アイドル衣装もいいけれど、大人な君も
「俺はこっちの方が良いと思う」
「なんでそんな大人なワンピースを着なきゃいけないんですか。私には似合いませんし群上センパイの趣味出すぎです」
とりあえず、スーツで出かけるのは嫌だと言うものだから、とりあえず服を買うことになった。駅前に並ぶアパレルショップの中から、夕歌がチョイスした店に入り、すでに三十分が経過している。
長々と決めあぐねている夕歌に、薄紫色のワンピースを提案してみたものの、あまり好みではなかったようである。
「いや、多分似合うと思うんだけど」
「根拠がないです。こういうのはもっと大人なお姉さんが着るものです」
「いや、長年ユーカを見てきた俺の勘が似合うって言ってる」
珍しく素直に喜びが漏れた夕歌がそこにはいた。けれど、またすぐにいつものような真面目な顔で、
「せいぜい三年くらいじゃないですか。でも私はアイドルを四年間やってましたけど」
なんて、嫌味ったらしく言った。
「密度の問題なんだよ」
オタ卒するまでほとんど全通クラスだっただろ、あの頃の俺。全てのライブやイベントに顔を出しては、ニマニマと夕歌を眺めていた頃を思えば似合うかの想像など容易い。
「確かに、私がアイドルをやっていた四年間通しても一番来ていたのは群上センパイかもしれませんが」
「お、そいつは光栄だな」
「私はアイドルを四年やってましたけど」
あぁ悪かったよ。これで満足か?
両手に持った服を交互に眺めながら、こちらを見もせずにそう言った。
そういえば、と。昨日の夕歌の言葉を思い出す。
俺がライブに行かなくなって、夕歌のファンはいなくなった、か。
結論から言ってしまえば、考えすぎだろうと思うけれど、それでも、あの時の夕歌のもの悲しげな表情は、やっぱりどこか引っかかる。
そこまで、俺という一人のファンに思い入れがあったのか? いや、ファンが少なかったからこそ、それこそ一人ひとりに向ける密度の問題か? いずれにせよ、俺が、夕歌がアイドルをやめるという選択を選ぶ引き金になっていなければいいんだがな。
……思い上がりも甚だしい。考えすぎ、自意識過剰が過ぎるな。
「不機嫌そうな割には、入れ替わる右手の服とは裏腹に左手のワンピースは固定なんだな」
と、先ほどから気になっていた質問を全力投球。
夕歌はこちらをギラリと睨みつけるようにしたかと思えば、それまで後生大事に持っていたワンピースを、ラックへと戻した。
「いや、俺は普通に喜んでいるつもりだったんだけどな」
「だとしたら日本語の能力が低すぎます。本当に国立大学出身なんですか?」
「学位記見せようか?」
「別に良いです。むしろ見せたいんですよね」
あまりにも図星が過ぎて、さすがに恥ずかしさが爆発した。
「そういうのを本人に言うのは辱め罪だと思います!」
疑いを晴らすように見せかけて自慢をしようとしている腹積もりを的確にぶち抜くのは多分何かしらの法に抵触しているはずだ。
「知りませんよそんなこと。ふん、どうせ私は短大卒ですよーだ」
「普通に俺が悪かったからこっち見てくれない?」
さっきから一生目を合わせようともしないのはどういう理屈ですかい?
