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ルナのお客様

 今日も常と変わらぬ灰色の礼服に身を包んだシスターリリーが「お客様ですよ」と、編み物をしていたルナを呼びに来た。


 誰だろうと気にしつつシスターと共にルナが礼拝堂へ行くと、興味深そうに祭壇に近寄り英知の使徒像を眺めていたのは、夜の冒険を共にした少年だった。


 あまりの驚きに声も出ないルナに先立ち、シスターリリーが話し出す。


「お祭りの日に領主館で一緒に働いて随分助けてもらった、とお礼を言われましたよ。セディ君とおっしゃるのね。『明日、明後日と後期祭のお手伝いを頼みたい』と、先代伯からのお手紙をお持ちになったのです」


にこり、とシスターはルナに笑顔を向ける。

「こちらでは特に何も行事はありませんし、ルナも異存はないですね?」


ルナが口を開くより早く、セドリックが明るい声で愛想よく答えた。


「本当に助かりますシスター。急なお願いにもかかわらずお聞き届けくださいましたこと感謝いたします」


「いいえ。ご領主様には普段から教会を気にかけて頂いておりますもの。お手伝いなど何ということもございませんよ。お役に立てれば何よりです」


シスターが、いつもの慈しみ深い笑顔で感謝の気持ちを表す。


「私は他に用がございますのでこれで。どうぞごゆっくり」


シスターはセドリックに一礼して、部屋を出た。



「びっくりした?」


 ルナと二人きりになるなり、セドリックが悪戯の成功した子供のように得意気な笑顔になる。


「今年一番のびっくりだわ」


 ルナは正直に答えた。他にも色々あったけれど驚いたのはこれが一番。前回別れてから二週間もたっていない。まさか再会がこんなに早いとは思いもしなかった。


 分かっていたなら、あんなにしんみりしなかったのに。恨みがましい目をするルナに対し、セドリックはとても満足げだ。笑うと、いつもの「まさに伯爵家ご令息」ではなく、無邪気で年相応の少年に見えた。



「セディと名乗ったの?」

まずそこから聞いてみる。


「そう。領主館で修行中のセディと名乗った。君も知っての通り僕なんてまだ何者でもないんだし、妥当だと思う。少なくともウソはついてない」


 セドリックの言うとおり、貴族で重要なのは当主だ。あとは「当主の夫人」で「当主のご令嬢」「当主のご令息」と呼ばれる身だ。つまり家族は「当主」あっての身分。だから、嫡男以外のご子息は必死で「家付き娘」への婿入りを目指し、ご息女は父と同じかそれ以上に身分の高い貴族との婚姻を目指す。


 庶民のルナから見れば、なかなかに難しい選択を迫られる失敗の出来ないゲームのように感じられた。

何者でもないルナの方が気楽なのは間違いないだろう。



 確かに。ご領主様のご令息ならば、まだ当主ではないのだし「領主の修行中」と言えなくもない。

苦しい……言い訳としては苦し紛れもいいところだけれど。


セドリックは、館の皆からセディ様と呼ばれていた。そこも嘘はついていない。


難しい顔で考えるルナに、セドリックが種明かしをするように説明する。


「どうせ、シスターリリーも僕が何者かなんて知ってるんだよ。何度か会っているんだから。名乗れば正式に挨拶がいる。その面倒を避けているだけだよ、お互い」

「ここだけの話、お祖父様が『シスターはあれで随分さばけた人だ』と言ったことがあったから」


シスターリリーが了承済みならそれでいい。ルナは、その点について考えるのを止めることにした。



 本題は、そこではない。

セドリックは、明日明後日の後期祭のお手伝い、と言った。


 後期祭は、先日の収穫祭ー前期祭ーほど賑やかではなく、各家庭において祖先の霊を迎え、友人や親族と集い食事をしたり語らったりして過ごすものだ。

玄関や室内に、特別な灯りを用意し飾る家もある。


土着信仰の一つで、教会で特に行事もないので、領主館へ手伝いに出掛けることは、何ら問題がない。


「お手伝いって?」

「僕の助手だよ」


 セドリックは事も無げに言い、信者が座るためのベンチに腰掛けた。ルナにも隣に座るよう促す。


話が長くなるということなのだろう。ルナも適度に距離をおき腰をおろす。


「また夜に、今度は丘の上の砦跡へ行きたいんだ。それで助手として二日間君を雇いに来た」


当然のように述べられると、そうですかと納得しそうになる。なるけれど。


「先代伯からの依頼状は? まさか先代伯に……」


「話してない。我が家専用の紙を使って僕が書いた。封蝋はちゃんと僕のだよ。嫡男用の紋章印があるんだ。普段見ない人には、祖父の物も父のも、どれも違いなんて分からない」


 セドリックが得意気に見えるのは気のせいだろうか。イタズラが過ぎる。ルナは目眩がしそうな気分だ。


「君への報酬は心配ない。僕が任されている果樹園で試しに作らせた栗が凄く良い出来で、資産が順調に増えてるから」

君を雇うのに家に迷惑はかけてない、とまで言い添える。



 呆れつつ見るセドリックの服装が、随分と気楽な物であることにルナは気がついた。荒い織りの布地で中産階級の着る物のようだ。これなら町の中でも浮くことはない。


ルナの視線が服に留まっていることに気がついたセドリックが着ている上着を摘まむ。


「これ? 物が入るようにたくさんポケットをつけてる。狩りとか荒野を歩くときに着る物なんだけど、僕は少し簡素な作りにしてもらって普段に着てる」

どうやら特注品らしい。


「君のも一式持ってきたよ」

 さらりと言ったセドリックは、脇に置いていた麻の手提げ袋から、胸当ての付いたスカート、シャツ、フード付きのマントなどを次々と出して並べて行く。


あっけにとられたルナが返答に困っているのに、気にもとめない。


「藪の中を歩くのに、まさかメイド服ってわけにもいかないから。助手の制服として支給することにしたよ」


「はい、これ靴ね」どこから取り出したのか、革の編み上げ靴をカツンと床に置いた。ルナの初めて目にする形の靴だ。


「これは軍靴を応用して女の子用にしてもらった」

泥濘(ぬかるみ)も歩ける、となぜか自慢げに言うセドリックの足元も似たようなブーツだ。


 ここのところ晴れている町には、ぬかるみなどないのに何も今日履かなくても。


「揃えて革手袋もあるから」麻袋に手を入れるセドリックに唖然としながら、彼が凝り性だということをルナは初めて知った。



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