表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/77

第10話 目立て

 「っしゃあ!」

 野口は自分の部屋に戻ると独り歓声を上げた。


 (田川に完璧にヒット! 狙い通りぃ! フゥー!)

 誰に見せるでもなくガッツポーズを数回取ると、野口はようやく少し落ち着きを取り戻し、床に大の字になった。そして、スマホに送られてくる入室申請を半ば自動的に承諾しながら他のメンバーが集まってくるのを待った。


 彼らはすぐに揃った。全員床に座りながら「ににぉろふ」で好きな食べ物を注文し、部屋に有名なレゲエを大音量で流し、騒がしい夕食を始めた。


 始めの数口の間は誰も話そうとしない。あの緊張が張り詰めた空間で今日、生き残ることができたと分かるまで、頭も体も心も、エネルギーを使った。その補充に一生懸命であった。


 「大希ぃ、メシ食ってん? 男はメシっしょ!」

 濱崎は意味不明な日本語を発しながらも、一応、森本を気遣っているようである。確かに彼の顔色は蒼白で、野口の部屋に来てから何も口にしていない。


 「っす。食えっす」

 森本は押し付けられたハンバーガーをかじった。そうして口を動かすことで少しずつ元気を取り戻していく。


 (バカもたまには役に立つんだな)

 竹崎湊斗は黙々と牛丼をかっ込みながら思った。


 三石は手頃な高さにある椅子の上に丼を乗せて、親子丼を犬食いしている。その隣にいる野口は何か言いたそうにうずうずしているが、どうやら後の楽しみにしているようだ。


 三石は一足早く食べ終わり、することがなくなったのか、スマホを手に取ると興味を他に移した。

 「湊斗クン、それ、ウマい?」


 「うん。ウマいよ。食う?」

 竹崎は普段、年配の社員からしてもらっているように年下の三石に尋ねた。もちろん「ににぉろふ」を使えば同様の物を出せるのだから、わざわざ食いかけをつまむ必要はない。


 「や、いい」

 三石はそう言うとスマホを触り始めた。竹崎は、密かに傷ついた。そして、ここを出たらいつも飯を勧めてくれた人たちにお礼を言おうと、断って申し訳なかったと言おうと決めた。



 「それでさ、今日のあれ、まずかったんじゃね?」

 不意に橋爪が口にした。すぐに返事は返ってこない。レゲエが場違いににぎやかだ。気まずさを隠すように橋爪は炭酸飲料を飲むと「的な?」とおどけた。


 「いやー、逆にグッジョブよ」

 よく分からない溜めの時間を作った後で、野口は高らかに胸を張った。

 「あいつ、俺たちのグループの、て言うか時田たちのグループじゃん? でも、時田たちと俺たち、ひとまとまりっぽいじゃん? だから、俺たちの数が減って弱ったっぽいけど、むしろノーダメージ、さーらーにー、数減ったっぽくて攻められない、的な?」


 「っしょ! 颯真クン言うなら正解!」

 濱崎が何も考えないままに賛同する。その野蛮な面は考えている人間のものとは思えないが、その目は橋爪をしっかり捉えている。


 「あれよ、一応。一応颯真クンの話聞こっかって、な?」

 橋爪は慌てて濱崎をなだめつつもっともらしい理由を取ってつけた。それで濱崎は満足したらしい。また「大希ぃ、これ食えよ」と森本に絡み出した。


 野口はロコモコ丼を食べ終わると水をガブガブと飲み、他のメンバーを見渡した。

 「でさ、明日は基本、時田たちに合わせる感じでいいんじゃね?」


 「颯真クン言うなら、な? 明日、時田たちと同じとこ、な?」

 濱崎が追従し、森本の肩を強く叩く。


 「それからさ、これから時田たちに会うじゃん? 一応田川死んだし、悲しい顔してないとまずいってか……、できる?」

 野口は面々の顔を見る。できるかどうか半信半疑だ、と思った野口はそういう自分もできるかとふと気になった。

 「俺、こんな感じ。じいちゃん死んだとき……」

 そうやって気持ちを入れていく。幼いころ田舎に行くと、軽トラでダムに連れて行ってくれた祖父のことを――後ろのレゲエがうるさい――。


 「ップハ! 颯真クン、その顔ヤバい、ヤバいって!」

 濱崎が不謹慎にも笑った。野口は内心怒りつつ「マジ?」と返事をして、顔を変えないまま近くにあった鏡を手に取った。

 「ッハ! ヤバい、この顔!」

 そこには、濱崎が笑うのも無理はないと野口自身が思うほどに、変に辛そうなスカした顔が映っていた。顔を上げると、他のメンバーも口元をひくつかせている。


 「悲しい顔ぉ―」

 野口は先ほどと同じ顔を作ると、リズムに合わせて一人一人に近づいていった。皆、笑った。そうやって、空騒ぎしていないと気を保てないのか、あるいは本当にはしゃいでいるのか、本人だけが知ることだ。


