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神崎怜菜の研究②

 火曜日の放課後。神崎が研究テーマを発表する日となった。


 万物研究会では既に研究会のメンバーが全員集まり、神崎が発表準備を進めているという状況だった。


 流石にこれでもう、四回目だ。


 発表までの流れを既に知っていた俺は、いつも先輩にその作業を任せるのも悪いだろうと思い「今回は俺がやりますよ」という言葉を残して、香月先輩が前回までそうしていたように、室内灯のスイッチ付近に立っていた。


 先輩達二人は既にいつもの定位置に座っているので、後は神崎から準備完了の合図を待つだけだった。


 配線作業が終わったのか、神崎の傍にあるノートPCの画面がスクリーンに映し出される。


 それで準備が整ったのだろう、神崎がこちらに目線をくれたのを合図に、室内灯のスイッチをオフにする。


 スクリーンに映し出された、スライドデータの表題に目を向ける。

 そこには、こう書かれていた。


【次元について】


「それでは準備が出来たので、私の研究テーマについて発表します。私が研究テーマとして選んだのが、このスライドの表題となっている次元についてです。次元については既に知っていると思いますが、簡単に説明だけします」


 神崎がPCを操作し、スライドを次のページへと移動させる。


 映し出されたのは、真っ白な背景の中央に直線だけが引いてあるページだった。


「そもそも次元というのは数学において、空間の広がりを示すための指標です。なので、一次元というのはその文字の通り、次元が一つしかない空間の事を言います。簡単に言ってしまえば、直線しかない空間が一次元です。一方向に伸びる長さだけがあり、それ以外の広がりを持ちません」


 神崎によって、次のページが写し出される。


 今度はページの中央に、縦方向と横方向に線が引かれていた。


「今度は縦と横に空間が広がりました。これが二次元空間と呼ばれているものです。一次元との違いは、直線的な移動だけでなく、面状の移動が可能になったという点です。現代的な意味だと、アニメや漫画といったメディア媒体に登場する人物を、二次元キャラと言ったりしますが、それは二次元という平面上で表現されているキャラクターである事から、そのように呼ばれています」


 ここまで来るとあらかた予想は出来ていたのだが、神崎が写した次のページには、平面だった縦と横に奥行を表す線が一つ追加されていた。


 それが三次元を表している図である事が分かった。


「平面に奥行を追加した空間が、三次元です。三次元については勘違いしている人も多いのですが、奥行を追加したものだけが三次元ではないです。例えば動画というコンテンツ、あれは平面上に時間という要素が加わっているので、数学的には平面の二次元プラス時間が加わっているので、三次元と言えます」


 それは思わず、へえーと口に出してしまいそうな雑学だった。


 再度、神崎によってスライドのページが次へと移動する。


 一次元、二次元、三次元とくれば次は四次元だった。


 先ほどの三次元図の横に大きく、はてなマークが追加されている。


「続いて四次元についてです。一般的には、三次元に時間を加えたものが四次元であると認識されていて、私達人間はこの三次元と時間という概念が加わった四次元空間に存在していますが、その構造については理論を通じて抽象的には理解ができますが、直観的には理解が出来ません。なぜなら、私達が生活している物理的な世界は三次元空間に限定されていて、そもそも私達の持つ五感や感覚器官は三次元空間に対応するように進化しているため、四次元目の方向というものを感知する手段を持っていないからです」


 流石は学年主席の優等生というべきか、次元について説明する神崎には特に緊張する素振りもない。


 思い出してみれば、神崎は新入生代表として全校生徒の前で話をしていたのだ。


 その時にも特に緊張しているようには見えなかったのだから、三人の前で発表するなど彼女には朝飯前なのかもしれない。


 そんな事を考えていると、四次元の説明を終えた神崎と目が合った。


 俺は神崎の目を見て、意識することなく眉を顰めてしまう。


 なぜなら彼女の瞳から、またしても多彩な色を感じとってしまったからだ。


「次元については奥が深く難解で、その全てを説明するには私自身まだ知識が全然足りていません。ただ、私はこれからこの次元というものについてもっと知識を深め、研究をしていこうと思っています。そして、そう思ったのには理由があります」


 神崎の視線が、俺から離れない。


 まるで発表はもう終わりで、これからする話は俺に向けたものであると、その目が言っているような気がした。


 そして、次に神崎から発せられた言葉は、俺を混乱させるのには十分な内容だった。


「私はある日突然、得体の知れない何かの視線を感じ取りました。それは中学一年生の頃、秋の事でした。駅前にある本屋の前で、そこにいる岩倉君を通して、何かの存在がこちらを見ていると感じたんです」


 ……はあ?


