第42話 黙れ
須貝は自分の部屋のソファの隅に縮こまるように座り、大きく目を見開きながら震える手をもう片方の手で押さえていた。もっともその手も震えているのだが、そうやって何とか自分を制していた。同じ部屋には他に誰もいないし、誰かと連絡を取り合っているわけでもない。従って誰かが慰めてくれるということはない。
(そうだよね……。仕方がないことだよね……。仕方がないんだよね……)
不意に昨日水鳥の言った言葉が彼女の耳元で聞こえたような気がした。
『僕たち全員が生き残ることは……難しいんだ……』
幻聴に反応して一層体を縮め、ソファの隙間に潜り込むように動く。
『だから……、だからね……、僕たちが生き残るためには……』
『仕事のできない人から……外すしかないんだ』
須貝はその続きを覚えていた。耳を両手で塞ぎ、目をギュッと瞑る。しかし、次の言葉は勝手に頭に入ってきた。
『明日は……仁多見……仁多見香織さんに投票してね』
瞼の隙間から涙がこぼれ、頬をツーッとなぞっていく。
(仕方がないんだよね。でも、さっき、究君の部屋にいたみんな、すごく悲しそうだった)
一度堰を切った涙がとめどなくポロポロとこぼれる。
(そうだよね。だって、みんな、香織ちゃんに……、メンバーに……投票したんだもんね……)
無能をグループから外す方法は主に3つである。話し合いの場で吊るし上げられるのを待つか、直接殺すか、グループ内の票を集めて陰で投票するか、である。最も安全な方法は最後のものであり、つまり、そういうことであった。
(やっぱり……辛いよ。でも……、でも、香織ちゃんに投票することに決めた究君が、やっぱり一番責任重大だから、一番辛いんだよね……)
須貝はつい先ほどまでの水鳥の姿を思い出した。微かに充血した潤んだ瞳で、いつもより覇気のない声で、緩慢な動きをするさまは普段の彼の振る舞いとはかけ離れていた。しかし、そんな状態でも彼は優しくメンバーに微笑むことを忘れていなかった。
(こんなに、こんなに悲しいのに……。もっと悲しいのに、まっすぐ立って、それに、私たちのことを気遣ってくれて……)
水鳥のことを考えると須貝は自然に心が温かくなっていくのを感じた。頬が緩み、笑みがこぼれる。
(やっぱり……かっこいい……)
水鳥の力強い言葉を思い出す。
『僕たちは生き残る。僕が責任を取る』
(そうだよね……。仕方ないよね……)
須貝は涙を弱々しく拭った。
(だって……、あの子の代わりに私が死ぬなんて絶対に嫌だったし、他の人が死ぬのも……なんか、嫌だったよね……)
たった20日余りで積もっていった仁多見の変な言葉が思い出される。
『えっと、くじで決めるのはどうでしょうか?』
『自己紹介をして、みんなが仲良くなればいいと思います』
『千裕ちゃん明日のお仕事――』
『』『』『』……
思い出しつくしたと思っても、そういえば……、そういえば……とエピソードがどんどん湧いてくる。
(そうだよね。私たちが生き残るには仕事ができない人をグループから外さないといけないよね。だから、あれが正解だったんだよね)
それらの出来事は水鳥の判断が適切なものであると証明するに足るものである、との考えが須貝の中に湧きあがった。それは同時に、水鳥の判断に同意した自分自身の判断も正しかったと証明するためのものであった。
(だって、ちゃんとしないんだから……。それが実力なんだから……。自分のせいだもんね。死にたくなかったら……、死にたくないからみんな必死に仕事をして、振舞っているのに……)
須貝はソファに座り直すと乱れた前髪を手櫛で整え、目にかからないようにさっと横に流した。
「……メイク、落とさなきゃ」
彼女はスン、と鼻を鳴らすとよろよろ立ち上がり洗面所へ向かった。
すっぴんでリビングに戻った須貝はスマホを手に取ると「ににぉろふ」を立ち上げ「温かいおしぼり」と伝えた。すぐさまテーブルの上に湯気の立つおしぼりと受け皿が現れる。