「お断りします。私は服を選んでいるので」
「おうそうか。じゃあ俺にも協力させてくれよ」
夕歌は、「それならこれ持っとけ」なんて言わんばかりに持っていたいくつかの服を俺に突き出した。
何も言わずに俺が受け取ると、先ほど戻した、俺提案ワンピースを持って、すたすたと歩き始める。
意味が分からずにポカンと行く末を眺めてみれば、フィッティングルームへと一直線で向かっていた。
「なんだよ、案外気に入ってんじゃん」
あぁ、自分でも気に入ってたけど、俺が選んだから癪だったってことね。じゃ悪いことしたな。余計な口出しはするもんじゃない。
ふぅ、とひとつ息を吐き出し、俺は服をそれぞれのラックに戻す。そうして、フィッティングルームで夕歌のドレスアップを待った。
「これが私に似合うと思いますか?」
シャーっと、勢いよく空いたカーテン。そこには、どこか気恥ずかしそうに薄紫色のワンピースを纏う美少女が立っていた。
触らずともわかる絹のような滑らかさ。それなりに体系を維持していなければ着こなせないであろうウエストライン。ふんわりとほのかな、激しく主張をしないスカート部分。夕歌曰く、ウエストマークワンピースとか言うらしい。把握しているあたり、さすがは女の子ってところだろうか。
しかし……。
思いのほか、破壊力あるな、これ……。
「……なんで何も言わないんですか」
「あ、あぁ、ごめん。本音を言うと見惚れてた。あまりに似合ってるからさ」
ライブで見た可愛らしさ全開の衣装とも、職場で見るスーツ姿の夕歌とも違う。大人な一面。そんな姿。
どちらかと言えば可愛い系。それこそ小悪魔タイプの女の子だってのに、今ばっかりは、どうにも色気を感じざるを得ない。
「お世辞が上手いですね」
「いや、本気だって。どれくらい本気かといえば、物販でその衣装だったらチェキ三十枚くらい撮るくらい」
ったく、グループ紫担当は伊達じゃないってか。
「なんでアイドル好きな人ってなんでもかんでもチェキ換算するんですかね……」
「貨幣としての基準だから」
俺たちにとって一万円札はチェキ十枚だし、バイトの時給はチェキ一枚分って数えるんだよ。
「他にも服、選びましたけど」
「あぁ、全部戻してきちゃった」
片付けとけって意味かと。
「えぇ……で、この服、いくらな……うげ」
言いながら、腰のあたりに付いた値札をつまみ、仰天としていた。
「やっぱりやめます。私には似合わないですよ」
そう言ってカーテンをぴしゃりと閉めた。
「え、ちょっと待てよ」
カーテンをぴしゃーっと開けた。
「覗きですか?」
うん、やってから思ったよ。一秒で脱いでたら完全に犯罪者だったよね俺。
「きょろきょろすんな! 試着室にトンカチがあるわけないだろ!」
こいつ! 隙あらばトンカチ探しやがる!
「つーか覗きじゃない。ユーカ、完全に値段見てやめただろ」
「そんなことありませんよ」
カーテンを閉めようとする夕歌、閉めさせない俺。見方によっては完全に事案発生のそれである。
「そんなことあるって」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「だって似合ってるじゃん。似合わないなんて嘘だよ」
その言葉は偽りではない。
それに、夕歌だってどことなく嬉しそうな顔をしていた。と、思うし。多分だけど。
「まだ私には早いです」
「もうユーカは立派に大人だって。めちゃくちゃ似合ってるって」
「そこまで褒められると、照れます」
「だってほら、あの下着も似合ってたし!」
大人なやつにチャレンジしてみたとかいうアレ。あれももうしっかりばっちりお似合いだったぜ!
「普通に最低ですね……なんで平然とそんなことが言えるのかわかりません。今一瞬めまいがしました」
「強情なユーカを納得させるための苦肉の策というやつさ。で、いくらなんだ?」
「えっと……四万八千円、です……」
夕歌はがっくりと肩を落としながら、値札を俺へと向けた。ほら、やっぱり欲しいんじゃないか。
「なんだ、そんなもんか」
「趣味無し友無し彼女無しの群上センパイには余裕かもしれませんが、初任給もまだの私には無理なんですよ!」
「おい! そこまで言うことないだろ! 趣味無し友無し彼女無しだが推し有りだ!」
「全く意味が分かりません」
うわ、ため息でか。
「そもそも、なんでユーカが買う前提なんだ?」
「はぁ? 私が着るんだから当たり前じゃないですか」
「はぁ?」
え? 普通にこいつは何を言っているんだ?
