第5話 花は時期を待って咲く 2 ~後編~
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会場内がざわついた。
どのような演奏を聴かせられるかと、嘲笑を含んだ予想が語られ、窘める声がわずかに立ち上がっては消えていく。
だが、そのザワめきは演奏が始まって3音で消えた。
予想のはるか上を行く澄んだ音色が、人々の耳を撫で、口を閉じさせた。
聴衆に残っていた嘲笑も、1小節聴く頃には拭い去られている。
奏でられる音色は素人のものではなかった。
聴く者を魅了してやまない、極上の調べ。
「う、うそ」
女は驚愕に震えながら二歩後退った。
清らかなものを汚すことを恐れるかのように。
彼女が望んでいたのは、巧くもヘタでもないどっちつかずの演奏だった。
感動も笑いもなく、会場内の空気が微妙なものになることこそが望みだったのだ。
何とも言えない気まずい空気となるところを見たかったのである。
しかし、そうはならない。
カロスタークがさせない。
実を言えば、カロスタークはヴァイオリンが——本人は無自覚ながら——得意である。
金勘定と同レベルで身についている才能なのだ。
なぜなら、彼の母はヴァイオリニストだったからだ。
機会に恵まれず、大成はしなかったが腕は一流だった。
王都での競争に負けて借金を抱えたことで、レッドルア商会会頭の愛人に身をやつした経緯がある。
それでも、ヴァイオリンの技術をさび付かせはしなかった。
事あるごとに演奏を披露し、人々の喝采を浴びたものだった。
カロスタークは、その姿を見て育ち、指導も受けた。
貴族の嗜みで習うモノとは違う。
プロを目指せるだけの技量があるのだ。
貧しかったが、いや、貧しかったからこそ。
ヴァイオリンの演奏は日々の生活においての慰めとなっていた。
血と肉以外で、カロスタークが母から受け継いだ唯一の財産。
それが、音楽である。
ちなみに、父親から受け継いだのは血だけだ。
演奏が終わる。
余韻が静かに広がり・・・。
割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
女性たちはもちろん、男性の中にも目元を濡らす者が多くいた。
バカにしようとしていた女は人々の流れに弾かれ、輪の外へと追いやられていた。
その顔は悔しさに歪み、正視に堪えないものとなっている。
もっとも、人々が感動に浸る後ろで人知れずつまみ出されたため、宰相直属の執事と、その指揮に従った警備兵以外の者が目にすることは避けられていた。
あとでカロスタークが聞いた話では、もっと早くに退場させたかったのだが騒ぎになることが目に見えていたので躊躇していたということらしい。
確かに、あの女性なら大暴れして叫びまくることが予想できた。
なので、列席者の目がカロスタークに向けられ、本人が目論見外れで呆然としたタイミングで排除に動いたのだとか。
さすがは宰相とその直属の部下。
そつがない。
こうして、婚礼はつつがなく平穏のうちにおひらきとなる。
女のその後について。
宰相の執事が後に語ったことによれば、これ以降はパーティーに招待されることはなくなったという。
というのも、宰相から両親に対して『丁寧な注意』が与えられたそうな。
ごく一般的な貴族の下にも宰相直々に『注意』が行ったらどうなるか。
両親は卒倒しそうになり、兄は死人のような顔でしばらくは口もきけなかったようだ。
当然、あの女は実家にほぼ幽閉される羽目になる。
他人のパーティーに潜り込むこともできなくなり、当然に行き遅れが確定。
そこへ、宰相からありがたくも『見合い』の話がもたらされた。
まだ見捨てられていなかった!
両親は胸をなでおろし、引き籠りになりかけていた兄も社会復帰できるまでに回復したそうな。
そして、良家でありながら容姿に恵まれず結婚相手がいなかった四十男のもとに嫁ぎ、三男四女を産んだという。
幸せに生きたかについては、定かではない。
ただ、子供たちは母親を反面教師にして育ったことで、能力も人格も素晴らしい人物に成長したという。
彼女自身はともかく、夫と家族は幸せになれたらしいので、社会に貢献したことは間違いない。
一人寂しく野垂れ死にしなかっただけ、幸運と言えるだろう。
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