彼女はそれを手に取り座った。柔らかい肌触りとちょうどよい温度が手のひらに伝わった。そのままずっと手に持っていたいと思わせてしまう最高級の素材で作られている。須貝は一瞬ためらったものの目を閉じるとその上におしぼりを載せた。
(こうすると目の腫れ、取れるんだよね。究君が教えてくれたんだ)
じわーっと気持ちの良い熱が肌に伝わる。タオルからほんの少しラベンダーの香りがする。目の周りの凝り固まっていた筋肉がほぐれていく。同時に血液の流れが調整されていく。ソファの心地よい柔らかさと相まって体全体が脱力する。
「あっ、次は、冷たいおしぼり」
須貝は目を閉じながら口にした。スマホが反応しテーブルの上に何かが現れたことが何となく分かる。
2,3分ののち、須貝は顔にかかるおしぼりを名残惜しそうに取った。そして、今度は冷たい方を同じようにして載せた。
「冷たっ」
先ほどとの温度差に驚くも今度はすぐに引き締まるような心地よさを覚える。目の腫れと充血が引いていくのが分かる。わずかに香るミントが眠気も同時に覚ましていく。
「次はまた温かい方だよね」
須貝は何度か繰り返すことで目の充血を取り、ようやくリラックスしたところでスマホを手に取った。
(……今日も生き残れて……よかった……)
彼女は深呼吸をした。漂う残り香を感じる。見つめるスマホの画面には水鳥の公式ビジュアルが映されている。
(本物もかっこいいけれど、写真もかっこいい。それに優しくて頭もよくて……。究君の言うことが間違っているわけ……ないよね)
須貝は確かにその取捨選択に同意をしていた。しかし、心の底から納得していたのかと言えば……そうではなかった。
(私、あの場に呼ばれていたし……大丈夫だよね? ちゃんと仕事しているし、みんなから浮いていないし、……私より先にハブられる人がまだいるもんね……)
要は、自分が助かりさえするのであれば、理由など何でもよいのである。
*
時田の部屋は毎度のようにうるさく、立ち込める紫煙に酒気がプンプンと混ざり込んでいた。そんな宴会の場には大人だけではなく未成年も数人同席している。半ば強制的に参加させられているとも言えるが、ともかく法に触れることだけはしていない辺り、酔っ払っていても最低限の良心は残っているのだろう。
「トラックの運転手も楽じゃないぜ。まあ、ただ運転すればいいってわけじゃないし、それに寝起きもまちまちになるからな、家族にも会いにくくなるし」
中川が胸筋をアピールするように背筋を伸ばし、無駄に力こぶを作ってジョッキを掴んだ。
彼が自分の仕事を語り始めたのは単純な理由であった。宴会芸やら何やらで度々の席替えが行われた結果、彼の隣に座ることになった三石が尋ねたためであった。
「さっきも言ったけどよ、給料は悪くないし、昔みたいに長時間運転させられるみたいなこともなくなったからな、向いてる奴には向いてるぜ」
中川は勢いよくビールを流し込んだ。
「っすか」
三石は鶏の唐揚げを箸で突き刺して噛り付いた。
(お前でもできるんだから俺でもできるだろ。つか何回目だよ、同じ話)
酔いの回った中川は三石から一段下に見られていることに気付いていない。同じ話をして、ぎりぎり生返事にならないレベルの返しをして、また同じ話をして……。
畚野は時田の隣にいて中川と三石のやりとりを止めにいく様子はない。他のメンバーも我関せずと近くの誰かと飲み食いに興じている。あるいは何となく中川や時田の大声をラジオ感覚で聞き流している。
「あとは最近の流行りってやつでよ、トラックに突っ込んでくる奴がいるんだぜ。生身で」
何周目かでようやく初ネタが現れた。本人は何をいつ話すのか考えることなく脈絡なく口を動かしているだけであるが。
「え、何それ」
話を聞き流していた三石の目が中川の方を向いた。中川は余計に目を輝かせるとタバコに火を点けた。そして慣れた動作で煙を強烈に噴き出した。
