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第68話 耐えろ

 (落ち着かない……)

 須貝はソファの上で縮こまりながら膝を抱え遠くの壁を見つめた。


 (ホットミルクがあればいいんだけど……もう『ににぉろふ』使えなくなっちゃったし……)

 彼女はますます身を縮めた。


 壁の模様は縦横不規則に描かれている。須貝はふとそれが星座のように見えてきた。左のは北斗七星、右のはオリオン座……。


 (宇宙か……)

 彼女は特に宇宙に詳しいわけでもなかった。中学校の理科で……、いや、小学校の何かで星座の名前を勉強した程度しか覚えていなかった。

 (宇宙に比べたら……今日の話し合いとかは……不毛だよね)


 福本と時田たちのタバコ論争は確かに当人たちにとって、または参加者たちにとっては重要なことである。しかし須貝には急にそれがとてもちっぽけな出来事のように感じてしまった。

 (だって……光の速さが1秒で地球を7周半で、太陽までは8分だっけ? それくらいかかって、いろんな星も光が500年かかって辿り着くようなところにあるし……。もっと離れているところもあるし、地球だってものすごいスピードで回っているでしょ。そう考えると……)


 須貝は膝頭をトントンと軽く叩いた。

 (それに宇宙のことってまだまだ全然知られていないことがたくさんあるんだよね……。この『透明な殺人鬼ゲーム』もよく分からないことばかりだけど……宇宙に比べたら……多分とてもちっぽけなことなんだよね、きっと……)


 「いつか……宇宙に行けるのかな……」

 その呟きは本人にとっても意外なことであった。当然須貝は今、宇宙に行くための知能もなければ訓練も積んでいない。仮に一般人が宇宙旅行をできる時代であったとしてもそれだけの大金を持ち合わせていない。第一、彼女は宇宙に行くことに全く熱心ではなかった。

 しかし、この「透明な殺人鬼ゲーム」で数々の新技術を目の当たりにし、まあ、生死をかけたやり取りをやっている中で、なぜか心にふと、その考えが浮かんできたのであった。



*



 夜遅く、日高は自分の部屋に独りでいた。ソファに座る彼が目にしているもの、それは大学ノートと3mほどの延長コードであった。


 (えっと、これをこうして……)

 彼はノートに挟んであるコピー用紙を見ながら延長コードをクルクルと動かしていく。

 (ここの輪っかにこれを通して……ここをこうして……)


 延長コードが縛っているのは水の入ったペットボトル2本であった。日高はそれをまるで両手を縛るように動かしていった。

 (ここをこうして……最後に、こう!)

 彼が延長コードを引っ張ると2つのペットボトルはぎゅっと近づいた。

 (うん、うまくいった。今度は見ないでやらないと……)


 (それにしても……事前に準備しておいてよかった……)

 絡まった延長コードをほどきながら彼は思った。

 (『ににぉろふ』が使えなくなったけど、先に用意していたからこうやって練習ができる)


 日高は、今度はコピー用紙を見ないようにノートを閉じてから、再び同じ結び方を行い始めた。

 (これをこうして……ここの輪っかにこれを通して……)


 (ここをこうして……?)

 しかし途中で先と違う形になってしまった。どこで間違えたのかと考えながら彼は延長コードをほどいていった。


 (大丈夫。まだ時間はあるから……)

 日高はまた一から結び出した。

 (ここをこうして、それからこっちじゃなくてこっちに通して……ここをこうして……、最後に……こう!)


 (よし! 今度は上手く行った……)

 2本のペットボトルは完璧にくっついた。


 (次はこのペットボトルを足に見立てて……)



*



 (復讐を遂げるのに10年は遅くない……。誰の言葉だったかしら?)

 政所はベッドに入りながらふと思った。


 (確か昔の言葉だったと思うけれど……)

 彼女は布団を首のあたりまでかけると目を瞑った。先の言葉が妙に残っている。


 (復讐……になるかは分からないけれど、今日の話し合いもきれいに終わったとは言い難いのよね。だから、福本さんや利原さんも……そうなるわよね)

 政所が思い出したのはミーティングでの彼女たちの態度であった。明らかに怒りが先行していた。


 (それに……あの時も……)

 彼女が思い出したのはつい先日近所の家で起こった殺人未遂であった。

 (確か、10年……、そう、ちょうど10年前……中学生のころに車でひき逃げに遭って、その時は記憶がなくて入院しただけだけど……)

 政所はご近所のうわさで知った情報を辿っていく。

 (別に後遺症があったわけでもなくて高校も大学も普通に通っていたんだけど、その時、一緒に買っていたワンちゃんも巻き込まれていて、こっちは助からなかったのよね)


 (で、心の中ではずっと恨んでいた。轢いた相手のことも何となくは分かっていて、でも、復讐するのをずっと抑えていて……)

 彼女は脚をもぞもぞと動かした。

 (10年後、多分何かきっかけ……多分、その人がその事故のことを自慢げに話しているのを聞いたとかそう言うことだと思うんだよね。それで10年分の恨みとかがそういうのが一気に湧き上がって……)


 (それで、強盗殺人、したのよね)

 最後に政所はふぅ、とため息をついた。

 (ホント、復讐を遂げるのに10年は遅くないって……その通りよね)


 政所はそう納得すると夢の世界に飛び立った。



**



 冬


 冬と言えば何と言っても雪だよね。灰色の空からチラチラと降ってくる儚いあれを目にしないと一年が終わった感じがしない。ただ、道の脇にひっそりと溜まり、日陰に妙に滑る場所ができるくらいがちょうどいいよね。降りすぎるとただ生活するのに邪魔なだけだし、雪かきとかめんどくさいし、雪道ってスリップしやすいし、数日のためにスタッドレスタイヤに変えるのも面倒くさいし。タクシーやバスに乗ってもみんなのろのろ運転だし。儚く、でいいんだよね。雪見障子から見えるくらいがちょうどいい。豪雪はNO。

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