「なんでいまだかつてなくピンときていないんですかね」
「だって買うの俺だろ?」
俺、そのつもりでこの店入る前に口座から二十万おろしてきてんだけど?
「何を言ってるんですか?」
「だから、この服俺が買うんだって」
「いや、理由がなくないですか? たかが後輩に五万円もする服買う人なんていませんよ」
「後輩だけど、大好きな推しだが? それにこれ、今朝覗きを働いた俺の詫びだし」
「……よくそんな恥ずかしいこと真顔で言えますね」
「好きなものを好きと言って何が悪いのか俺にはわからん」
あとオタクってそういう生き物だし。
「でもダメです。だとしても高すぎます。もっとお値ごろなやつに――」
「あぁもうがちゃがちゃうるせーなぁ。俺がユーカにその服を着て隣を歩いてほしいってだけだよ」
さえずる夕歌を遮って、あくまで俺のエゴであることを告白した。こんな可愛い子がこんな綺麗な服を着て隣を歩いていたらそれはもうなんかアレだ。アレ。
「……不覚にもときめいてしまった自分が悔しいです」
「はい、納得したか?」
「ぐ、群上センパイがわがまま言ったんですからね!」
プライド? というか良識? そんな部分が、最後まで納得させてくれないのだろう。
「はいはい。それでいいよ。気持ち悪いオタクのわがままに付き合ってくれてるってことだ」
それだけ言い残して俺は、店員さんを呼び、着たままお会計をしてくれるようお願いした。ついでに、タグも切ってもらおう。
レジへと向かう俺を追うようにしてパンプスに足を通した夕歌が、ふと目に入る。
「あ、すみません。お会計もう少し後でもいいですか?」
「えぇ。もちろんです。まだ何かお買い物はありますか? お手伝いしますよ」
さすがはお値段の張る洋服を取り揃えているショップなだけあり、店員さんの対応はとても丁寧かつ親切だった。
「えっと、俺はおしゃれに疎いものですから……そのワンピースに似合いそうな靴、見繕ってもらえませんか?」
そんなに可愛いワンピースを着ているなら、靴まで最高に似合うものにしてほしいと、当然だが思ってしまったわけだ。
「かしこまりました! 失礼ですが、ご予算の方は?」
「全く考慮しなくて構いません。こいつを一番可愛くしてください。なんなら靴以外も全部」
ここまで着たら最高の姿で外に繰り出そうではないか。
「あら……えぇ、もちろんです! 気合い入れちゃいますね、私」
謎に気合いが入ったらしい店員さんの目に、比喩ではなく炎が宿った。いや、俺にはそう見えたんだ。
「あ、え……」
盛り上がる俺と店員さんとは裏腹に、夕歌はどこか戸惑いの表情を浮かべていた。
「素敵な彼氏さんですね。羨ましいです」
なんて、店員さんが言ってしまったものだから、夕歌はゆでだこみたいに赤くなった。
「ち、ちがっ……あ、え、えと、ありがとう、ございます……大事な人、です……」
しかしまぁ、店員さんの気遣いを無下にしないように返答が出来る辺り、さすがはたくさんのファンとコミュニケーションをとってきたアイドルだな、なんて思った。
「どこかに行かないように捕まえておかなきゃダメですよ~? 私がとっちゃうかもしれませんから、ね?」
おいおい、そりゃないだろう。さすがに俺とあなたとじゃ釣り合いませんて。月とスッポンどころか太陽とカメムシですって。
「だ、だめです!」
随分食い気味だな。社交辞令ってものを知らないのか。
あ? ていうかだめって言った? あ、ちょっと嬉しくてにやけてきた。
「ふふ、冗談ですよ。それじゃ、とびきり可愛くコーディネートするので、ついてきてくださいね」
それからは、男の邪魔はないほうがいいだろうと、俺はレジの近くにあるソファへと向かい、腰を下ろした。
高い服のお店は、どうやらソファも高いらしかった。




