ミモザの城ー姫君と執事・4
少し子供っぽくはないかしら。違う角度でも確認するルナを執事長は微笑して見守る。
「いえ、この方が普段のエステレイル様らしく、愛らしゅうございますよ」
「バルドーは何でも出来るのね」
渡された手鏡で合わせ鏡にして確認すると、頭の後ろ上の方で結ばれたリボンも、これぞリボン結びの完成形と称えたくなるほど美しい。
「メイドが不在の折りなど『できない』ではすみませんので」
ルナが称賛の眼差しを向ければ、笑顔が返された。執事長は当然のように答えるけれど、執事が皆揃って万能ではないことなど、ルナでも知っている。
「さぁ、湯も沸いておりますよ」
椅子をひいてもらい、テーブルに戻る。
お茶を待つ間に、あらためて部屋を眺める。
豪奢な部屋の室内装飾というものには、基本的な決まりごとがあるようで、今までルナが立ち入る機会のあった幾つかの部屋は、よく似ていた。
例えばあの暖炉飾りの上、あの辺りには家族揃っての肖像画がありそう。
そして今髪を整えてもらったドレッシングルーム。部屋の主の幼い頃の絵があってもいい。額縁は楕円形が適当な気がする。
具体的過ぎるのはルナにも不思議だけれど、そう感じるのは止めようがない。
窓の脇には、描かれて一番新しいエステレイル姫の肖像画がありそうに思われるが、この部屋に主を感じさせる絵は一枚もない。
茶葉を確認している執事長に聞いてみる。
「マントルピースの上の家族の肖像は? ドレッシングルームにも」
そこにも、と首をめぐらせて窓の脇に視線を送る。
「絵がありそうだと思うのだけれど……」
執事長が茶葉を量る手を止めた。ルナに向けて、表現のしづらい曖昧な表情を浮かべている。
「ごめんなさい。答えにくい質問だったのなら、答えていただかなくても」
小さな声で謝ると、執事長は「いえ」と珍しく口ごもった。
「この城を出られる際に姫君のご指示で、姫君のお姿のある絵画は、全て燃やされました」
そこまで言うと止めていた手を動かした。
「あぁ」
ルナの口から思わず声がもれた。エステレイル姫の覚悟だったのだろうか―――生きては戻らないという。
若君セドリックは、あの砦で何があり、エステレイル姫がどのような経緯で何歳で亡くなっているのかも、調べてとうに知っていると思うのに、ルナと会っても話題にはしない。
当時は王国領であったが今は公国領になっているため、当時の砦については詳細が不明であるとか、書き残した物が無く憶測の域を出ないとか。
理由は色々あるのだろうけれど、もしかしたら軽々しく口にするのがためらわれる、悲しいお話なのかもしれない。
ルナが知るのは「その時代には王国領だったあの砦で、エステレイル様が亡くなった時に側には騎士様はご不在で、それを永く後悔し続けている」そんなお話だ。
姫君のお国である王国では、姫君の生涯はどのように伝えられているのだろうか。例えば、皆が知るような子供向けの伝記などでは。
執事長に訊ねてみようかと逡巡していると。
「おや。足音が」
言われて耳を澄ませば、床を踏む靴音が伝わって来た。
「こちらへいらっしゃる?」
どなたでしょう。ルナが見上げると執事長は、にっこりとした。
「アランでしょう。今日はアラン様を『アラン』と呼びましょう。姫君は、そのお立場です。それにしても計ったようにお茶の時間に来るものですね」
執事長の言葉で、ルナにもアランが予定外のお客様なのだとわかった。まさかこのまま「ごっこ遊び」を続けるとは思わなかったけれど、終了を宣言できるのは、ルナではない。
自分は引き続き、及ばずながらも「エステレイル姫」で押し切るまでだ―――自信のなさが顔に出ていなければいいけれど。
「アランは騎士なの?」
ルナの問いかけを執事長が肯定する前に、ノックもなくドアが開いた。
自分が開けたにもかかわらず、アランは立ち止まって入り口から動こうとしない。
「レディのお部屋をノックも無しに開けるものではなくてよ。アラン」
きつく思われないように笑みを添えて声をかけるけれど、返答はない。
「今、バルドーと『絶妙なタイミングで来るものだ』と感心していたのよ。宜しければお茶をご一緒しましょう?」
ルナ『エステレイル姫』が立ち上がって誘うと、アランはひとつ頷き、ためらいがちに歩み寄る。
「こちらへどうぞ」
執事長がルナの向かいの席をアランに示し、自らはルナの為に椅子に手をかける。
アランが珍しく落ち着かない様子で、部屋を眺め回すのが可笑しくて、ルナはクスクスと笑った。
「姫様。そのように男性を笑ってはなりませんよ」
真面目くさった顔つきの執事長にお叱りを受ける。原因は、この執事長にあるというのに。大仰な様子に、ただ悪戯気を起こしているだけだとわかり、ルナも気楽になる。
「だってアランったら。初めて入ったお部屋のように大人しいのですもの」
笑うルナをアランがまじまじと見詰める。これはこれで居心地が悪い。
「バルドー、アランが困っているわ。説明して差し上げて」
難しい事は執事長に丸投げだ。「そういう面倒は姫君の担当ではない」とルナが思うくらいには、ごっこ遊びが身に付いて来たらしい。
「承知致しました」
執事長はアランに向き直った。




