↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/77

第58話 隠れろ

 柘植と瑞葉はいつものようにダイニングの椅子に腰を掛けて夕食を決めようとしていた。

 「瑞葉、今日の夕食はペレットにしよう」

 彼がそう言うと瑞葉はニコニコと微笑んだ。


 「ペレット、水、2人前」

 柘植が「ににぉろふ」に指示を出すとすぐテーブルの上にそれらが現れた。瑞葉は自分用の鋏を使ってペレットの入った紙袋の1つを切り開いた。柘植も素手で袋を開く。


 2人は手を合わせると紙袋に手を入れ始めた。ちょうどよいくらいの味付けのペレットを摘まんで口に運んでいく。


 何個目かを食べ終えたとき、柘植は思った。

 (瑞葉は……大丈夫だろうか……)

 彼は手を止めると目の前の相手の表情をよく観察した。美味しそうにペレットを噛んでいる。

 (同年代の同性が死んだのだから、もしかしたら自分も……と考えてもおかしくはないが……そうは見えない)


 (しかし――)

 柘植は少女を一層じっと見つめた。

 (群れを組む野生動物は自分の不調を徹底的に隠すと聞いたことがある。体調不良が見て分かってしまえば群れから切り離されるかもしれず、また、外敵から真っ先に襲われることになるからだ)

 彼は一口大のペレットを2、3まとめて摘まみ、口に入れた。味に違いはない。

 (ある意味ここも変わらない。弱っているところを見せたら難癖をつけて次のターゲットに選ばれてしまう可能性は大いにある。私が切り捨てることはありえないし、瑞葉もそう思っているだろうから……やはり余所からの攻撃を受けないために隠しているのか?)


 (それとも、特に隠していることはなく、人並みの恐怖は感じているだけなのか? 食べ物に入っている何かの効果で大分恐怖が緩和されているだろうから……)

 柘植はペットボトルに口を付けて水を少し飲んだ。

 (まあ、単純に同じグループに所属していたわけでもないから、そこまで入れ込むこともないのか……。私も加藤や影山が死んでも特に人並み以上の感想が浮かばなかったが、それと似たようなものか……)


 再び柘植はペレットを口に放り込んだ。

 (今回の場合、狙われた理由は小学生であることあるいは女子であることのどちらというわけでもない。裏切り行為をしていたからだ。瑞葉と関連する要素が原因だったわけではない。瑞葉がそこまで怯えていないのはそれが理由とも考えられる)


 (要するに瑞葉は強い。下手な大人よりも冷静にこのゲームに対応していると思う)

 柘植が瑞葉を見ているとちょうど向こうも彼を見つめた。瑞葉はにこりと笑った。柘植は慣れない笑顔で返す。

 (体格こそ年相応に小さいし、子供らしいところもままあるが、一緒にこのゲームに臨むのが瑞葉でよかったと思う。もし、瑞葉以外の同年代と組んだら……)

 柘植は取り留めもない想像を繰り広げた。


 (まず、記憶力も観察力も瑞葉と同じくらいあるとは思えない。そもそも恐怖に怯えてまともに役割を果たせないだろう。それに、どこかしらで不信が生まれて協力し合うこともできないに違いない)

 柘植は再び水を飲んだ。爽やかな冷たさが口の中がさっぱりとさせる。

 (単純に瑞葉以外の同年代だけとではなく、参加者の誰か手を組むことになったと考えても、大抵上手く行かない結果が見えている。要するに、私がこれまで生き残ることができたのは瑞葉のおかげでもあるだろう)


 柘植が瑞葉を心の中で評価しているのを知ってか知らずか、瑞葉はいつものようにご機嫌であった。


 2人は夕食を素早く終わらせると洗面所に向かった。そこには柘植の歯ブラシやコップに加えて瑞葉用のものが既に用意されていた。



*



 笠原の部屋には連日同様二瓶と子供たちが集まっているところであった。部屋の空気はいつも以上に重苦しい。

 (どうして……こんなことになったの……)

 二瓶はなるべく表情を取り繕いながらも処理しきれない感情を心の内に秘めていた。同じグループのメンバーが死んだことはもちろん、その人物を死に追いやったのは……ある意味、目の前にいる笠原に他ならなかったためである。


 (それに、私たちがグループを作っていることって本当に言ってよかったの? バラしたから非難されるとか、報復とかそう言うのは本当にないの? だって、それってみんな敢えて言わないでいたんでしょ?)

