第27話 姉はロリママと話す
私は便宜上、そこを空中神殿と呼ぶことにした。
神殿という印象は、大きな窓を覗き込んだ時に、私の中に根付いたもので、真っ白な柱が立ち並ぶそこは、まさに神聖にして不可侵な雰囲気に溢れていた。
この静止した世界ではいつだって静寂が続いているけれど、時が止まっていなかったとしても、この場所はきっと厳かな静かさに包まれていたことだろう。
神殿の中心へと進んでいくと、噂通りというべきか、ツボは神殿のど真ん中に存在していた。
このツボこそが魔界神アルテヴァを封印している場所だと言うのだけれど、さて、どうしたものか。
即座にこれを破壊するように指示されてはいない。
むしろ持ってくるように言われているくらいだ。
とは言っても、持ってくるのも私が修行を重ねてさらに情報を集めてからなので、今はこのツボの無事を確認に来たという意味合いが強い。
真っ先にここまで飛んできた理由は、魔界神アルテヴァさんには不確定要素が大きく、こちらの計算にない出来事があるのではないかという妹の予想からだった。
例えば、足だけは復活して、ツボから飛び出ている……なんて不可解な状況もあり得たかもしれない。
とりあえず平穏なようで、私は胸を撫で下ろす。
その瞬間だった。
カチャっと小さな音がこの静寂の世界に響いたのは。
しばらく音というものを聴いていなかった私は、その微かな音にさえも、飛び跳ねるように驚いてしまう。
音の派生源は……目の前のツボだった。
「あ、アルテヴァさん……?」
もしやと思い私は意を決してツボに話しかけてみると……返答があった。
「アンジェラちゃん! そこにいるのね? 今復活するから、ちょっと待ってて!」
動いてるし話してるー!?
この時間停止の世界では私以外の何者動けないと思っていたのに、アルテヴァさんは当たり前のように、ツボの中から私に話しかけてくる。
なんでもありなんですか!?
けれど、声はいつもと違うような……。
少し幼くなっている気が。
「復★活!」
やや甲高い声と共に、ツボが弾けるように砕け散り、中から一人の少女が現れる。
身長140cmほどの少女は銀色の髪を輝かせて、私の前に着地する。
予想した事態ではあるけれど、やはり、ベルンちゃん同様、幼くなっていたか!
「お母さん登場! いやぁ、頑張ったわぁ」
「あ、アルテヴァさん、で合ってますよね?」
「あってるわ! ただ、見ての通り力は全然ないのだけどね!」
「そうですね……ママ感も薄れました」
「がーん!? だ、大丈夫よ? 多少背が縮んでもママはママよ?」
ちっちゃくなっても、自称ママな気持ちは消えていないようで、短くなった手を必死に動かしアルテヴァさんはママアピールを続ける。
フライパンを振る動きかな?
今はおままごとしてるようにしか見えないけれど。
「アルテヴァさん、あの、今世界の時が止まっているのですが、どうして動けてるんですか……?」
「えっ!? 時って止まるものなの!?」
「そう言われてみると止まるものではないと思うのですが……」
アルテヴァさんは世界が静止していることを知らなかったようで、素で驚くと共に、超常識的なことを言っている。
非常識の極みみたいな人が常識的になると、ちょっと面白いな……。
とはいえ、止まっていることすら理解していないのは驚きだ。
分かっていて、動いているものだとばかり思っていたから。
「言われてみれば、全然音とかしないわ……えっ、どうして止まったの? 風邪?」
「世界は風邪とか引かないと思います。えっと、説明させて貰うとですね――」
私は時間を巻き戻してからのあれこれをアルテヴァさんに話すことにした。
ややリスキーだけど、まあ逃げ場もないことだし、それに今は弱体化もしているので大丈夫だろうという甘い判断で決断した。
ツバキ丸ちゃんがさらに増えていたこと、神々と呼ばれる運営の上を行くために世界を止めたこと、もう世界を止めて二ヶ月ほど経っていること。
全てを聞いた アルテヴァさんは難しい顔で押し黙る。
「……あのねアンジェラちゃん」
「はい、なんでしょう」
「難しいこと何も考えられないかも」
「はい!?」
「すっごい馬鹿になってるみたい……やっぱり強引に封印から出てくると駄目ね。もう、なんか、うんえーあたりから本当に何も理解できなかったもの」
「そこは、まあ、簡単に理解できる妹がすごいのだと思います」
この世界がゲームと呼ばれる謎の遊びの中であり、それを制御する存在がいて、自分たちはそのゲームを彩るキャラクター……なんて急に言われても即座にはい分かりましたという人の方がおかしいだろう。
つまり、うちの妹はおかしいのだけど。
アルテヴァさんはその辺り、常識的なようだった。
ただし続く言葉は非常に非常識なもので……。
「要するに、今この世界は私とアンジェラちゃんの二人きりってことね?」
「現状はそうかもですが……」
「ハッピーエンドじゃないの!」
バッドエンドです……とはさすがに口に出して言わなかったけれど、やはりアルテヴァさんはちょっと狂愛なところがある。
幼くなってなお、その愛は強烈だった。
さて、どう説得したものか。
「一生止まっているかは分かりませんし、神々に感づかれても終わりですので」
「うーん、そうなのね? というか、なんで私とアンジェラちゃんだけ動けるのかしら」
「私はプレイヤーだからですが、アルテヴァさんは何故でしょうか」
そもそも静止した世界で動けるのも謎だけれど、アルテヴァさんはそれ以外も謎だらけである。
魔界神というキャラはいても、アルテヴァなんて名前ではないし、こんなキャラでもないという運営さんの話もあるように、アルテヴァさんはその出自からして詳細不明な存在だ。
一体、どこからやってきたのか。
そして何故動けるのか。
二つについてぼんやり考えていると、急にこの一見関係ないような二つの事情が、歯車のように、私の頭の中でカチリと噛み合う。
……あれ、もしかして、アルテヴァさんって……プレイヤー?