「仲間がやられたんだけどよ、昼間トラックを走らせていると、冴えない野郎が道の端を歩いていてな……。なんか怪しいと思っていたら突然飛び出してきて、まあ、寸でで止まって何とかなったけどよ、警察呼ばれて、会社から始末書書かされてたな、マジでいい迷惑だろ?」
声の中に怒りを含ませながらも表情にはニヤつきが混ざっている。自分たちに迷惑をかける某に対する感情よりも三石の気を惹いた喜びと、仲間がトラブルに巻き込まれた暗い喜びが隠しきれていない。酔っ払っているために隠すつもりもない。
「自殺なんす?」
三石は背を伸ばし体の向きを話し手の方に向けたが、箸を手放すことまではしなかった。
「それがそうじゃなくてな、異世界に転生できると思って飛び出したんだとよ。分かるか? 神様か何かに会って、すげえ力を手に入れて地球以外の世界に行けると本気で思って飛び出したんだぜ。んなわけねぇだろ。自分は怪我するか死ぬかで、こっちがめちゃくちゃに迷惑するだけだろ。でよ、ついでに家族に損害賠償が行くってのに、意味分かんねぇよ」
中川は再び煙を深く吸い込むと勢いよく吐き出した。思い切り三石に浴びせたが三石は顔を背けることもない。ただ箸を持った手は探るように動いて……箸先が唐揚げを捉えた。
「何すかそれ」
彼はそのままそれを突き刺すと口に突っ込んだ。
「で、この話聞いたときに別の若い奴に聞いたんだけどよ、そういう小説、ラノベっていうのか? それで、異世界転生っつうジャンルが最近流行っていて、始まりは大体トラックに轢かれて死ぬところから始まっているんだとよ。な、意味わかんねぇだろ!」
言い終わると中川もテーブルの上に顔を向け、手羽先揚げを素手で掴み貪りついた。甘辛いタレがビールとも抜群にマッチしており、とにかく食欲をそそる。
「いみ……、分かんな」
三石が飲み込んで相槌を打つと、中川は大分肉の残る骨を空の皿に向かってプッと吐き出した。
「まあ、昔もあったんだけどな」
そして指先を舐めるとジョッキを手に取り、ビールを思い切り流し込み空にした。
「ドラマの真似をしてよ、恋人の前でトラック走っているところに決め台詞を叫んで飛び出してくる奴。マジでチキンレースやるなら崖でやれよって話だよなって」
「何すかそれ」
全くピンと来ていない三石のリアクションに中川はドヤ顔を浮かべた。
「あれだよ。死なないことを証明するんだよ。そういうドラマが昔流行ったんだよ。あっちはダンプカーだけど、なんかトラックが狙われるっつうか、だいたいよ、お前が死なないのは俺たちがブレーキを踏んだからだろぉがよ」
そして、ビールを飲もうとジョッキを手に取って――空であることに気付くと少し離れたところに置いてあった誰かのジョッキを掠め取った。
「俺らがいなきゃ物流回らないのに、マジで邪魔しやがって。馬鹿でも分かるだろ、トラックの前に飛び出したら危ないって」
「轢いても無罪になればいいのにな」
三石がぼそりと呟くと耳聡く中川が聞きつける。そして、「だよな! な!」と大声を張って三石の背中をバシバシと叩いた。
叩かれた三石は両眉をギュッと寄せて吊り上げたが、しかし中川は気付くことなく今日一番のキメ顔を作ると「死んだら終わりなんだからよ。人は必死に生きてんだぜ」と抜かした。
(何も考えていないだけだろ)
三石が毒づいたように、中川は格好つけて先のようなことを言っていたが、そういう哲学で以て生きているわけではない。その証拠にジョッキを大きく傾けて空にすると口元の泡を手の甲で拭い、唐揚げと手羽先のどちらを食べようか目移りしている。
「だからよ、何でもかんでも譲ってばかり我慢してばかりだとあっという間におしまいになるんだからよ」
結局中川は再び煙を深く吸い込んだ。
(自己中なだけだろ)
その通りであった。平時の中川と言えば悪い意味で我慢をしない、自分のことだけを考える人間であった。酔いが回ればなおのこと、感情が高ぶっていればなおのことであった。
*
藤田の部屋には数人の男女が集まっており、事務机を囲うようにしてミーティングを行っていた。部屋の空気は重く沈んでいる。
