に水を差したら後が怖い。


「これで大丈夫ですか?」


 財布を取り出した高木君は、ちゃぶ台の上から俺に財布を手渡してきた。

「おう、ありがとう。そしたら……はいこれ、お会計のお願いしてもいいかな? 時間も時間だし、課長もこんなだし、そろそろお開きにしよう」


 当然、夕歌周りから文句の声が噴出する。とはいえ、このメンバー随一の生真面目社員の俺の発言ということも相まって、しぶしぶ納得していた。


「え、わ、悪いですよ。七万円もあるじゃないですか!」


「足りるかわからんけどね。笹嶺課長、とんでもないくらい飲んでたし。超えたらカード切るから戻ってきてくれ」


 本来、別の用途に使う予定だったが、想定外に場が荒れたし仕方がない。まぁ、独り身の社会人ってのは案外貯金があるのだ。


「俺も出しますよ。まだ二年目の新人ですし」


 財布を取り出す高木君を静止、しようとするが、上から笹嶺課長がからみついてきているため、断念。


「バカ言え、新人だから出さないんだよ」


 かろうじて、口頭で伝えた。俺も新人みたいなもんなんだけどな。まだ四年目だし。


「わ、わかりました。それじゃ、いったんお会計してきます!」


 案外あっさり折れたところを見るに、やはりそれほど余裕のある経済状況ではないのだろう。そういえば、彼女いるとか言っていたような気がするな。


「おう、悪いな。お釣りはとっといてくれ」


「さすがにそれはお断りしますよ」


 笑いながら高木君は言った。愛想がよくて真面目。素晴らしい後輩である。


「言ってから俺も断ってくれと思ったよ」


「ですよね。ははっ」


 普通に、言ってみたかっただけだ。


 去っていく高木君を見送り、俺は少しずつ笹嶺課長をほどいていく。めちゃくちゃ力強いな……。


「それじゃみなさん、ぼちぼち帰りの支度をしてください。高木君がお会計してくれているので」


「はーい」


 一同、いい返事。


 毎度毎度、俺が幹事をやらされるのもいかがなものかと思う。いや、居酒屋の予約とかは大概笹嶺課長だけど。まぁそこまでしかしないわけで。


 どうにか俺が笹嶺課長をほどき、肩を貸して立たせた頃、高木君が戻ってきた。


「ギリギリ足りました。これお釣りです。領収書も、一応貰っておきました。会社宛てでいいですよね?」


 ギリギリって……まぁ無理もないか……。


 しかしだ。


「うーん。このバカ騒ぎ、経費で落ちると思う?」


 ということである。


「思わないっす」


 大正解。


「だろうな。ま、俺の初めての直属の部下だし、そのお祝いも兼ねて今日は俺の奢りってことで」


 可愛い夕歌の就職祝いだからな。それに、友無し趣味無し彼女無しの俺にとっては、このくらいの出費はさほど痛くない。金が減ったことより、それが痛くない理由の方がきつくて笑えるな。


「さすが太っ腹~!」


「俺は昔から群上は優秀な社員だと思ってたぞ!」


「はいはい。それなら俺の部下にこれ以上ちょっかい出さないでください」


 夕歌が嫌がってないからいいけど、これは単に俺の感情の問題だ。普通に羨ましい。俺ほとんど絡めてない。羨ましくてたまらん。


「わーってるって。それじゃあ、いろいろごめんね。でも本当に、仕事で困ったことあったりしたら、俺たちも頼ってくれていいから」


 俺がそこまで怒らないのは、この人たちがまともな人間だと分かっているからだ。夕歌が本当に嫌がるようなことはしないし、言わない。そういう信頼は、ある程度ある。信じすぎるのもアレだが、この結果を見るに、問題はないだろう。


「お仕事の話とか、いろいろとタメになりました! またいろいろ聞かせてください!」


 笑顔でそう返した夕歌に満足したように、小野先輩と三好先輩は俺にそれぞれ一万円札を差し出し、「おつカレーライス」とかくだらんことを言って帰っていった。


 やれやれ、良い人では、あるんだけどな……どうにもな。


「それじゃ、山口さんもお疲れ様」


「は、はい。お疲れ様です。群上センパイは?」


 小首を傾げる夕歌。


「俺はこの赤ん坊を家まで送り届けてから帰るよ」


「そ、そうですか。家、知ってるんですか?」


「ん? まぁね。毎度のことだし」


 俺が送り担当になるのも毎度のことだし。まぁ、みんなには家族がいたりもするから、俺が引き受けるのは妥当だと思うけれど。


「そうなんですか。わかりました。じゃあ私も付き合います」


 なんて、突拍子のないことを言い出した。ちょっと顔が不機嫌そうだった。理由はわからん。


「え? いいよ、まだ九時過ぎとはいえ、疲れてるだろ?」


「お、男の人は送り狼って聞きました! よくわからないですけど! よくないです!」


 どこで覚えた、そんな言葉。


「どちらかと言えば牧羊犬だろ」


 言いえて妙だな。ズバリすぎる。


「なんでもいいです、とにかくだめです」


「まぁ、わかったけど。つっても、駅のすぐ近くだから、歩いて十分くらいかな」


 俺は肩で支えていた笹嶺課長をおんぶして、店の出口へと歩き出した。


「鞄、持ちますよ」


「それは助かる」


「ほら、私いたほうが良かったじゃないですか」


「そうだね。ありがたきお手伝い」


 俺の鞄を抱きしめるように持った夕歌も、俺の隣に並ぶ。


 店を出て、華金を謳歌する大人の群れに混じった。

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