アイドルに貢ぐのはオタクのルーチンワークなので
「お待たせしましたぁ~!」
店員さんと夕歌が戻ってきたのは、ちらほら会計するお客さんを眺め続けて、三組目のお会計が終わった頃合いだった。
「ありがとうございます……って、夕歌?」
店員さんはそこにいるのに、夕歌はいなかった。
「あら、さっきまでついてきていたんですけれど……あぁ、そんなところに」
店員さんの視線の先には、服がぐるりとかけられているサークル状のラックがあった。
よく見れば、ワンピースのすそがちらちらと見えている。
「もう、せっかく可愛くなったんですから、彼氏さんに見てもらわないと、ほらほら」
夕歌の背後へと回り、ぐいぐいと押し出す店員さん。なかなか強引である。というか、なんか異様にテンションが高いように見える。
「わ、ちょ、ちょっと待ってください、心の準備がっ」
「っ……!」
押し出されて、ひょっこりと飛び出した夕歌。夕歌だよな?
そこにいたのは、すれ違えば誰しもが振り向いてしまうであろう、あまりにも可愛らしすぎる女の子だった。
それは無論俺だって例外じゃなく、思わず息が止まり、言葉が出てこなかった。
春の暖かさを感じさせる橙色のキャスケット。耳から吊り下げられた主張しすぎない小さなイヤリング。
そして何より、メインディッシュは俺が選んだワンピース。足元は大人っぽさと溌溂さをうまく混ぜ合わせたような白のサンダルで、手首にきらめくアクセサリーは、より一層大人っぽさを引き立たせていた。その先にある小さなポーチも同様に。
到底、俺じゃ辿り着けない極地だ。これは。
「気合入りすぎちゃって、メイクまでしちゃいました。えへへ」
「あぁ、道理で……」
雰囲気が違うと思った。まるで別人。だけれど、確かに夕歌の素材が活きていて、正統派メイクアップであると断言出来た。
「ほらほら、ちゃんと言ってあげましょうよ」
「え? あっ」
満面の笑みで、俺に感想を求める店員さん。なんで一番楽しそうなんだ?
「その……とても似合ってるよ……うんと可愛い。大人っぽくて」
あ、普通に恥ずかしすぎていかん。普段は平然と口にしている気がするが、こうして改めて真っ直ぐに伝えるとなるとダメだ。顔が熱くなってきた。
「あ、ありがとう……ございます」
夕歌も、俺と同じようだった。今まで見たことないくらい恥ずかしそうに、それでいて、嬉しそうに笑っていた。
「くぅ~! 私、この瞬間の為に仕事してます!」
「て、テンション高いっすね……」
さすがに、イメージの変動っぷりが限界突破していた。
「ささ、せっかく可愛くなったんですから早く街へ繰り出しましょう!」
妙に鼻息の荒くなっている店員さんの言うことも、それはまぁごもっともだろうと、俺はレジへと向かった。
「お会計、十一万二千円になります!」
「えっ……」
夕歌の目が点になった。
かくいう俺は、
「安い!」
即答だった。たった十一万でこんな夕歌が完成するのか? やれやれ、とんだ天才アーティストだぜ。
俺は財布から一万円札を十二枚取り出し、昨夜の歓迎会とはまるで意味が違いながらも、同じセリフを放ってみせた。
「お釣りはとっといてください」
むしろ、感謝の気持ちはこれじゃあ足りないくらい、なんだけどな。
◆
「十一万……十一万……」
店を出てから、着替えたスーツなどを置きに一度家に戻ってから今までというもの、夕歌はずっとこの調子だった。ずっと六ケタの数字を唱え続けている。
「だからさぁ、本当に気にすることないんだって」
「だって大金ですよ! 十一万円ですよ! わかってるんですか!」
語気を荒げて、なぜか説教が始まった。
「なんでちょっと怒り気味なんだよ」
「私がいただく予定の初任給の半分以上ですよ!」
「あんまりそういうこと言わないほうがいいと思うぞ」
うち、短大卒の初任給っていくらなんだろうか。あぁ、ほら、ちょっと想像ついちゃうじゃねーか。
俺はそんな下衆な考えを思考の彼方へホームラン。
「私、ちょっと群上センパイが怖いです」
「これが普段何もしない独り身の貯蓄ってやつなのさ。金は使わなきゃ貯まっちまうんだぜ?」
「貧乏な私に対する嫌味ですか?」
「そうひねくれた受け取り方するなよ……ていうか貧乏だとかも言うなって」
そう言いながらふと、隣に視線をやる。
けれどやっぱり、直視するとこっちが恥ずかしくなってしまうような、可愛らしさ。
先ほどから道行く人々の視線を感じるのは、気のせいではないだろう。少しばかり優越感である。
とりわけ夕歌は、そんな視線を少しも気にはしていないようだった。さすが、見られることには慣れているといったところだろう。
「もっと普通になってくれって。らしくないぞ、ユーカ」
いつもはもっとこう、俺をぼっこぼこにおちょくってくるじゃないか。それでいいんだ、それで。変に気を遣うな。
「まぁ、それもそうですね。わかりました。普通にします。でもちゃんと感謝はしていますので」
要は、自分が現状を当たり前だと感じている、と俺に思われたくなかったってことだろう。
「ユーカがそこんとこしっかりしてるって、俺が一番よく分かってると思うよ」
「自意識過剰もそこまでいくと救いようがありませんね。言ってて恥ずかしくないんですか?」
は? 切り替えはや。不意打ちすぎてちょっと傷付いたぞ。いや、そういうのでいいんだけどさ。
ん? とすると俺がドMみたいじゃないか。断じて違うぞ。軽口を言い合うくらいの関係性が好きだというだけだ。
「はいはい、そうだな。で、ユーカが食べたいスイーツってなんだ?」
夕歌の希望その二。スイーツ。
「カメダコーヒーのパンケーキです」
「お、いいじゃん。乗った。あれ美味いんだよな」
行きつけと呼べるほどではないが、時折無性に食べたくなるのだ。
「え、群上センパイも好きなんですか?」
「なんだその意外そうな顔は」
「甘いもの、あまり好きじゃなさそうなので。どうせカロリーがどうだのしらけること言いだすと思ってました」
俺をなんだと?
「カロリーねぇ。まぁ確かに。そのワンピース、きつくなったりして」
「ぶちますよ」
ぱしっ。
「そう何度も同じ手を食らうと思うなよ」
人間は経験を元に成長する生き物なのだ。なんども肩パンを受けていれば、自ずと軌道も見えてくるというもの。
「甘いですね」
でこぴーん。
「ってぇ~! おい! 爪が突き刺さったぞ!」
額から血出てないよな?
「刺さったんじゃありません。刺したんです」
「殊更にタチ悪ぃよ!」
「油断しているのが悪いんです。群上センパイがそう簡単に私を出し抜けると思わないことです」
やれやれ。
「ユーカたそには敵わないなぁ」
「気味悪いですね」
その目やめろ。
そんなこんな、カメダコーヒーの看板が遠目に見えてきた頃には、夕歌もすっかりいつも通りだった。恥じらう姿も可愛いけど、やっぱりこっちのほうが良い。慣れ親しんだ関係? そんな感じ。
願わくば、こんな雰囲気がずっと続けばいいな、なんて、俺は漠然と思っていた。