 二瓶はぐちゃぐちゃの情報を紐解こうとするが、不可能であった。

 (笠原先生が何を考えているのか、本当に分からない……。だって、裏切り者が怖いんだったらまずここで話して、それで、柳原さんに止めるように説得すればよかったんじゃないの? いきなり話し合いの場で言う必要はなかったんじゃないの?)


 彼女がそう考えているうちに最後の1人が現れて椅子に座った。笠原は立ち上がり、くすんだ瞳で目の前にいるメンバーたちを見た。

 「さて、何か連絡事項のある人はいますか?」

 返事は……ない。


 「それでは明日の投票先ですが」

 部屋の空気が凍り付く。この瞬間、笠原は人を殺す意思表示をして、メンバーはそれを是とすることで同じく人を殺す意思表示をすることになる。

 「明日は水野治樹にしましょう。守りの票は、順番通り袴田さんにします」

 笠原は一本調子のまま話を進めていく。

 「何か意見のある人はいますか?」


 誰も返事をしない。今日に限っては心の中で思っていることがないわけがないのに、誰も全く触れようとしない。二瓶は内心混迷していた。

 「それでは、投票先についてはこれで」

 その言い方から、今日も他の通達事項があると二瓶は思った。

 (もしかしたら……)

 彼女はこの感情を上手く処理できる理由を笠原が話してくれるのではないかと頬にごく小さな期待を浮かべ、背筋を伸ばした。


 「裏切り者を先生は許しません」

 しかし、笠原の声が一層冷たくなるだけであった。

 「許すということは、私たち全員の生き残る確率を下げることと変わりません」


 二瓶の心の靄を取り除くような言葉ではなかった。


 「残念ですが柳原さんは自業自得です。裏切った時点で私たちを敵に回すことになるのは少し考えれば分かりきった話です。それに、彼女が亡くなったおかげでこれから私たちの情報を抜かれずに済みます」

 笠原の声に抑揚はない。ともすると自分に言い聞かせているようにも見える。

 「誰に守りの票を集めているのか知られてしまえば、その人ではない誰かに票を集められて殺されてしまうことだってあります」


 (言いたいことはわかるけど……でも……)

 二瓶の心の中はすっきりするどころか余計にぐちゃぐちゃになっていく。


 「私たちのために……柳原さんを排除することは必要でした」

 笠原は声のトーンを余計に落とした。


 (それは……違う……子供のやったことなんだから許してあげることもできた……でも、柳原さんが裏切っていたのは確かだし……)

 二瓶の脳裏にこれまで柳原と一緒に過ごした日々が浮かんでくる。三食を共にして、一緒に映画やドラマを見て、気落ちしていた彼女が小さく微笑むようになったときは、つい抱きしめてあげたくなるほど感動した、そんな柳原に情が湧かないはずもない。が……それも全て裏切りの元で成り立っていたことであった。


 「これからも先生はみんなを守るのに全力を尽くします。しかし、裏切り者を決して許しません」

 笠原は目の前に並ぶ顔を端から1つずつじっくりと観察し始めた。まるで第2第3の裏切り者がそこに隠れているかのように、仮面の下でほくそ笑んでいるかのようにじいっと見つめた。


 (もう……いないよ。そんなにいるわけがないんだから……)

 根拠もなく二瓶は笠原を非難した。柳原に次いで他のメンバーまで死んでしまえば誰も信じられなくなってしまう。心が持たない。


 「……いませんよね?」

 笠原の視線に貫かれたメンバーはただ頷くことしかできなかった。

 「それでは、先生の話はこれで終わります。何か連絡事項のある人は……いますか?」

 誰も手を挙げない。


 「それでは、今日はここまでで。また明日……」

 その合図をきっかけにメンバーたちはすぐさま笠原の部屋から姿を消していった。


 (笠原先生に相談……しても、もう何の意味もないし……。でも、笠原先生の言っていることも分からないわけじゃ……ないし……)

