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神崎怜菜の研究①

 休日をどのように過ごすかは人それぞれだと思うが、こと俺に関して言えば、一駅隣にある大型のショッピングセンターに足を運ぶ頻度が高かった。


 そこは日本一大きなショッピングセンターと言われており、店舗面積は日本最大。 


 一日では到底、全店舗を回りきれないほどの広さを持っている。


 求めているものを探せば、大抵は見つかると言っても過言ではない。


 その場所に足を運ぶ機会が多いのは、やはり子供の頃から隣町に住んでいるからという理由が大きい。


 区画は大きく月エリア、星エリア、空エリアに分かれている。


 その中でも俺がよく利用しているのが、月エリアの一階に店舗を構えている書店だった。


 古めかしさの全くないその書店には、本のみならず家電や食べ物、子供用のおもちゃなど多様なものが販売されている。


 本を買った後、それを読む空間まで用意されているのだから、是非ともこの書店内で存分に寛いでくださいという企業からの想いが伝わってくるかのような場所だった。


 俺はこの店で気になった本を手に取っては流し読み、面白そうだと感じた本を購入しては、併設されているカフェでその本をゆっくりと読む時間が好きだった。


 今日もそんな時間を過ごそうと、俺は書店内を歩きながら本を物色していた。


 基本的に選ぶ本はミステリ小説やホラー、SF、ライトノベルといったエンタメ要素の強い本だ。


 普段はそういった作品を好んで読んでいるのだが、今回は少し趣向を変えてみることにした。


 自身での発表を終えた事により、俺にも研究会メンバーとしての自覚が芽生えてきたのかもしれない。


 手に取った本はそれぞれ香月先輩、朝山先輩、そして俺が研究している内容の参考になりそうな本だった。


 合計三冊の本を購入した俺は、書店内に併設されているオープンカフェでアイス珈琲を注文する。


 店員が珈琲を用意している間、なんとなしにテラス席の方へと視線を向ける。

 その視線の先に、見知った顔を二つ見つけた。


 五つ用意されているテラス席の一つに、向かいあった状態で腰かける香月先輩と、朝山先輩の姿があった。


 二人は既に、俺の存在に気付いていたらしい。


 朝山先輩が席から立ち上がり、俺の方を見て手招きをしている。

 香月先輩も座ったままの状態で、こちらへと視線を向けている。


 日本最大の有名なショッピングセンター内ということもあり、こうやって同じ高校に通う人に会うことは特に珍しいことではなかった。


 店員からアイス珈琲を受取り、俺はテラス席へと足を運んだ。


「岩倉くん、やほー。奇遇だねー」


 言いながら朝山先輩は、ササっと俺の席を用意してくれた。


 この人はいつもこういう事を率先してやってくれるんだよなーと考えつつ、俺はお礼を言いながら、その席に腰を落ち着かせる。


 休日なのだから当たり前なのだが、先輩達二人はいつもの学校で見る制服ではなく、私服姿だった。


 香月先輩の服装はハイウエストに着た白のワイドパンツに、同色系を合わせたリブニット。


 着こなすには難しそうなシンプルなコーデだが、背が高くスタイルの良い彼女にはそれがとてもよく似合っていて、まるでモデルのような印象だった。


 朝山先輩はというと、ブラウンを基調としたワンピースを可愛く着こなしていた。


 ガーリー系というやつだろうか、朝山先輩の雰囲気によく似合っていて、可愛らしい服装だった。


「こうやって、岩倉君と外で会うのは初めてだね。本を買いにきたのかな?」


 書店のロゴが印刷されている袋を一瞥してから、香月先輩が質問してきた。


「はい。先輩達は?」

「私と妃那美は、特に目的もなくフラフラと歩いていただけだよ。ここは歩いているだけでも楽しめる場所だからね。休日の時間を過ごすには、とても良い場所だ。ただ、少し歩き疲れたのでね、ここで休憩していたのだが、カフェ内に岩倉君の姿が見えたから驚いたよ。いやはや偶然だね」