 何かって、なんだ?


 神崎の言ったことがよく分からず、頭に入ってこない。


 俺の脳裏に、過去の光景がフラッシュバックのように浮かんでは消えていく。 


「私はその存在を、観測者と名付けました。二度目に観測者の視線を感じ取ったのが、この前の入学式でした。壇上で私が新入生代表挨拶をしている中、突如その視線は、またしても岩倉君の視点を通して、こちらへと向けられていました」


 頭が混乱していた。


 観測者?


 なんなのだ、それは。


 俺の存在を通してというのは、一体どういうことだ?


 神崎は俺の混乱を意に介さず、俺へと視線を向けたまま言葉を続けていく。


「それ以降、観測者の視線を感じる頻度が上がりました。何が条件となっていて、なぜ岩倉君を通してなのか全く分かりませんが、観測者の視線は不定期に感じ取れました。今も……岩倉君の視線を通して、観測者は私達を見ています」


 神崎の言葉に、香月先輩と朝山先輩が俺へと視線を向ける。


 その目には、それぞれ違う色の感情が見えた。


 一つは興味。

 一つは驚愕。


 三人の視線に晒された俺は、何も言葉を発することが出来なかった。


 急に非日常的な空間へと投げ込まれたような気分で、思考がまとまらない。


「私は岩倉君を通して、私達を観測している存在が何者なのか、知りたいと思いました。そして、色々と思考を重ねた結果、観測者が上位の次元に存在するものではないかという、仮説を立てました」

「ふむ、その仮説に至った根拠を聞かせてくれるかな?」


 それは、香月先輩からの質問だった。


 神崎はその質問が来ることを、まるで予測していたかのように頷いた後、言葉を続ける。


「そう思った根拠は、知覚の異質性です。観測者は岩倉君の視点を通して、観測するという行為を行っています。その行為は、私達にある三次元的な制約を超えています。事実として、岩倉君の視点を通して、こちらを観測しているという理解できない方法で存在している観測者は、私達からすれば異次元的な存在です。異次元的な存在であるのならば、下位や同位ではなく上位の次元に位置している存在なのではないかと、そう思いました」

「なるほど……知覚の異質性か。確かにこちらに何か干渉するでもなく、岩倉君の視点を通して、こちらを観測するだけの存在は、私達からすると異質な存在だと知覚せざるを得ないね。ただ、やはり分からないな。なぜ、私達を観測しているのか。なぜ、岩倉君の視点を通しているのか」

「それは……私にも分かりません。ただ見ているだけの観測者とのコミュニケーションは成立しないので、何を考えているのかも。ただ、私達が三次元的な制約に囚われているように、観測者にも岩倉君の視点を借りなければいけないという制約があるのかも」

「制約か。ふむ……あ、口を挟んですまないね。話を続けてくれ」


 香月先輩に促された神崎は、コクリと頷く。


 正直、その後の話については、あまり耳に入ってこなかった。


 俺の脳裏では、神崎との過去のやり取りが再度思い返されていた。


 思い出してみると、神崎は俺の事を岩倉君と呼ぶ事もあれば、貴方と呼ぶ事もあった。


 貴方の存在が、必要不可欠だと言っていた。


 貴方とはつまり俺ではなく、その観測者のことだったのか?


 俺はあいつの目を、気味が悪いと感じてしまっていた。


 その原因は、俺を見ているようで、俺ではない何かを見ていた、その違和感からか?


 瞳から感じた多彩な感情の色は、正体不明の存在に対するものであって、俺がそれを認識した事で奇妙な感覚を覚えたということか?


 神崎という人間の人となりについては、ある程度は理解できている。


 香月先輩が言っていたように、神崎が話している内容は荒唐無稽に聞こえる。


 しかし、神崎がよく分からない嘘を吐いて、皆の反応を楽しむような人間ではない事は知っている。


 つまり、観測者という存在は本当にいるのか?


 俺の中に?


 色々な思考がグルグルと回って、うまく考えがまとまらなかった。


「ご清聴、ありがとうございました。質疑応答は、この後に」


 最後にそう言って発表を終えた神崎の瞳は、変わらず多彩な色を見せたまま、こちらへと向けられていた。


 それが俺を見ているのか、それとも俺ではない何かを見ているのかは分らなかった。

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