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レオンとハリーと幼いルナと・3

 寒くも暑くもない今夜のジャクソン屋敷では、掃き出し窓を大きく開け、広間と庭をテラスで一続きにしてゲストに開放していた。


 木立の奥は暗いが、対称的に配置されたトピアリーの並ぶ庭は、通路に等間隔でランプが置かれており、暗くて足元が危ないということはない。



 見渡すと、庭にいる客人は皆女性連れの二人組ばかりで、散策を楽しんでは石造りのベンチに腰かけて、楽しげに話し込んだりしていた。


これでは話しかけたらお邪魔をしてしまう。どうしたものかと考え込むルナの横に、ふと影が差した。


「そのバスケットには、何が入っているのだろうか。ご令嬢」


 頭上から聞こえた穏やかな低い声。ルナの見上げた先には、スラリとした長身の黒髪の男性が、微笑を浮かべてルナとバスケットを見ていた。



 今日お会いしたなかで、いえ、今までお見かけした男性の中でも一番の美男子なのではないかしら、と別の方向へ向かいそうな気をぐっと引き戻して、ルナは男性と同じくらいの微笑を口元に浮かべた。


「これはフォーチュンカードというものです。ええと」

男性の敬称に迷う。ひょっとしたら、貴族様かもしれない。


ルナの迷いを的確に読んだ男性が、すぐに答えをくれる。


「いや、敬称は必要のない身だ。私から名乗らねばね。ジャクソン氏とは旅の友でターナーだ。よろしく、ご令嬢」


 硬質な笑みを浮かべ、軽くルナの右手の指先を取る。型通りの夜会での挨拶。庶民には過ぎた挨拶だけれど。


「ご丁寧なご挨拶を、ありがとう存じます。私は『ご令嬢』ではないのです。家名はありません。どうぞルナとお呼びください」


 すぐに離された指先をバスケットに添えながら、庶民にふさわしいお辞儀をする。庶民だから家名はない。ただのルナだ。


「では、私のことはレオンと。あなただけルナと呼んで、私をターナーと呼ばせるのは、いささか具合が悪い心持ちだから」


 この方は大人なのに、子供の自分を淑女のように扱う。気恥ずかしく感じたところで、バスケットの中身を尋ねられていたことを思い出した。


「ターナー様は、この町の方ではないのですね。このカードの説明をさせて頂いても、よろしいでしょうか?」


 ルナ達の背後を通り、庭に出ようとする紳士淑女をよけながら、ルナがバスケットからカードを一枚取り出すと、レオンはルナの腕に手を添えテラスの端へと誘導した。


 力は全く入っていないのに、思う方向へと動かされる。これがエスコートというものだろうかと、ルナは一瞬考えた。



「ターナーではなくレオンと。ルナ嬢」


そこは譲る気はないらしい。


「では、私のことはルナと。レオン様。私は教会に身を寄せておりますので、嬢と呼ばれては落ち着きません」


ルナが困って笑うと、レオンが頷いた。


「この町には、英知の使徒を信仰する教会がございます。そちらでお配りしているのが、この未来を占うフォーチュンカードです。お志は頂きますが、額は決まっておりません。お気持ちで結構なのです。カードには使徒様からのメッセージが記されております。身に付けるとご加護がございます」

「レオン様も、使徒様からのメッセージをお受けになりませんか」


 ルナの流れるような口上を黙って聴いていたレオンは、今宵はじめて楽しげな笑顔を浮かべた。


「初めて聞く話だ。フォーチュンクッキーは耳にしたことがあるが、使徒様のフォーチュンカードとは。あなたは、そのために今夜ここへ来ているのだね」


「ええ、そうです。教会の寄付集めの一環です」


 ルナの言葉に、レオンがバスケットへ手を伸ばした。そして、ふと止める。


「そうだな、せっかくの出会いなのだから、あなたにカードを選んでもらおう。神に仕える乙女の選んだカードは、きっと使徒様の御心だろうから」


今までそんなことを言う人はいなかった。

ルナは、ためらいながら確認する。


「いいのですか。それで。私で」

「ああ。是非お願いしたい」


笑顔を返されたルナは、薄暗がりでレオンを見つめた。


 この方はお目が緑なのだ、と知る。黒髪に緑の瞳。ルナの知る限り、多くはない組み合わせだ。

翡翠のような翠。実際に翡翠を見たことはないけれど、このような色だろう。


 ひたりとレオンの瞳を見つめたまま、集中して親指と人差し指でバスケットからカードを一枚つまみ上げる。


レオンも瞬きひとつしないで、ルナを見つめている。


 ルナは丁寧な仕草で、その視線を遮るように、カードを差し出した。



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