 「って、これマジだから! マジに! 練習、練習いるって!」

 野口は一通りの笑いを収めると、話を元に戻した。時間は限られている。

 「俺、死んだじいちゃん考えたからアレだったかも。ばあちゃんならワンチャンあるかも、ってコレ、マジね」



 野口たちはそれから、彼らにしては真剣に悲しい表情を作る練習を行った。その結果……、全く疑われることなく時田たちとの話し合いを終わらせることができた。時田たちが酒を飲んでいた、ということも良い隠れ蓑となったのだろう。流石に大騒ぎすることもなく、手短に連絡を取り合うと、野口たちはそれぞれ自分たちの部屋に帰った。


 野口は部屋に戻っても、深夜になっても、全く眠くなることがなかった。

 (やっべアドレナリン全開、超すげえ、超すげえ)





 坪根恵美は歯並びの悪い口でポテトチップスを砕きながら、自分の現状を嘆いていた。訳の分からないゲームに強制的に参加させられて、さらには同じような年代の同じ性別の参加者はどこかしらにまとまっていると察知したからである。片手は口とテーブルの上を往復し、もう片方の手でスマホを握り、「投票箱」を操作しながら、彼女は参加者の写真を次々に見ていた。


 (このババア)

 吉野は彼女に声をかけなかった。

 (いつも周りに似たようなババア集めて、まあ、ウチはそんなおばさんじゃないし、別にいいけど)

 2000万円のことを知ったらそうは思わなかったに違いない。口元を動かすたびに坪根の下膨れの頬がダルッと動く。画面を何度かスクロールして、次の目的の人物の前に、指が止まる。


 「なんでウチの写真、こんな写り悪いの使ってるのよ……」

 画面はすぐに次の写真に切り替わる。坪根の写真は、今スマホを見ている坪根と変わらない。事実である。まとまらない細くなり始めた髪も、細い目尻のしわも、何々も、何々も、事実である。それでも最高級のアメニティを数日使っていた分、今の方が彼女の良し悪しの良しなのだろう。


 (こいつと、あと、こいつとよくいるあいつとか、あいつとか……)

 竹島や妹尾たちほど、彼女は賢くなかった。だから、声をかけられなかったし、向こうからもわざわざかけようとは思わなかったのである。

 (どうせウチと違って普通の家に生まれたんでしょ……。友達も普通にできて、普通に勉強できて……)


 坪根の片手は一定の速度を保ち、もう片方は親指だけがせわしなく動く。

 (それにこいつ、こいつ、あとこいつも……、制服着て、バカの癖に、ああいうのが、究クンはいいの? だいたい、写真が少しキレイなだけでしょ)

 坪根は次々に毒づいていきながら、どんどん写真を送っていく。水鳥は彼女を誘わなかった。そのことが坪根を傷つけた。勝手な理由をでっちあげ、水鳥や他のメンバーと思われる人たちをけなして、またきっと碌なことにならないと思って、坪根はその考えを信じてやっと諦めがついていた。ただ、それでも水鳥はかっこいいらしい。


 (それで、こいつ! こいつよ! こいつ、どうして死なないの!)

 そして、その考えではカバーしきれないほどに、坪根が憎悪を向けるページには岩倉由香里の写真があった。生地のしっかりしたジャンパースカートの学生服を着こなし、それは彼女が中学に上がったばかりなのに、体の丈にぴったりと合っている。つまり、上級国民である。その証拠に、長い黒髪や細い手足は写真の上でも、実物を目の当たりにしても、輝いて見えるほどに磨き上げられている。極めつけはどこかのアイドル顔負けのルックスで、可愛らしさの中にほんの少し不満げな表情をしているのがそのままブロマイドとして使えそうなほどに誰かを惹きつけるのである。


