スカーレットリリー・4
周りも大声で応援している。自分のか細い声など紛れて聞こえないに違いないけれど、イリヤの為にも言うべき事は今言わねば。後から苦情を言っても、心に響くとはとても思えない。
ダメダメスカーレットに理解できるよう、お国の言葉にする。
「背中に乗せてるイリヤが好きなんでしょ! イリヤを勝たせるのはアンタにしか出来ないのよっ。坊ちゃまがどれだけお金をかけたと思ってるの! 勝つのよ! 今日稼ぐの! 次なんて、ないんだからっ。今勝つの! アンタはその程度の女なの? この駄馬――!」
周囲の人々がこっちを見る。でも言葉の意味はわからないはずだから、罵っているとは誰も思うまい。リリーは取ってつけたような澄まし顔を作った。
「え、ジェットブラックが斜行……でもない。妨害を取られるほどじゃない」
ジャスパーの馬がよれたらしい。素人目にも一瞬後続の速度が落ちたとみたその一瞬前に、スカーレットがぐっと伸びた。「なんだか分からないけど、後ろが遅れるなら好都合。このまま行ってしまえ」だろうと、スカーレットの気持ちを勝手に推測する。
「スカーレットぉぉ」
お兄さんが叫ぶ。
「飛べ――!!」
「走れ」という言葉が思い出せない。とっさにリリーは似たような言葉を絶叫した。
スカーレットがぐんぐん加速する。
「なんだ、脚残ってたんじゃない」
見ていて気持ちが良いほど伸びる。
リリーが文句を言った時には、明らかに速度の落ちた逃げ馬を抜き去り、後続に半馬身差をつけてスカーレットが一着でゴールを駆け抜けた。
「うおおぉおおぉ」
お兄さんが獣じみた声を張り上げる。
その前に叫ぶだけ叫んで疲れたリリーの只今の気分は「ほんと、手間のかかるお嬢サマ」だ。両親が優駿であればその子も実力はあるらしい、性格には難アリでも。
イリヤのお兄さんが知り合いにもみくちゃにされ、手荒い祝福の抱擁に嬉しそうに悲鳴をあげる隣りで、リリーは一周するスカーレットを眺めていた。
並走するジェットブラックの騎手がイリヤに声をかけ、イリヤが小さく頭を下げる。
ゴール前に戻って来た。絶対にこっちを見ないと決めているらしいスカーレットと違い、ジェットブラックとは視線が合ったような気がする。
馬が笑うなら、今ジェットブラックはこちらに向けて笑った。まさかとは思うけれど、賢い彼は異国の言葉を理解して、笑ったんじゃ……。馬が相手でも恥ずかしい。リリーは思わず頬に手をやった。
それに比べてスカーレットは。「どんなもんよ。見たか、バカ娘」と全身で言っているような気がする。
「期待に応えてくれてありがとう」と叫ぶべきか。でも私の為に走ったわけじゃない。そもそも私の馬じゃなくて坊ちゃまの馬なのだし。
思いあぐねるリリーの前で人垣が割れ道ができた。