「今日は攻めてみましたが」
松葉がわずかに目を見開くとつい先ほどまでの光景を思い出すように遠くを見た。
「私の意見に乗っていたのはここにいるみなさんと、吉野さんたち、くらいでしょうか。水鳥さんたちが反対するのは当然ですが、時田さんたちが反対するのは予想外でしたね」
すぐに反応したのは猪鹿倉だ。
「単に同じ喫煙者仲間、あるいは同じような職種に仲間意識を持っているのでしょう」
「乙黒さんとあの2人が陰で繋がっているとは考えられませんか?」
松葉が再び問いかける。あの場であの2人が反対しなければ絶対に乙黒に票を集中できていたと言わんばかりであった。事実、これまで彼らが集めた情報に基づけば、松葉が優位で話を終わらせることができるはずであった。
「時田や中川にそこまで考える脳があるかも怪しいじゃねえですか」
妹尾が棘のある端的な答えを返す。
「偶然ですが水鳥のグループのメンバーを1人、削ることができたことには変わりません」
猪鹿倉が眉を吊り上げた。
「どちらかと言えば、より有能なメンバーが犠牲になればよかったのですが。無能が残った方が相手のグループに負の影響を与えることができましたが」
彼女がそう言った理由は明らかであり、そこに並ぶ全員が知っている。しかし、誰も質問していないのに、藤田が口を開いた。
「ゼークトの組織論において無能な働き者というのは組織にとって害であると言われています。何も考えずに余計なことをして組織に被害を出すからですね。つまり、仁多見さんがいなくなったことはむしろ水鳥さんたちにとってプラスだったと考えることができます」
止める者がいないのをいいことに彼はさらに説明を続けた。
「ただこのゲームの場合は、グループ内の人数が多い方が有利でありながら、ある程度のタイミングで人数を絞っていく必要がある、というものがあります。このゲームのルール十、投票の際に参加者が8割を超えていないといけない。つまり、参加者の2割以上のグループは全員でボイコットをするという脅迫ができて、実際にそうすることもできますから、自動的に全員の敵ということになります。従って、グループの人数は段階的に減らしていく必要があるわけですね」
なおも話続けようとする藤田に上手く割り込んだのは松葉だ。
「つまり水鳥さんは今日、無能を除き、人数を調整し、票数を確保し、有能を残らせたということになります。グループ内の人数を減らす必要があるならば、藤田さんの言う『無能な働き者』から減らしていくのが定石でしょう。しかし、人数が減り過ぎても票数が確保できなくなりますから、そのバランスが重要となります」
彼はわざとらしく「ああ」と驚いた。
「私たちの場合、元々違うグループですから数を減らしていくというリスクを負う必要はないでしょう。別のグループだったと言ってしまえばよい話ですから。それに……」
「グループ間で協力し合っているところもあるでしょうから、下手な突っ込みを入れれば彼ら諸共死ぬことになってしまいますね」
猪鹿倉が目を細めて指摘した。
「ただ完全に利害が一致しているわけでもありません。1つの集団として考えるのは危険と思われます。2グループから敵視されることになりかねませんから」
「まあその話は後にするとして、さて、今日集まった情報を整理しましょう。別宮さん?」
松葉は今日死んだ仁多見、あるいは狙っていた須貝とそう年の変わらない少女に発言を促した。
「あ、はい。午前中、広間のフリースペースを使っている人はいませんでした。監視に来ていたのは水鳥さんのところだと、加藤さんと沓内さんでした。でも誰かに話しかけたりはしていなかったです。あとは徳田さんと佐野さんと、高邑さんが目立っていた、と思います」
張りのない声で答える別宮はどこか虚ろな目をして事務机の角に視点を合わせている。
竹島が当てられる前に続きを言った。
「午後も変わりません。加藤さんと沓内さん、あとは徳田さんがいて、早めに広間に来た室賀さんが徳田さんの耳元で何か囁いていたくらいです」