 (こいつ、どうやったら死ぬ? 最初の日、ウチがコケて挟まったのに、「ふふっ」って笑って、虫けら見るみたいな目で、それで……、そのままどっか行って……)

 坪根は初日の探索の時間、壁際を叩いていたときに、足を滑らせて転んだ。運の悪いことに、ちょうどそこにはいくつかブロックがあった。そのブロックの間にすっぽりと収まってしまった坪根は、長堂が見つけるまでジタバタともがいていた。岩倉がその一部始終を笑って見捨てたというのが坪根の主張である。


 しかし、坪根はただ気持ちを自分の中で爆発させて、菓子を食べることで、落ち着けることができた。いくら妬んでも、憎んでも、理性の内で人を殺してはいけないと思っていたし、仮にここでそうして見つかったら、即刻死刑になることを坪根は十分理解していた。彼女にとって、自分と、自分の一番大事な人の命は、高々50日ほど一緒になるだけの小娘を殺すことよりも重要であった。


 それでも、このゲームは殺す人を選んで投票できる。だから、坪根は岩倉の死をある程度の現実感を持って望んでいるのである。ボディーガードもいない、いたとしても意味をなさないこのゲームだからこそ、坪根は積年の鬱憤全てを乗せて望んでいるのである。





 鈴木雪子はシチリア料理のコースメニューを堪能した後で、今日の話し合いで聞いたことを試そうと、消えて、と考えてみた。まばたきの間にテーブルの上はきれいになっていた。皿の跡さえない。


 (そう言えば、私、雅美ちゃんから直に聞いてたわ。究君、すっごい褒めてくれてたなぁ)

 鈴木は、本村が皆の前でその小さな発見を発表していた場面を思い出した。その情報はグループ内で共有されて、水鳥の指示の元、最もプレゼンと演技が上手い鳥居が先ほど話した、ということであった。


 (でも、私も負けてないわぁ)

 鈴木は「ににぉろふ」を立ち上げてペレットと皿を呼び出した。そして、あらかじめ用意していたハサミで袋の口を切ると、数粒皿の上に出した。


 (これ、食べると体調がよくなることを教えてあげたのは私)

 ポリ、ポリと小さくかじりながら、鈴木は、鳥居の前に話していた男が、「ににぉろふ」で呼び出すものには形容詞を付けられる、と言っていたことを思い出した。


 「イチゴミルク味のペレット」

 鈴木は新しく出した方の袋の口をはさみで切ると、少しの間止まり、皿の上のペレットと元の袋をゴミ箱に捨てた。

 (あ、これ、あたりかも。誰だっけ?)

 そして、イチゴミルク味のペレットを先ほどと同じようにしてかじりながら、スタンドに立てたスマホをタッチペンで操作していく。


 (あった。確か、この顔。柘植?)

 「投票箱」の名簿を見る鈴木の顔は、特に何も変化しない。街中の掲示板を見るような、ニュースのアナウンサーを見るような顔つきである。

 (やっぱり究君。究君には絶対適わないわぁ)


 (究君。素敵。もう、全部。あの目で見つめられると堪らない。あの声、体が熱くなる。あの唇)

 皿の上を片付けた鈴木はぺろり、と自分の唇を舌でなぞる。

 (あまり食べ過ぎると太っちゃう)


 それから鈴木は洗面所に向かい、備え付けの新品の歯ブラシを手に取って、白い歯磨き粉をたっぷりと乗せると口に頬張った。

 (究君。年下の男の子なのに、かっこよくて、やさしくて)

 鈴木は歯を磨きながら自分の顔をチェックしていく。傷やシミ、しわがあったら大事である、と涙ぼくろをアクセントに添えた鏡の中の目が訴えてくる。

 (――むくみもないわぁ。私も、イケるわよね?)


