第8話:後ろ盾というものの意味~商人と交渉~
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「これはまた・・・大変なことになっていますね」
沈黙に沈む者たちに、声がかかる。
カロスタークの登場だった。
背後には銀行員と、恐縮しきりの当家執事の姿があった。
二年間、婚約していたのだ。
男爵家の執事とも顔なじみだった。
事情を説明して、中へ入らせてもらうぐらいは簡単だったのである。
家具がまったくなくなっているのを見回しながら、カロスタークは商人たちの下へと向かう。
男爵夫妻の方が近いのだが挨拶もしなかった。
「ご苦労様です」
「先に始めさせてもらっていましたよ」
会釈するカロスタークに、商人は素っ気なく言った。
事情を鑑みれば、男爵家を差し押さえる権利一等はレッドルア家にある。
そうと知っていながら、不在の中で物事を押し進めた。
私人としては思うところもあるが、商人としては正しいことをしている。
『出遅れたのは貴方で、私たちが不当なことをしたわけではない』と言外に告げているのだ。
「だろうと思いました。ですが———到底足りはしないでしょ?」
全て知っていましたよ、と余裕の笑みを見せるカロスターク。
「この程度で足りるくらいなら、二年前に家財売り払って返済が終わってますからね」
「・・・なるほど、そうでしょうな」
そうだった。娘を差し出してまで『猶予』を手に入れなければならなかった額が、貴族家の屋敷とはいえ一軒分の財産でどうこうできるものではない。
「そこで提案があります」
銀行員を呼び寄せ、数枚の書類を提示する。
「残りの負債をすべて一本化したのち、債権は私に買い取らせていただく。もちろん、全額一括返済できる資金などありません。ですので、返済は分割で私がいたします。いかがですかな?」
「ほう」
気のない声を上げつつ、商人代表は提示された書類に目を通す。
「・・・・・・」
その目がしだいに見開かれ、ギラギラと輝いていく。
債権回収が可能になる道筋が、確かにつけられていると確認できるからだ。
「・・・いいでしょう。いささか不安な部分もあるが、我らがこのまま男爵を追い込んだところで回収は難しい。カロスターク殿にお任せいたしますよ」
商人代表が言うと、他の商人も頷いた。
ここで立っていても銅貨一枚にもならないのは確実なのだ。
その点、カロスタークの提案に乗れば、負債全額とはいかないが一部は確実に取り戻せる。また、うまくいくようなら投入した資金は全部返ってきて想定した以上の利息も手に入る。
乗らない選択肢を選ぶことは、あり得なかった。
「金利などのご不満は?」
あるなら言ってみろ、そんな顔でカロスタークは問いかけた。
負債を一本化したあとの元本に掛ける利率のことである。
一本化するに際して、カロスタークは金利をかなり低めに設定していたのだ。
「我々を試しているのかね? 舐められたものだな」
睨みつけつつ、笑みを浮かべる商人たち。
確かに金利は低めだ。
しかも、月々の返済額も多くはない。
なのに、商人たちが不満を口にせず、一発で受け入れたのはなぜか?
期間が長く設定されていた。
少ない返済額には利息と元本の両方が含まれている。
月々の返済額が少ないということは、負債の本体である『元本』の減りが遅いのは当然。
つまり、月々の返済はほぼ『利息だけ』だ。
元本は微々たる分しか減らない。
金利とは元本に掛ける利率である。
元本が減らなければ利息もまた減らないままなのだ。
その結果、返済は長期にわたる。
何年も利息とほんのわずかな元本を返済することを続けなくてはならない。
返済にかかる総額が、かなり増加するということだ。
月々の収入は小さいが、全体で見ればより多くの金を受け取れる。
今すぐに大金が欲しいというような理由がない限り、商人たちにとっては美味しい話となっていた。
そこに気が付けますか?
文句があるなら言ってみろとカロスタークが強気なのも、商人たちが舐められたものだと言いながら笑顔なのも、そういうわけだからだった。
「もちろん、余裕があるときには返済額は適宜増やしていきますがね」
月々の返済額は『最低限この金額は返済する』もので上限は設けないということだ。
「はっはっはっ、我々としても目の黒いうちに完済してほしいですからな。構いませんとも」
返済が滞るのは絶対ダメだが、増える分には構わんと商人たちは一笑にふした。
商人たち『は』これでいい。
あとは――貴族に『現実』を教えるだけだ。
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