ハリーの独白
ジャクソン邸の庭のベンチ。
ハリーは、レオンの膝を借りて眠るルナを見た。
懐かしく好ましい気配のわけは、わからなかった。
翌日訪ねた礼拝堂でフォーチュンカードが「失せ物は見つかる」と示した瞬間、しっくりと合う感覚があった。
教会裏の墓地で「ヘンリー・ビクター・リンデン」と呼び掛けられた時には、息を呑んだ。ハリー・リンデンで通しているのに。ヘンリー・ビクターは、家族しか知らないはずの名だ。
―――レオンとオスカーを除いては。
翌日、予想通りルナはひとりで記憶の真偽を確かめようとしていた。予想外だったのは、ルナが一日分の仕事を終えてから出掛けたこと。
半日もの間、何もない草地で待たされた。
仕方ない。ルナの真面目さを見落としていた自分達のミスだ。
もちろん馬車とレイクサイド荘の鍵は手配済みで。
ルナを連れて、マナーハウスへと向かった。
ルナと共に邸内を見て回る予定だったが、馬車の座席から一歩も動けないルナに、次策に切り替えた。
ハリーの持つ能力の「同調」で、ルナに協力を促すものだ。お世辞にも誉められた行為ではないが、時間がない。レオンの同意を得て「同調」を使う策に移行した。
そこで、握ったルナの手に違和感を持った。流し込んでいるものに抗う何か。
ルナの内に、こちらを慎重に窺う「何か」を感じた。
彼女は何かを秘めている。どうしても気になった。だから熱心に呼びかけた。
「出てきて。待つから。信じて」
その「何か」と、ルナの瞳を通して繋がったような気がした。
もっと。もっと介入したい。深く繋がりたい。そうすれば……きっとわかる。
―――彼女の口中に舌を差し入れて粘膜から思念を流し込みたい―――
ほぼ行動に移しかけた時、離れた場所から突き刺さるような視線を感じた。
間違いなくレオンだ。レオンに見られている。
これでは、彼女の唇に触れたら、本気で殴られる。―――残念。必要な程度の同調はとっくに済んでいることだし。
諦めて、二階から見おろしているレオンに終了を伝えると「無表情」が頷いた。
退行したルナを敷布に横たえた時に、胸元辺り「核となるもの」を感じた。
精神系の能力持ちが思念を込めた物は、波長が合えば同じ精神系の能力持ちには感知できることがある。
レオンが来たら面倒だと、迷わずブラウスのボタンを二つ外し、指を差し入れ引き出した。
出てきたのは、紐に通された飾り気のない金の指輪だった。おそらくオスカーの。
手にとってみれば、今まで気がつかなかった自分が信じられない。 それは、オスカーを主張し、オスカーの分身のように存在を誇った。
同じ精神系の自分から見ても、異様な思念の塊。
これを身に付けさせるとは。そしてルナに同化させるとは……初めてオスカーを怖いと思った。
―――正直、四歳の幼女に向かって「ミレディ(女主人)」呼びにも退いたけれど。
オスカーの恋愛嗜好について、語り合った事がなかったのは、かえってお互いに良かったのかもしれない。
精神が四歳に戻ったルナは、素直にあの夜の事を教えてくれた。
ルナが暖炉の奥へ這って行く頃には、しないはずの血の匂いがまとわりつくようで、倒れたオスカーをなおもいたぶる男の気配すら感じられ、気分が悪くなった。
レオンと違い、荒事には向いていない。
部屋には、今も微かに残ったオスカーの思念の外側に、邪悪な気配がまとわりついている。
あれほど知りたかった真実の一片を手に入れたのに、さらに重いものを抱えたようで、外に出たいと思うのに階段を降りる一歩がなかなか踏み出せずにいた。
夜、焚き火にあたりながら寝ていたルナが目を覚ました時、「かかった」と思った。ルナの気配が別人のようだったから。
ルナの「何か」が動き出すとすれば、ルナの意識のない時だろうと考えて、今夜はここに泊まることを主張した。―――当たった。
目を開けたくなるのを我慢していると、温かいものが目蓋を覆った。
「お返しね」呟く声が聞こえた気がする。
「お返し」をしてもらえるような行為をした覚えはない。むしろ、引きずり出したのに。
―――オスカーと話したいことがあるに違いない。しばらくは時間をあげよう。
焦れながら待ち、後を追った。
彼女は「グレイス」と名乗った。
グレイス――恩賜――教会育ちの彼女にしっくり来る。
さんざんグレイスを困らせた自覚は・ある。
後になって、オスカーの部屋でオスカーの最愛の少女(当時は幼女だったけど)に愛を囁きキスを乞うなんて、呪い殺されても不思議ではないと、背筋がヒヤリとした。
その辺で睨み付けていそうなオスカーに、小声で言い訳してみる。
「ルナちゃんじゃなくてボクはグレイス派だからね」と。
―――オスカーに聞く耳があればいいけど。
レオンがシスターリリーと話す間のつもりで、ルナの部屋にいて。
夜が明ける前に、目を覚ました。
眠るつもりではなかったのに、髪をすく彼女の指が心地よく知らぬ間に寝落ちた。
まるで飼い慣らされた犬のようだ、と自嘲するが、不思議と悪い気分ではない。
こちらに背を向けて寝るグレイスの姿を目にするだけで、充足感を覚える。
グレイスは、本当に甘い。
呼び出すのは「本当に会いたい時だけ」と念をおされたけれど、それは随分あいまいな約束だ。
「本当に会いたい」なんて、毎日だ。
ふざけて両手を拘束してみたけれど、見るからに柔らかそうな唇に触れたいという衝動を押さえるのに、理性を総動員した。
もういっそ貪ってしまえ。
心のなかで囁く声がするけれど、それで警戒したグレイスが現れなくなることが怖い。
そうなれば「会ってくれるなら何でもする」とすがり付くだろうと思えば、自分でも嗤えるほど情けない。
すがればグレイスは断りきれない、という事を知ってしまったから。きっとみっともなく形振り構わずすがりつく自信がある。
「ボクは本来そういうタイプじゃないんだけど」
もはや、グレイスは信じてくれない気がする。
いつまでもここにいて、出来れば「おはよう」から朝を始めたいところだが、しなくてはならない事が山積している。
せめて、とルナの掛布を整えハリーはそっと部屋を出た。