 二瓶はゴクリと喉を鳴らすとやや遅れて「カードキー」の行き先を自分の部屋に設定し、ボタンをタップした。


 笠原は全員が部屋を去るまでそのまま立っていたが、最後の1人である二瓶が姿を消すと、その場に倒れ込んで動かなくなった。微かな呼吸音が、笠原が死んだのではなく単に気絶しただけであると語っていた。



 部屋に戻った二瓶は早速「7SUP」を使って渡辺と日高の2人を部屋に呼び出した。2人とも生気がない顔つきをしているが、二瓶は気を悪くすることなくソファに座らせると、スマホを操作してモニターに映画を映し出した。やや子供向けかもしれないそのアニメは犬と猫がなんやかんややりながらも最終的に熱い友情で結ばれるというものであった。


 (こうしていた時も柳原さんは裏切っていたんだよね……)

 二瓶はすでにこの映画を見たことがある。さらに無理に言えば、もう一度見たいほどのものでもなかった。従って流し見をしつつ、注意のほとんどは小学生の方に向けられていた。


 渡辺は画面に目を向けていなかった。俯いて音声だけを聞いている。日高は画面の方に視線を向けてはいるが、心ここにあらずなのが傍目でも分かる。


 映画は虚しく流れ続けていた。2匹が飼い主に面倒事を押し付け合うシーンはいわゆる笑いどころであるのだが、誰もそうすることはなかった。半ギレの飼い主が2匹を捕まえようする手から犬も猫もお互いを庇い合って逃げていた。



*



 水鳥の部屋にはグループのメンバーが集合していた。理由はもちろんミーティングのためである。その中の1人、大川は最前列を確保すると水鳥の顔をうっとりと眺めていた。


 「今日も広間に怪しい人はいなかったと思うよ」

 中津が簡単に報告をすると、須貝も追うように「そうだね。いつも広間にいる人たちが普通にしていた感じ……。でもちょっと人数多かったかも」と言った。


 「紅梨夢ちゃん、千裕ちゃん、ありがとう」

 水鳥が優しく微笑みを見せる。

 「この間の毒殺みたいなことを警戒しているようだね。と、いうことは僕たちも今まで通り続けないといけないね。それで、誰がいたのかな?」


 (それが一番大事なことなんじゃないの?)

 大川は2人の適当な報告に目を細くした。

 (他の人が報告しているのを聞いていなかったの? 前も同じこと言われていなかった? どうして学ばないの?)

 目の前の水鳥は見事な微笑みを見せながら2人が話すのを聞いている。大川の胸に暗い炎が灯った。

 (わざとああやって究君の注目を集めているの? 自分たちが生きるか死ぬかの話なのに……。それって私たちの命よりも究君と話すことの方が重要ってこと? ていうか究君の命もかかっているし……)


 心の中でそう考えているうちに2人の説明は終わっていた。


 「明日の投票先なんだけどね」

 水鳥がそう口にするとメンバーたちは背中をブルリと震わせた。この瞬間だけは誰も慣れることができない。

 「……若林……若林光男さんにしてね。守りの票はいつも通りにお願いね」

 言っている当人も悲痛な面持ちをしている。ただし、全員に気を配って多少の笑みを浮かべているが。


 水鳥は2度瞬きをすると「それじゃ、他に何かあるかな?」と柔らかく言った。一瞬沈黙が生じた。


 「ねえ、究君、今日死んだ柳原って……」

 大川は聞かずにいられなかった。彼女は水鳥をじっと見つめた。

 その水鳥はさっと全員の顔を窺うと、「そうだよ。彼女は笠原さんたちの情報を僕に教えてくれていたんだ」と柔らかく、物寂し気に言った。


 部屋の中にざわめきが生じる。とはいえ先の話し合い中、彼の近くに座っていた者には柳原が水鳥と何かしらの繋がりがあるかもしれないと推測できていた。柳原のリアクションが如実に物語っていたためである。それでも水鳥本人の口から出るとなればまた話は違っている。