 そこまで言い終わってから、香月先輩はストローに口を付けた。


 既に半量ほど無くなっているカップには、俺が注文したものと同じアイス珈琲が入っている。


 その対面では、甘そうなチョコソースと生クリームがふんだんに盛りつけられているフラペチーノを、美味しそうにストローで吸っている朝山先輩の姿がある。


「……はい、偶然ですね」


 そう言って、俺もストローに口を付けた。


 本当はここでゆっくり読書をするつもりだったのだが、先輩達の前で急に読書を始めるほど俺も礼儀知らずではない。


 こうやって先輩達にお呼ばれしたものの、さて何を話したものか。


 珈琲を飲みながらそんなことを考えている内に、先に口を開いたのは朝山先輩だった。


「ねえねえ、岩倉君。どんな本買ったの?」

「あー、これはですね……」


 特に隠す必要もないので、俺は買った書籍を袋から出して二人に見せる。

 いち早くそれらの本に反応を示したのは、香月先輩だった。


「アリストテレスの形而上学に、幽体離脱体験談……この脳のなかの万華鏡というのは、共感覚に関連する本かな。どれも中々にボリュームのある本だね」

「色々と興味が沸いたので調べたりはしてみたんですが、ネットの情報だけだと限界があるなと感じたので、本に手を出してみようかと」

「全く……君にはいつも、感心させられる」


 香月先輩は、嬉しそうに目を細めて言った。


 その虹彩に、喜びといった感情の色が見えた。


「小夜子って、岩倉君のこと結構気に入ってるよねー」

「ん? ああ、そうだね。岩倉君の事は、気に入っているよ」

「あはは、否定しないよねー、小夜子は。良かったねー、岩倉君」


 ニコニコとした笑顔でそんな事を言われても、どう反応していいのか分からない。


 俺は「あ、はい……そうですね」と曖昧な返事をしながらも、少し顔が熱くなっているのが分かり、それが悟られないように再度アイス珈琲を嚥下した。


 照れくさいので、話題を変える事にする。


「本当は、神崎の研究に関する本も買いたかったんですけどね。それは来週の神崎の発表をちゃんと聞いてからでも良いかなと思って、今回は見送りました」

「おや、岩倉君は怜菜の研究内容について、もう聞いているのかい?」


 それは意外だと言わんばかりの反応を見せる、香月先輩だった。


「聞いていますけど、香月先輩も知ってるんですよね?」

「ああ……いや、どうだろう。ちなみに怜菜は、どんな風に言っていたんだい?」


 少し考えた素振りを見せた後、香月先輩は質問を質問で返してきた。


 なんだろう、微妙に何か嚙み合っていないような感じがする。


「神崎の研究テーマは、次元に関することだと聞いています。一次元とか、二次元とか、そういう事に関する研究だと」

「……」


 俺の言葉を聞いて、香月先輩は腕を組み無言で何かを考えはじめた。


 てっきり香月先輩も神崎の研究内容については知っているものだと思っていたのだが、この反応を見るに知らなかったという事なのだろうか。


 いや、香月先輩は知っているというような事を、前に神崎は言っていなかったか?


「なるほど……そういうアプローチという訳かな」


 何かを理解したように、そう呟く香月先輩だった。


 俺と朝山先輩は思わず目を合わせ、首を傾げる。


「ああ、つまりね。私と岩倉君で情報に差異があるのは、単純に手段と目的の違いという訳だよ。私は世界の真理を解明する為に、究極の問いについて研究している。妃那美は宇宙の果てへ到達する為に、幽体離脱という手段を用いている。岩倉君は自分に起きている現象をより深く理解するために、シナスタジアについて調べている、そういった違いだよ」


 つまり俺が聞いたのは手段であって、目的ではないという事か。


 俺は神崎から手段を聞いたのみで目的についてはまだ知らず、逆に香月先輩は目的を知っていたが手段については知らなかったという事を言いたいのだろう。


「怜菜の発表を聞けば全てが分かることだよ。ただね、私から言っておきたい事があるとすれば、彼女が目的としている事は正直、荒唐無稽な事に聞こえるかもしれない。事実、私も話を聞いた時には、信じられないという気持ちが芽生えたからね。しかし、怜菜という人間を知っていくほどに、その気持ちは段々と薄れていった。今ではそうだね、彼女のいう事を信じるほどになっている……何が言いたいのかというと、彼女の発表内容を聞いて驚くことはあるかもしれない。ただ信じる、信じないは別にしても、研究会のメンバーとして、そこは受け止めてあげて欲しいと思っている。まあ、こんな事はわざわざ言わなくても大丈夫だと思うけどね」

「大丈夫だよー。だって神崎さんはさー、私の幽体離脱体験なんていう、他の人に話したら笑っちゃいそうな話を信じて、色々調べたりしてくれてたじゃん。私もねー、神崎さんがどんな研究をしようとしてたとしても、それについて一緒に話とかしたいなーって思ってるもん」 


 香月先輩がそこまで言う神崎の目的というのが何なのか、正直それは凄く気になるし、そこまで言われて身構えてしまう気持ちもあった。ただ、俺も朝山先輩と同じだ。


「そうですね。俺も同じです。例え神崎がどんな研究内容を発表したとしても、俺はそれをバカにするような事は絶対にしないです」


 口をついて出た言葉。


 それは、電話口で神崎が俺に言ってくれた言葉と、ほとんど同じものだった。

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