 口をゆすいだ鈴木が元の部屋に戻ると、テーブルの上はきれいに片付けられていて、スマホとスタンド、タッチペンだけが残っていた。


 (究君)

 鈴木はおもむろに着ていたベストとフレアースカートを脱ぎ棄てると、そのまま椅子に腰かけて再びスマホを操作し出した。

 (もっと、おしゃれしていればよかった)

 彼女はここに来る前に、課長に注意されて渋々一回り地味な格好で働き出したことを後悔していた。

(それよりペレット、効くわぁ。ちょっと前は食欲なかったのに。それに、頭も腰も痛くない。体が楽。仕事してないからかしらぁ)

 鼻歌混じりで鈴木が眺めているのは水鳥とのやり取りである。


 目を通し終えた鈴木が次にしたことは、スマホを持って寝室へ向かうことだった。彼女はベッドに寝転がると、サイドテーブル上にあるタブレットを手に取り、電子雑誌のピンナップらしき水鳥の、様々に恰好を変えた写真を眺めていった。


 (ちょっと前の究君もカワイクていいわぁ)

 (あ、こっちも。隣のカレも結構いいわぁ)



 そうやって、満足した鈴木はそのままベッドに体を預けてまどろんでいった。

 (そうだ。ダイエット薬、出てくるのかな。そうしたらいっぱい……)

 眠りに落ちる寸前、鈴木の頭に思い浮かんだ。もう一度起きてスマホを触るほど、鈴木は眠気に抵抗力がなかった。

 (明日試そ。究君に教え……)





 影山の部屋には彼と同じグループのメンバー全員が集まっていた。影山は最後に藤田がやって来たのを確認すると立ち上がった。

 「まずは、みんな、上手くやってくれた。ありがとうございます」


 隣にいる関口が他でもない人物にお礼と称賛を、もう何度目になるか分からないが、送る。

 「司会の影山さんが一番大変でしたよね? ありがとうございます!」

 その言葉を「ああ」と小さく言うことで受け止めた影山は、別の立役者を個別に褒めたたえた。

 「松葉さんの入り方も良かった。あれで、あの中に法律関係者がいないことも分かった」


 「いえいえ、お役に立てて何よりです」

 松葉は他人事のように微笑んだ。


 「まあ、私は法学部生ですけどね」

 さらりと外崎が言った。しかし、その声はよく聞くと震えていた。腕を組んで体を椅子の背もたれに張りつけている。


 「安心してほしい。もし他のグループに知られても、学生だから含まれないという理由に賛成する」

 影山は力強く伝えると、続きに移った。


 「それに、吉野さんのところに利原さんがいるとはっきりした。この類の話は彼女の仕事、まあ2番手3番手かもしれないが、それも分かった」


 つまり、今日の話し合いは始めから終わりまでほとんど、影山たちが支配していた。それは何も今日に限った話ではない。全ては演技で、ルールも、時間も、情報も、概ね影山たちが想定した範囲のシナリオ通りに進んでいた。


 「今日も、途中であの……柘植か、彼が入ってきたな。第三者が介入した場合を想定するのはやはり必要だ」

 そして、シナリオに多少の分岐を加えて、不確定要素にも容易に対応していたのであった。


 「その分、覚える量が多くなりましたけれど、大丈夫でした? ほら、僕は最初の出番で終わったから、あまり変わらなかったけれど……」

 松葉が、主に自分の隣にいる別宮に伝える。

 「あ、はい。大丈夫でした」

 別宮は小さな声で謙遜した。


 「もしかしたら……、妹尾さん、出遅れませんでした?」

 松葉は薄くコーティングされた声で言った。そこに含まれている意味は計り知れない。


 「あいつが早すぎるんですよ。あれ以上早いと不自然です」

 対する妹尾は自分の正しさをはっきり主張すると、そこで話を終わらせた。お互いに喧嘩をしているわけではなく、物の言い方こそあっても、自分たちが生き残るために事実の確認と意見の交換をしているだけなのである。

 「しかもおめでたいこと言ってやがったし」


 「まあ、それから、話をせずに他の観察をしていたみんなも良かった、と思う。俺には自然に見えた」

 だから影山も気にしていない。周りも、別宮と若林が少し心配そうに両者を見ているだけで、後は気にしていない。


 彼らはそれからそれぞれが話し合いの席で手に入れた情報、言葉になっていたものだけではなく誰かの挙動や表情、アイコンタクト、田川の死への反応などを整理した。さらにそれ以外の時間、広間にいた人たちの分も追加して、そこから組織図の手直しをしたが、ポーンはほとんど動かなかった。


 さらに、個々人の性格や能力を分析していく。それは、相手のグループ内の各人の立ち位置や弱みの、明らかな部分を知ったも同然である。ただ、相手がそれを織り込み済みで嘘の振る舞いをしているかもしれない、自分たちの振る舞いが相手に情報を無償で提供するかもしれない、そうした別角度の視点を交えて、彼らは明日のシナリオを作っていった。


