レオンとハリーと幼いルナと・4
「こちらを、どうぞ」
フォーチュンカードを手に、ルナが静かに告げる。
レオンの長い指が、カードをゆっくりと挟み込んだ。
室内の灯りに体を向けてカードに目をやるレオンを、ルナは横目でこっそりと眺めた。
黒髪がはらりと額にかかり、横顔も美しい。
これはロージーが見たら、「私がお渡ししたかったのに!」と、悔しがったに違いないと確信する。
「彩飾も美しいカードだ、手描きなのだな。そしてこの文字、絵画的で見事な腕前だ。メッセージは……」
『この機会は一度きり 今にしかない』
レオンの唇からメッセージが紡がれる。再度、読み上げる。
「この機会は一度きり、今にしかない」
美男子は声もいいのね。ルナはそこにも感心する。
気づくとレオンの視線は、カードからルナへと移っていた。
「はい?」
思わず出た声が、上ずる。
「どういう意味だろうか」
真摯な口調で、問いかけられる。
「メッセージは、私共は解説しないことと決まっております。受けた方のお心の内に、答えはあるのだそうです」
決まりきった説明。要するに「受け取りかたは人それぞれ」ということだ。
「ところで、今日の奉仕活動では、目標額など決まっているのだろうか?」
尋ねられて、ルナは首を横に振った。
「いえ、決まってはいないのです。でも多ければ多いほど」
正直なルナの返答に、レオンは納得した様子を見せた。
「では、ひとつ提案がある。私は先ほど着いたところで、少し庭で休みたいと思っている。しかし、見ての通り―――」
レオンはそこで言葉を切って、庭を眺める。
つられてルナも庭に視線をうつす。
ぼんやりした灯りに照らされたベンチにある姿は、目の届く範囲では、男女の二人組ばかり。
唇を寄せたり、膝の上に女性を乗せたりしている。どこまでが、人の庭で許される行為なのだろうか。
「男ひとりでは、あれを覗いているようで多少……いや、かなり近付き難い」
レオンが苦笑した。
美男子は苦笑もまた素敵なのだと、ルナは密かに思う。
「あなたのカードは、一通り行き渡っているようだし、ここからの一時間ほどを、私に付き合ってくれないだろうか」
レオンの言葉は、続く。
「もちろん、不埒な真似はしないし、嫌な思いはさせないと約束する。そうだな、姪のように振る舞ってくれたらいい。しばらく会っていないから、あなたを見たら懐かしく思われて」
穏やかな態度のレオンには、好感がもてる。
たしかに、今夜はこれ以上のご寄付は集まりそうもない。
ずっと立っていたし、ルナ自身も少し座りたい気持ちはある。テラスに出る前から、疲れを感じ始めたところだ。
「まずは、あなたの時間をもらうかわりに、寄付をお渡しするとしよう」
レオンは、フォーチュンカードの入ったバスケットに、硬貨を二つ滑らせた。
過分だ。しかし驚くほどの額ではない。
「わかりました、レオン様。私でよければ、よろこんで」
この庭に出るくらい、断る理由もない。
ルナはうなずくと、バスケットを抱えなおした。
レオンは軽くルナの背中に掌を当て、歩くよう促した。ゆっくりと、歩調を合わせながら石段を数段テラスから降り、庭へと出る。
「空いているベンチがあるでしょうか」
「さすがに全て埋まっている、ということもないだろう。……あなたくらいの年頃の女性に、あまり見せたい光景ではないようだが」
口づけの音まで聞こえてきそうな男女を目にいれないようにして、そう気にしてくれるが、ルナには驚くようなものでもない。
この辺りの庶民は、大家族であったり、部屋数が少なかったりで、室内では落ち着かないこともあり、明るい屋外で「とても親密な」行為に耽る人々は日常的にみられる。
ルナも、葡萄の収穫の手伝いに初めて出た折に、畑の脇でそういった大人と出くわした時には、驚きのあまり動けなくなったが、今では足音を立てずに去る。
もしくは、気配を察して避けて通るようになった。
やはり、レオン様は良いお育ちなのだと、ルナは月に照らされたレオンの顔を、そっと見上げた。