 「どんなことを聞いていたの?」

 大川が目を光らせた。


 「あっ、それ聞きたい」

 「どういうことをしていたの? 究君」

 中津と鳥居が追うように尋ねる。


 「ごめんね……。細かいことは教えられないんだ」

 水鳥は弱々しくそう言うも、次の言葉には力強い意志が込められていた。

 「でも、信じて。僕の行動は全部、みんなを守るためにやっていることなんだ。僕たちが生き残るための一番良い方法なんだ」

 そう言って彼は柔らかく手を差し出した。思わずその手を握ってしまいたくなるくらいに水鳥の言葉は信用に足る、と彼女たちは思ってしまうほどの振る舞いである。


 「柳原さんが僕たちのグループのメンバーなら全力で庇ったけど、彼女は、元々笠原さんのところの人だったからね。みんなを危険に晒してまで助ける価値は……なかったんだ。僕が優先するのはみんなのことだからね」

 ほっと息を吐く音が聞こえた。ともすると目を輝かせる音さえ聞こえてきそうである。


 「でも」

 再び水鳥は言葉の勢いを強めた。

 「僕も概ね笠原さんと同じだよ。この中に裏切り者がいたら絶対に庇うことはできない……」

 寂しそうにこぼす水鳥にメンバーは心を打たれる。

 「僕がこんなことを言うのは……みんなを助けるためっていうのは分かってくれるかな……」


 「うん。ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」

 大川は自分の発言を顧み……ているようで、実際は全くそんなことはなかった。表情や手の動かし方が、自分が目立つようにしているだけとよく分かるものであった。


 「うん、究君」

 「疑うわけないよ」

 従って中津や鳥居が割り込みをかけると大川は「究君、大丈夫?」とやや大きめの声で尋ねた。


 「大丈夫だよ。広恵ちゃん、ありがとう」

 水鳥は滑らかに手を動かしながら極上の笑顔を差し向けた。それだけで大川は余計なことを言う価値があるものだと思った。



*



 (お義母さんは死んだ後どうするつもりなのかしら……)

 大浜は寝る間際にふと考えた。

 (いつかは死ぬのにあんなひどいことばかりされていたら……私、庇おうなんて思わないわよ。だってお義母さんとのエピソードなんてひどいものばかりじゃない?)


 思い浮かぶのはどうしようもないものばかりであった。大浜の作った昼食を不味いと一蹴されて全部ゴミ箱に捨てられたり、お気に入りの洋服を勝手に着られて汚されたり、夕食を作ったと思えば自分の分だけ明らかに失敗作を出されたり、何々が違う、何々がそうじゃないと大浜の準備したものを全部散らかされたり……。とにかく大浜には負のエピソードしか思い浮かばなかった。

 (子供や孫に私、そう説明するわよ? 私をいじめていた品のない人間だったって、永遠に語り継がれるわよ。あの人くらいだと、死んだ後に残るものなんて名声くらいじゃない? 一般人ならそれくらいしか残らないでしょ? それがズタズタに傷つくのよ?)


 (それとも死んだ後の評価なんか気にしていないのかしら)

 大浜は小さく鼻で笑った。


 (もし死んだ後の世界のようなところが仮にあったとして、そこから下界を眺めることができたとしても、私たちがあなたを悪く言う言葉しか聞くことはできないし、お盆に戻ってきても絶対に家に入れてなんてやらないわよ。お墓参りも、まあ、他の人とまとめてやるけれども、お義母さんが無事死後の世界で過ごしていられるようになんて誰も祈らないのよ。あなたの生きた証は人への嫌がらせをする汚い人間って評価で終わるのよ。本当にそれでいいと思っているのかしらね)


 大浜は寝返りを打って横向きになった。ベッドサイドテーブルに乗せられているスマホの輪郭がぼんやりと見える。

 (分かっていたらやめるわよね、普通。死んだ後のことなんて誰にも分からないんだから……。でも、万が一でも嫌な思いをしたくないじゃない?)


