第9話 蜜なき花に蜂は寄らず
4/4
園遊会の場を騒がせない程度の速足で、カロスタークはエルザを追った。
仮にも『婚約者』。
これ以上おかしなことはさせられない。
そう思ったからなのだが、杞憂だった。
追いつく直前に、その光景が目に飛び込んできたのだ。
「この恥知らずめが!」
シエルアージュ侯爵だ。
婚約するときに会って以来の再会だが、エルザを引っ叩く場面で顔を合わせることになろうとは。
なんと声を掛ければいいのやら。
カロスタークは足を止め、茫然と突っ立っていた。
「カロスターク君か。すまない。娘がとんだ恥をかかせてしまった」
カロスタークに気が付いた侯爵が居たたまれない表情で詫びた。
大勢の前で恥をかかせたのだ。
侯爵といえどこうなりもする。
「婚約解消と言われてもやむを得ないと覚悟はしている」
固い口調で侯爵が言ったとたん、エルザが反応した。
「カロスターク様!」
弾かれたような速度で移動して、カロスタークの腕に縋りつく。
「わたしの婚約者は貴方だと、ようやく気が付けたの。一からやり直しましょう」
「悪いけど、そんな気はないよ」
「え? 『あの方』・・・いえ。アレの話は二度としませんから!」
『あの方』がいきなり『アレ』呼ばわりか。
なんて節操のない女なのか。
呆れ果てる。
「あのさ。そんなコロコロ態度を変えるような人間、信用できると思うか?」
「——っ。む、昔の思い出を美化しすぎて、ちょっと傲慢になってたことは謝るから!」
「ちょっと、ねぇ?」
とてもじゃないが「ちょっと」で済むものではなかったとカロスタークが指摘すると、エルザは俯いて何も言えなくなった。
下手に出たことがないので言葉を思い付けないのだろう。
「こういうわけなので、婚約は破棄で」
「そうか——。残念だが、やむを得ないな」
復縁を拒否されたエルザは、父親のシエルアージュ侯爵に引きずられるようにして連れ去られていった。
カロスタークにとって三度目の婚約者は、そうして姿を消したのである。
その後。
風の噂によるとエルザは、王国で一番過酷だとされる修道院に放り込まれ、世俗の穢れを払うべく身を清め続けているそうだ。
朝から晩まで神に祈りを捧げ、水垢離をして心身を清める毎日だとか。
よいことだ。
男がいない環境であれば、頭がおかしくなるような妄想もできないだろう。
「ま、もうどうでもいいけど」
見慣れてきたサロンの天井を見上げ、カロスタークはフランソワが聞き込んできた噂話を聞き流した。
シエルアージュ侯爵の別邸は、今もカロスタークの居所となっている。
もともとエルザのために建てたものだったのだそうだ。
そのエルザが修道院に入ったからには不要だということで、慰謝料代わりにもらったのだった。
使用人もそのままついてくる。
賃金はシエルアージュ侯爵の負担だ。
ただし、エルザ付きだった使用人は解雇された。
エルザに妙な知恵を吹き込んでいたことが、他の使用人によって証言されている。
侯爵家から解雇された初老の女・・・野垂れ死にがほぼ確定だ。
同情はしない。
「ここなら、七・八人は側室がいても大丈夫ね」
セザールが、なぜか楽しそうに言ってくる。
広いということで、すでにセザールとフランソワも一部屋確保しているのだ。
「いや、そんなにいらないけど?!」
側室だけで八人とか!
妻入れたら二桁か?
身が持たないだろ!?
戦慄するカロスタークだった。
読了・評価。ありがとうございます。




