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レオンとハリーと幼いルナと・8

「ルナ、そろそろ終わりそうですか」


 青年の開けた通用口から、声と共にシスターリリーが入って来た。

ルナの母親がわりのシスターは今日も、灰色の礼服に同色の頭巾をきっちりと身につけている。


「お参りの方ですか」

ルナ以外にも人がいると認識して、シスターリリーが会釈をした。


「初めまして、シスター。仕事で昨日からこの町に滞在しているリンデンと申します。どうぞお見知りおきを。朝の散策の途中で立ち寄って、教会の説明をうかがっていたところです」


リンデンと名乗った青年は、笑顔で礼儀正しく自己紹介する。


 シスターリリーもゆったりと微笑む。

「さようでございますか。朝から散策されていたのなら、朝食がまだなのではありませんか? お口に合いますかどうかはわかりませんが、リンデン様がよろしければ、朝食を共になさいませんか」


「ご迷惑でなければ、遠慮なく」

シスターリリーの申し出に、ためらいなくリンデン氏は頷いた。


 シスターリリーが案内するために先に立ち、通用口から出る。

ついて出ながらリンデン氏は、通りすがりの献金箱に硬貨をいくつか落とした。


おそらくフォーチュンカードの分と朝食代だろう。

その洗練されたやり方に感心しながら、ルナも雑巾とバケツを手早くまとめて、後を追いかけた。






 どこからどうなって、雑貨屋の奥にあるカウンターに横並びで、ハリー・リンデン氏とショコラなどを口にしているのだろう。


……この雑貨屋で飲食が出来るとは今まで知らなかった……

ルナは、戸惑いを押さえ込んで、カップに視線を落とした。


「ショコラは初めてかな?ルナちゃん」


 すでに、「ちゃん呼び」になっているハリーが、黒くてドロドロとしたものの入ったカップをルナに勧めた。


……このとろみは、飲み物? いや、食べ物かも……

朝食の間に子供達ともすっかり打ち解けたハリーは、その場で全員の名前を覚え、ルナちゃん・ロージーちゃん呼びになった。


シスターリリーのお許しのもと、ルナもハリーさん呼びだ。


 ハリーは「スミレを使った品を作る所に勤めており、雑貨屋や薬屋に商品を売り込む仕事をしている」と朝食の席で説明した。


 この町は初めてで、少しでも知った人がいた方が仕事になるということで、幾つかの店をルナが案内することになった。


 ロージーも行きたがったが、繕い物の仕事があるので仕方がない。が、誰が見てもわかるほど悔しがっていた。


 今日訪ねる最後の店が、今ルナとハリーのいるモリス雑貨店だ。

教会も、モリスさんとはお付き合いがある。


「ん? ショコラは苦手かなぁ。これは元気が出るんだよ。少し苦いけど」


……いや、かなり苦いの間違いですよね……

勧められて一口舐めてはみたが、この目の前の小さカップに入った黒いドロドロを飲む気には、なかなかならない。


 他にも理由はある。

「あの……元気が出るのは、男性ではありませんか」

少しためらいつつ、ルナが言った。

ハリーの顔に疑問符が浮かぶ。


「いや、そんなことは……っていうか、なぜキミみたいな女の子がそんなことを知ってるの!?」


 大きく驚かれた。

そうなのだ。これはいわゆる滋養強壮に効くもので、「そういう事」の前に男性が飲むのだ。


ハリーがルナの返事を待っている。

「……娼館のマダムから……」

ルナの声は小さくなった。


「なるほどねぇぇ。で、そこで声が小さくなると言うことは、そこが何をするところかも、ルナちゃんは知ってるんだ?」


 イタズラをするようにハリーに顔を覗き込まれて、ルナは思わず顔を背けた。


「へぇぇ、意外に大人だねぇ。十五・六歳でしょう? そっか、もう婚約もできる年だもんね」

ショコラに口をつけながら、ハリーがひとり頷いた。

が、年齢を間違えている。

ルナは、そっとハリーを見上げた。


「十二歳です」

「……」

「まだ十二歳です。私」

「ええぇ!?」


ハリーの驚きは、ショコラを口から吹き出す勢いで、思わずルナは身を引きそうになった。

吹き出さなくて良かった、と胸をなでおろす。


「背が高いので大人びて見られますが、十二歳です」

こんな薄い身体の十五歳なんて、いるわけがない。


「そっかあ、あいつはきっとわかってて……いや、ボクは暗かったしね。うん」


ハリーの独り言の意味は、ルナにはわからない。


「ショコラは、そういう目的にも使うけど、誰にでも栄養になるんだよ。男子限定じゃないんだ。ただ、新しい物はそういう面から売っていくと、浸透しやすいっていうのはあるんだよね。見ててごらん、そのうち皆口にするようになるよ」


 ハリーの言っているのは、珍しい物を定着させる販売のコツというものだろう。

で、そういった事には、お金に糸目はつけない男性は多いのだろう。


「あ、そうだ。ルナちゃんって、すごく上品な話し方だけど、それはシスターリリーの教えなの?」


 ハリーは朝からいくつもの質問を投げ掛けてくる。

とても話し好きのようだけれど、詮索される感じはなく、ルナはつい何でも話してしまう。


 しかし、この質問については本当のことを言おうかどうか迷う。


「いえ……シスターからは特には……」

「そうだよね。他の子はそうでもなかったもんね。じゃあ?」


 笑顔のままの追及に、逃げ切るのは諦めた。

誤魔化す必要もない。いや、少しばかり口にしづらいけれど。


「品のない女の子を上品に見せる一番簡単な方法は、ゆっくりと話すこと……と、娼館のマダムが」


 呆れた顔をしているに違いないハリーの顔が見られなくて、あらぬ方向を向いたルナに、今日一番のため息が落とされた。



……娼館・娼館って。本当に私は雑貨屋で何の話をしているのだろう……

ルナは心から思いながら、「ドロドロカップ」に手を伸ばした。



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