 (それとも、そのリスク込みでも私に嫌がらせしたいのかしら? 本当に分からないわ)

 もぞもぞと両足を動かしながら彼女は考えた。

 (やっぱり、こっちが下手に出ているからいけないのかしら? 別に手を出していいならやりようはあるけれども典男さんが悲しんだら嫌だし……。でも、なんで私が我慢しなきゃいけないのかしら)


 (やっぱり子供ができて生まれるまでにはやっておかないといけないのよね……。普通の姑さんなら多少諍いがあったとしても仲良くやっていけると思うけど、向こうがアレじゃあもう、どうしようもないのよね。待ってあげる時間もないし……)

 大浜は再び寝返りを打って仰向けになった。

 (手っ取り早い方法は……味の濃いものを食べさせてさっさと死なせようかしら。それとも階段から落としてみましょうか? 自宅で死んだときなんて、警察もそんな入ってこないでしょ。そうよね、こっちが分かり合おうと思っても、全く歩み寄ることもないんだから……。そうするしかないのよね、結局……)


 「ふう」

 大浜は虚し気に息を吐いた。

 (もし……、もし、本物の交霊術師がいるとして、いるなら、お義母さんが死んだら呼び出してもらって、そこで今までされたことを返すのはどうかしら?)

 そして、ifのストーリーを考え始めた。

 (幽霊が苦しむようなお札とかそういうので苦しめながら、出てきたところに今まで受けた罵声を浴びせるのはどうかしら? それとも、ヒトじゃなくて人型のモノに幽霊を乗り移らせることができるなら、それって壊しても何の罪にも問われないわよね。まずは指の骨を折ろうかしら。それとも熱湯を頭からかけるのは? 向こうがやってくれかけたことをやり返すだけよ。ただそれだけのことじゃない……)


 (ま、そんなオカルトみたいなこと、あるわけないんだけどね。本当にどうしてやろうかしら……)

 大浜は再度もぞもぞと寝返りを打つと今度こそ夢の世界に旅立っていった。



*



 猪鹿倉たちとのミーティングを終えた後、東は鈴木の部屋を訪れていた。彼らは日本酒を片手にお互いの専門に近い話をして知欲を満たしつつ、頭をリフレッシュさせていた。


 「そう言えば、鈴木さんは来世や前世というものを信じていますか?」

 東は不意に尋ねた。


 「そうですね……」

 鈴木は数秒間考えた後、「残念ながら全く信じていません」と答えた。

 しかし、それだけではあまりにもぶっきらぼうだと思った彼は日本酒で口を濡らすと「ええと……」と言葉にした。


 「私も門外漢ですが、記憶というものは脳に蓄積された情報ですよね? それはタンパク質や脂質でできていて、もっと細かく見れば原子、さらに細かく見れば超ひも理論というもので説明できるらしいですが、それくらい微小なパーツが合わさって成り立っているそうです」

 話しながら鈴木は東の様子を伺った。ほろ酔いの頭でただ聞いているだけだ。信仰上の話がしたいわけでもない、と鈴木は思った。

 「だから、前世から記憶を引き継ぎ、来世に記憶を引き渡すには情報の入った脳の一部がそのままそっくり他人に至らない限り難しいと思うのです」


 「同感ですが、つまり……」

 東は背中を丸めていた。


 「つまりですね、そこまで細かいパーツの1つに情報量の多いものが乗せられているとも思えませんし、複合したものに記憶が宿っているとしても、そう都合よく同じ部品が同じように集まるとは思えないのです」

 鈴木は天井に視線を向けた。確率的に何パーセントと計算はできないが、とにかく低い確率であることは確かであった。


 「確かに、そうですね……」

 東も同じく斜め上を見上げ計算を試みたが全く思いつきもしなかった。


 「それに加えてですね、その前に人が亡くなればその情報の入っていた部分は腐敗しますし、日本だったら火葬されますから、その時点でパーツは形を変える、つまり同じ情報を持たなくなってしまいます。亡くなった直後にそのパーツが自由にそこかしこに行きわたり、妊娠している方の体内や新生児に伝わるというのは現実的ではない気がします」

 鈴木はそこで話すのを一旦止めると、日本酒の入ったお猪口に口を付けた。東もお猪口を手に取りながら「まあ、腐って燃えればどうやっても伝わることはありませんね」と言った。


 キレの良い辛みと米の美味さが喉に伝わる。飲み込むと体の芯からぼうっと熱が発せられていくような感覚を味わえる。彼らは雑味のない極上の味に酔いしれた。理性でブレーキをかけないと手酌が止まらない。