 当然その最後には、明日、誰に投票するかを含んでいる。投票する、というのは誰を殺すかということである。守りの票も同様である。ただし全員、ここで話された人に必ず入れるとは限らないし、入れたかどうか証明はできない。



 彼らが一度解散した後、しばらく経ってから、影山はそこに集まったメンバーに告げた。

 「まずは、みんな、上手くやってくれた。ありがとうございます」

 先のグループ内の会話のいくつかも、妹尾のミスも、影山たちの本当の台本に書かれていることであった。彼らはもう一度本当の台本を作り始めた。誰が誰の味方で敵か、分からない。





 (今更ながら……とんでもない……)

 柘植はベッドに腰掛けて、自分の部屋で今日の話し合い、特に自分が発言したときのことを思い出していた。すでに瑞葉は自分の部屋に戻った後だ。


 (プレゼンや学会発表は……目じゃない。視線の数は、むしろかなり少ない。ただ、その質が……)

 柘植はその性質をよく理解していた。

 (半ば殺意、こじ開けようとするほどの興味、わずかに救いを求める視線……)


 (三番手であれほどだった。一挙手一投足が監視されていた。味方がいて視線が緩和されていればまだ違っただろうが……、グループにまともに所属していないデメリットだ)

 水を一口飲んだ柘植はゆっくりと深呼吸すると、目を閉じた。


 (それでも、やらなければならない、だろう。可能ならその前にパワーバランスが変わってくれればいいが、期待するだけ無駄だ)


 (問題は、私と瑞葉がどれだけできるかだ。瑞葉は……未だに不明だが、頭は良いから、私が言ったことを理解できるし、覚えられるだろう。そう動けるかが問題だ。それに、私自身が耐えきれるか……。瑞葉は多少の粗があっても自然なものに映るだろう。私は極めて難しい。念のための保険になるか分からないが、一応影山たちとはつながっている。……上手くいかなければ切られるな、保険にならない)

 柘植はベッドから立ち上がるとそのフットボードを下から持ち上げた。


 (誰がどう来るか、誰にさせるか……)

 柘植は顔写真の貼られたマグネットを色々つつきながら考えた。彼の考えている計画は道筋を立てることが困難であった。霧の中で針に糸を通し続けるように、どこかでつまずいては元の段階まで戻ることを数度繰り返した柘植は、瑞葉がいた方が、聞いてもらった方がよくまとまることに気が付いた。柘植は、ベッドを元に戻すと、普通通りに使って明日を待つことにした。





 笠原がそろそろベッドに入ろうかと考えたとき、彼のスマホにメッセージが届いた。差出人を想像しながら笠原が老眼鏡をかけて、見ると、それは丸橋からであった。全く想定から外れていた。何故ならば、初日以降両者は連絡を取っていないからである。


 『急にごめんなさい……今すぐ、お話ししたいことがあります。お部屋に行ってもいいですか?』

 そのメッセージを笠原はじっと見つめる。

 (彼女は、水鳥さんのところに行ったはずだ。何故だ?)


 『無理ですか? お願いします!』

 その考えを追いやって返事を急かすように次のメッセージが届いた。

 (もしかしたら緊急事態で、彼女の身に危険が? あるいは俺か? 明日の投票先に選ばれたのか?)


 次のメッセージは届かない。

 (俺は、決めた。優先順位をつけると決めた。丸橋さんは、味方ではない)


 (だが、もし、俺しか頼るところがないようなことだったら? 俺は、明日以降も、教員として……違う! 俺は、先生だ。子供が困っているんだ。彼女に助かってほしい。そう思うから助けるんだ。……だが、俺をすでに頼っている子供たちを危険に晒さないか? どちらも助けられるのか?)

 笠原はスマホをテーブルに置き、考える。そして、スマホを手に取り、しばらく画面に視線を落として、置き、目を閉じる。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して、そして……。



 「急にごめんなさい、笠原先生っ」

 間近で見ると、彼女は思っていたよりも小さい。そう笠原は思った。申し訳なさそうにモジモジと両手を体の前で動かしている。


 「いやいや、大丈夫ですよ。ほら、座って」

 笠原が優しい声で椅子を勧めると、丸橋はホッとした様子で席に着き、それから笠原の方を向いた。

 (どう、したのだ? まさか本当に俺に? あるいはあの子たちに?)