「聞き取れましたか?」
藤田が尋ねると竹島はゆっくりと首を左右に振った。
「いえ、残念ながら……」
「話し合いのときはどうでしたか?」
松葉が再び竹島に尋ねた。彼女は一瞬ひるんだが手元のメモ帳を素早く読んで顔を上げた。
「あ、じゃあ、吉野さんたちですけれど……。松葉さんの話に反対している様子はありませんでした。怯えている人と、あとは安心している人と、吉野さんはいつも通りです。水鳥さんたちの方は、全員が心配して、庇っていたと思います」
松葉は顎に軽く手をやると考えているような風を醸し出した。
「なるほど。当たり前のことですが、水鳥さんが庇いに行ったことで須貝さんは実際無能ではないと分かりました。笠原さんはどうでしょう?」
別宮が俯いたまま答える。
「笠原さんは完全に中立の立場でいた、というよりも、味方が狙われなくて安心していたという感じでした」
藤田が口を挿む。
「それでもより確固たるものにするために私たちに加勢する、と言うことはありませんでしたね」
猪鹿倉が「元野口のグループも同じですね」と追従した。
「問題は時田さんと中川さんですね」
松葉が薄笑いを浮かべて本題に踏み込んだ。すかさず猪鹿倉が口を開いた。
「しかしあのグループは今まで長堂さんがメインで監視していたはずです。乙黒と時田、中川との繋がりを知っていて彼女が嘘をついていた……そういう演技が出来て嘘を突き通せるような人物には思えませんでした」
「その繋がりはないということですね」
松葉がさりげなく話を捻じ曲げ、猪鹿倉が胸の前で腕組みをする。
「いえ、あったとしても長堂さんが気付くことができなかった、と考えるのが妥当です。彼女、そういう観察は苦手のようでしたから」
さらに猪鹿倉の目が吊り上がる。
「長堂さんは元々松葉さんの方にいたわけですから、何かあればそちらの方がよく知っているのではありませんか?」
松葉が天井を見上げ、「長堂さんからは何も聞いていなかったと思いますが……みなさん、いかがですか?」尋ねた。
別宮、若林、鷲尾もそれぞれ考える素振りを見せるが、答えは出てこない。
猪鹿倉が鋭く3人を睨むと彼らは気まずそうに目を逸らした。ヒリつく部屋の空気がそれぞれの集団の間に流れる。鈴木が遠慮がちに前のめりになった。
「まあですね、知っていれば、長堂さんのことですから私たち全員に話していたでしょう。まあですから彼女も知らなかった、ということにして話を進めませんか?」
「……そうですね」
「こちらも疑わせるようなことを言ってしまいましたね」
彼らにはお互いに協力しているという体があり、実際に協力するところもある。社会人らしく引き時を弁えた行動を取らなくては不自然である。
鈴木の仲裁で再びミーティングが開始された。先の空気を残したままであったが、もっとも元から和気藹々としていたわけではない。お互いに何か隠しているのは明白であり、究極、誰のことも信用できないのである。
鈴木は静かに息を漏らした。
(しかし、松葉さんは何を企んでいるのか……。信用できません……)
*
渡辺はベッドの中で小さな体を丸めて横になりながら両腕で自分を抱きしめ、両膝を抱え、体の震えを収めようと必死に体を縮めていた。
「神様……、許してください……許して下さい……ごめんなさい……」
彼女が祈るのは有名な一神教の神でもなく、日本に伝わる神々でもなく、八百万の神、強いて言えばそれの1柱と言えそうな、漠然とした存在であった。
「ごめんなさい……。許してください……、ここから出してください……」
頭の中に浮かぶ姿は、いかにも西洋風の天使のような神様のようなアニメでよく見る存在であった。ゆったりとした白い服に金色の長髪、白い翼、頭上に輝く光の輪、その顔はぼやけていて男か女かも分からないが、口元は柔和に微笑んでいる。
(苦しい……)
渡辺は上半身に重苦しい何かがまとわりつくように感じていた。上手く呼吸ができない。不規則に息を吸って胸に溜まった空気を何とか吐いている。
