ミモザの城ー王国の御令息・1
朝の服装から昼の会食用のドレスに着替え、ラウンジに集う公国令嬢の元へ、王国の次代を担うご令息方が颯爽と現れた。
洗練されたスーツ姿で姿勢よく五人の貴公子が立ち並ぶ様に、他の女性と同様に眼を奪われながらも、ルナはその顔ぶれを確認する。
最年長は十七歳になられる侯爵ソシュール家のご次男ロベール様。白に近いシルバーブロンドの髪に、きつい目付き青い瞳と覚える。五人の中では一番の長身だ。
あとは、ホスト役コルバン家のシャルル様が十五歳。伯爵家のご嫡男クレマン様、男爵家のご子息お二人。ルナは視線が不躾にならないよう気を付けつつ、不機嫌そうに威圧感を前面に押し出すロベールに注意を払った。
「なんだ、ご令嬢揃いと聞くから期待して来てみたら、子供ばかりじゃないか」
胸を反り返らせて放ったロベールの第一声に、場の空気が凍りつく。
思わぬ発言に少女達は驚き、手のひらを握りしめ身動きひとつしない。ロベールに続いて部屋に入ったばかりの少年達もまた、目を見張りその場に縫い止められたように動きを止めている。
何かをしでかすならこの方と思ったけれど、一言目からこれでは……と、ルナは天を仰ぎたい気持ちになる。
自分が天を仰いでも何も起こらない。まずは顔に怯えが浮かんでいるヘザーを救わなければと、ひとりルナが動く。
「ヘザーお嬢様。申し上げるのも差し出がましいことではございますが、殿方をそのように見詰めてはなりませんわ」
言いながらヘザーの手を取り、周囲に目を配りつつ続ける。
「昼食の用意も既に整っていると聞いております。ご挨拶は後程にいたしまして、お部屋を移るのはいかがでしょうか」
割って入った形のルナに、ロベールの目がさらに吊り上がる。
「メイド風情が」
「皆様方」
ロベールの言いかけた言葉を無かった事のようにして、扉の外から良く通る落ち着いた声がかかった。
「お待たせ致しました。昼食の用意が整っておりますので、ご案内致します」
一礼するのは、子弟の両親より年長と思われるコルバン家の執事長だ。ぴしりと撫で付けられた髪と体に綺麗に沿ったお仕着せが、有能さを物語る。
それでいて雰囲気が穏やかなのは凄い事だと、ルナは昨日挨拶を受けた時も感銘を受けた。
執事長の登場で、やっとほどけた部屋の空気をそのままに、ご令息がそれぞれ令嬢をエスコートして廊下へと出て行く。
何事もなかったように移動する後ろ姿を見ながら、ルナはひとつ息を呑み込んだ。
「助かったわ。勇気あるのね」
馬車で同席した男爵家のメイド、アンが追い抜きざまに小声で労ってくれる。お礼がわりに小さく笑みを返しながら、この先を思うと食欲も無くなると、ルナは最後尾を歩きながら首を横にふった。
二時間近くかけて摂った昼食は滞りなく済み、それなりに打ち解けた十人はこの後はダンスをしようと中ホールへと向かった。
王国では最近、マズルカというダンスが流行り始め、まだ見たこともない公国の令嬢に教えてくれるのという。付き添う必要のないルナは、ヘザーの部屋を整えようと階段をひとり行く。
ふと中庭に眼をやると、眼下の回廊を行く男性の姿が目に入った。「騎士様」と口には出さずに呟く。
黒髪の時も瞳を見るたびに、騎士を思い出していたけれど、金髪で現れては騎士様とこの方は兄弟以上に似ているとルナには思われる。
つい目で追ってしまいそうになるが、椿館で「目で追っている」と指摘された事は忘れていない。自重しなければと、見送りたい気持ちを押さえて先を急ぐ。
交流会には参加しないと明言されたように、アランは昼食にも姿を見せなかった。あまりに会う機会が多いと、旧知の仲であると気付く人がいるのでは、と心配になったがどうやら杞憂に終わりそうだ。
あの紫の眼をした特別客。本来の髪色がもしも金色だとしたら、王家縁のお方という事になる。椿館へお忍びでいらしていたことは、守秘しなければならない。
ルナも男爵家のメイド―――例え今だけだとしても―――が、つい最近娼館でメイドをしていたなどと、他に知られればヘザーの汚点になる。
アラン様が漏らす懸念はない。もれるとしたら不用意な真似をした自分からだろう。それだけはすまい、とルナは決意を新たにする。
ダンスのあとはお茶、お茶が済めばヘザーはディナーの為に着替えとお化粧直しだ。
余計な事に気をとられている暇はない。ルナは、掃除道具を持ち直した。
ディナーも済み、夜着へとヘザーの着替えを手伝い、ダンスの時間にあったことを聞き―――新しいマズルカのステップは練習が必要で、明日はダンスの講師が来てくれるのだとか―――「色々と心配だったけど、来てよかった」と笑顔を見せるヘザーに、心配だったのかとルナは少し意外に思う。
そんな様子は微塵も見せなかったから。
「ルナも楽しい?」
無邪気に聞かれては、肯定するより他にない。
公国を出て五日で早くも疲れ始めている、とは口にしない。
「よかった!私もルナと一緒で嬉しいの。明日も楽しみね」
くふくふと笑いベッドに潜り込むヘザーに布団をかけながら、ルナも温かい気持ちになった。
明日の支度を終えて、この部屋と室内で往き来出来る造りのメイド部屋へ下がろうかと、白いエプロンを外したタイミングでルナは、部屋の水差しが空であることを思い出した。