 「時たま前世の記憶があると言っている人がいますよね。実際、知りえない記憶を持っていることもありますが……」

 東は頬を緩ませている。鈴木も同じようにしながら柔らかく口を開いた。

 「ええ。残念ですが虚言、あるいはどこかで聞いた話を自分の過去の経験と思い込んでいるのかだと思います。偶々言ったことが史実に沿っていたり、どこかであった誰かの話だということを忘れていたり、そういうものでしょう」


 「案外そんなものですか……」

 東が肩を下げると鈴木は「ええ、確か詐欺の中に似たようなものがあったと思います」と答えた。


 「詐欺? どんなものですか?」

 東は目を見開いて目の前の相手に興味の視線を向けた。


 「ええとですね、1から100までの中から好きな数字を1つ思い浮かべてもらって、ノーヒントでその思い浮かべた数字を当てられると思いますか?」

 鈴木は指を組んでいる。東は顎に手を当てて数秒間考えていたが、「ノーヒントは流石に厳しいような気がしますね」と結論を出した。


 「私も同感です。しかし、それを300人に対してやっていたとしたら? 1回くらいは当たるでしょう。その当たったときがたまたま自分の番ならば、もしかしたら超能力か何かのように考えてしまうかもしれません。前世の記憶があると言うのはそういうものではないかと思います。要はたまたまうまく話がつながったところだけを切り取ってアピールしているに過ぎないということです」


 東は感心しきった様子で口を小さく開けた。

 「ああ、確かにそうですね。なるほど……」


 「ただ、私個人としては来世観と言いますか、他の方々が思う来世にケチをつけることはありません。要はその人が今の……現世を生き抜くためにそう思っていた方がいいならそそれでいいということですね。別に私もこの考えにこだわりを持っているわけではありません。お盆にはお墓参りに行きますし」


 「ああ、僕も同感です。まあ、ロマンというか、空想というかそういうものだと思っています。フィクションとして楽しみ、あるいは人文学的に何故そう考えているのか理由を調べる対象です」


 「文化次第で考えが変わるということでしょうか?」

 鈴木は興味を引かれた。

 「例えばどんなものがありますか?」


 「例えば輪廻転生を信じている者にとっては来世の概念を受け入れられるでしょうが、そうでない者にとっては例えば、死後、永遠の国で暮らすから来世も前世もあるはずがないと考えるわけです」

 東はやや声のトーンを上げた。


 「なるほど。どちらが正しいとも間違っているとも証明のしようがありません。信じている者の数だけ来世が……というのも無理ですか。両方の考えを取ったものは存在できませんね。矛盾します」

 残念そうに鈴木は声を漏らした。


 「そうです」

 東は大きく頷いた。

 「だからこそ宗教間の対立などに繋がるわけです。お互いに根拠があるわけでもなく、ただ信じている以外に根拠はありません」


 「まあ、科学的な根拠があったらもっと声を大きくしているでしょうから……。結局、そうならざるを得ないのでしょう。人の思い込みは実に恐ろしいですから」

 鈴木はそう言うとお猪口に手酌をして、口元まで運んだ。




**



 余裕


 よく返報性の法則で誰かに嫌われるのはあなたがその人を嫌っているからと書かれているが、どちらが先に仕掛けた仕掛けてないの水掛け論もともかく、こちらから歩み寄ろうと懐の広さを見せることのできる人物は余裕があるから容易になせるわけで、端から余裕のない人に求めても難しい。そこを耐えて耐え抜いていくことがよりよい人生を求めるのには必要なのかもしれないのだが、分かっていたとしても難しい。どうあっても自身や社会に敵意を持っている人間にこちらから敬意を払うというのはストレスフルである。なめられるし。聖人じゃないし。

 で、無理そうならそういうゲームをしていると思えばいい。徹底的に周りを欺くスパイの気分でいれば案外何とかなるかもしれない、ってニニィの友達が言っていたよ。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ブクマ登録評価感想のどれか1つでもいただけますと本当に、本当に助かります。

モチベに繋がります。いつも助かっています。

(ノ・ω・)ノよろしくお願いします!ヾ(・ω・ヾ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。