 「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいから話してごらん」

 笠原は目の前の椅子に腰かけた。丸橋は笠原の目を見て、言いにくそうに目を逸らし、もう一度目を見て、逸らして、ごくりと唾を飲んで、言った。

 「私も先生のところに入れてほしいんです!」

 可愛らしい声の主の視線は、笠原の左肩の真上に向いていた。


 「……」

 笠原は黙って微笑みながら目の前の丸橋をじっと見つめた。丸橋は所在なさげに指を動かして、その指を見ている。


 「えっと、だめ……ですか?」

 沈黙に耐えきれなくなった丸橋が笠原に話しかけた。


 「どうしてでしょうか? 丸橋さんは水鳥さんと一緒に、ここから脱出するために、頑張っているんですよね?」

 笠原は優しく静かに言った。


 「あ、私、出てけって言われたんです。あまり頭良くないから、足引っ張っちゃって、それで、究君に怪我、させそうになって……」

 丸橋は紅くなって、関節が不自由なロボットのように腕を動かしながら説明した。


 「そうですか……」

 笠原の振る舞いは、普段彼が生徒と接しているときと何ら変わらない。

 「大丈夫ですよ。きっと、今頃心配しています。戻ってもう一度謝りましょう?」


 「でも、戻っても、怒られちゃいます……。お願いです! 先生のところに入れてください!」

 丸橋は、怖くてたまらないと身を縮こませているが、それでもしっかりと、力強く伝えた。


 「きっと、大丈夫ですよ」

 笠原は立ち上がると、丸橋の小さな肩に手を乗せた。丸橋はビクッと体を震わせると身を固くした。

 「きちんと謝れば、彼は許してくれますよ。怪我、しなかったのでしょう? 先生のところに行こうとしたけれども、先生が頑固親父で無理だった、そう言って謝れば、許してくれますよ。大丈夫ですよ……」


 「でも……」


 「大丈夫ですよ……」


 笠原はそのまま体を動かさず、丸橋を見続けた。その丁寧な物腰に丸橋は胸が締め付けられた。そして、彼の言う通りにしようとぎこちなく笑った。

 「あ、はい……。あの、ありがとうございました。あと、ごめんなさいっ」

 丸橋は何度も頭を下げて、それから姿を消した。


 笠原はそこから動くことができなかった。笠原は、長年正しく生きてきたことを証明するように、意識せずともそう振る舞うことができていた。

 (俺は、何故? 何を考えている? 彼女は……、俺たちの味方になった振りをして、情報を水鳥に流すために、ここに来ていた……。あの子たちを危険に晒そうとしていた……。俺は初日に取捨選択をすると、覚悟を決めたはずだった……)

 笠原は足に力が入らなくなって、そのまま床に座り込んだ。


 (俺は、何故、彼女の身を案じた? 何故、助けた? そして、何故、何故、殺さなかった……。あの場で首を絞めれば簡単だった……。自分が生き残るために俺を、俺たちを、あの子たちを陥れようとした、彼女を……)


 (俺は何を考えているんだ! 人を、それも子供をこの手で殺そうだなんて!)


 (いや、明日でもできる。後から呼び出せば、あるいは、話し合いのときに説明すれば……、だから! 違う。それは違う。それなら、これまで他の方々にしてきたことは? 彼女がしたことは?)


 「俺は……、俺は……!」

 笠原はどうしようもないジレンマの中で呪った。このゲームを、ニニィを、自分を、丸橋を……。そうやって、慣れない感情を表にしたことに精魂が付き果てて、笠原はそのまま床の上で意識を失った。それでも床はなぜか柔らかく暖かく、笠原の眠りを快適なものにした。



**



 ニニィって何者?


 ニニィはニニィだよ。実は、モニターに映る姿はアバターでした。ってことでもいいよ。ネコミミ&オーバーニーソのハイパー美少女でもいいよ。うにょんうにょんな触手が生えた半透明のクラゲ的サムシングでもいいよ。「ホッ○ーは濃い目にしてたこわさを、熱燗にはエイヒレを」なおっさんライクなおっさんでもいいよ。あ、でも、ぜんぶ混ぜちゃダメ! こないだ近所に出没した、ネコミミ&オーバーニーソの触手の生えたおっさん(シゲオ(仮名)47歳、無職)がみんなの枕元に召喚されちゃう! 防ぐには「ニニィちゃんかわいい!」と心を込めて呟くのだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