「助けて……、助けてください……」
上位の存在ならばこの事態を解決してくれる。彼女にはそれ以外にここから脱する方法があるとは思えなかった。この得体の知れない空間に閉じ込められ、家族と離れ離れになり、毎日誰かが死ぬように投票し、自分が死なないように他人を蹴落とし……。すべてを一瞬のうちに解決できる者は上位存在としか考えることができない。
「ここから出ることができたら一生懸命勉強します。運動もします。嘘もつきません。お父さんとお母さんの言うことちゃんと聞きます。みんなに親切にします。あと……」
子供が思いつく限りの条件を付けて何とか神にすがるものの、渡辺はそもそも神が存在するのか分からなかった。つまり、信じていなかった。さらに言えば証明する方法も思いつかなかった。
「あなたの存在も信じます。お祈りします。お参りに行きます。だから……助けてください……、ここから出してください……」
次に頭に浮かんだのは祖父母の家にある木彫りの置物だった。その姿が日本の神様であることは分かっていたが、しかし、名前も何も知らなかった。ただ、ふくよかでにこやかな神様の像としか認識していなかった。
(辛い……辛い、辛い、辛い、つらい……)
それは大黒天の置物であった。大黒天のご利益に今の渡辺の状況を解決するようなものはないが、彼女は知る由もない。それでもただただ祈り続ける。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……、助けてください……。お願いします……、お願いします……」
「もう辛い……苦しい……、嫌だ……、嫌だ……、助けて……、助けて……」
頭が上手く回っていない。出口のないトンネルをただひたすらよたよたと進んでいくうちに壁や天井が徐々に狭まってくるような感覚が渡辺を襲う。
「だってもう、もう……無理だよ……。だってもう、20日もやったんだよ……」
シーツをぎゅっと握りしめ、すすり泣き、枕に頭を擦り付け、彼女は祈り続ける。
(もう無理だよ……、助けてよ……もう無理だよ……)
そうは思っても明日になったら体調を崩して死ぬわけではない。それは本人も分かっている。しかしいずれ無理になることも分かっている。
感情を吐露して涙を流すことで多少の癒しはある。しかし、どうやっても今の状態から抜け出すことができないと改めて実感することになるのである。さらに当然ながら、仮にそうした上位存在がいたとしても、少しばかりの祈りで現代科学を超越した奇跡を見せてくれるわけがない。
しかし万が一、本当に万が一、そうした存在があったとして、何かの気まぐれで、偶然で、助けてくれるかもしれない。そんな一縷の望みを孕みながらただ自分を慰めるために、渡辺はベッドの中でブツブツと呟き続けた。
やがて渡辺は夢の世界に旅立つと、不意に満面の笑みを浮かべて両腕を伸ばした。目が覚めてこれが夢だと知ることになるのは数時間後のことである。
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言葉の乱れ
言葉の乱れというが、言葉は進化するものだから、多少の乱れはあっても良いのではないかと思う。完全に文法を守っている日本語というものは、日本語の性質上、万人が読むための書類や規則くらいではないだろうか。だから他人の文章の1つのミスに騒ぎ、自分の思った通りでないとケチをつけるのは、どうなのだろうかと思う。双方がプロならともかく。嫌なら読まなければ良いだけの話にできないものか。自分で蓋を開けてほじくり返して、それで高尚ぶられても。それはその人のための助言なのか、ただの粘着マウントお節介なのか。だつて少しまへなぞはかう書ひてゐて、なほ昔はかく書けり。
もしよかったらブクマ登録や評価、感想をどれか1つでもいただけますと本当に励みになります。なろうコン落ちてやられたメンタルを回復させたいのです! どうかよろしくお願いします!




