第1話 蝙蝠の選択は友人を二人得るか、敵を二人作るかである ①
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——帝国による侵攻が始まる一年前のこと——
王国北西部に位置する『グリトリアン』子爵家は、ミヌミエーラ男爵領の東に位置している。
北西部と中央との境となる位置に領地を持っていた。
「帝国が兵を集めている。攻め込んでくるつもりだ」
子爵家当主の兄が、憂い顔で呟くのを『リュッゼ』は静かに聞いている。
「探らせた諜報の者によれば、帝国が動員する兵数は支援部隊も含めると25万。対して王国軍は最大数の動員が行えたとして12万というところらしい」
「二倍ですか?!」
それほどの差が出るとは思っていなかったリュッゼが顔色を変えた。
「そうだ。これは帝国が勝つかもしれぬ」
「だとしますと、わたくしたちの領地は帝国に併合されるやもしれませんね?」
領地の位置からして、可能性は高い。
なればこそ、帝国の情報も得やすいのだから。
「帝国が勝つなら、それが必然となるだろうよ」
「地位の安堵は許されるでしょうか?」
今のまま、この地の領主でいられるかどうかだ。
この際、主君が帝国か王国かは関係ない。
領主という地位の保全が何よりも優先される。
「無理だな。我らは王国の貴族なのだから。だが・・・」
「帝国になにか恩なり貸なりを作っておけば、あるいは?」
「そうだな。そのうえで、戦争時に抵抗せず下れば認めてもらえるやもしれん」
「ですが、貸しを作って取り入ったものの王国が勝ちでもすれば不忠を追及されませんか?」
帝国に取り入ったと知られれば、今度は王国からの目が厳しくなる。
最悪は降爵か廃爵だ。
領主の地位を失うことになる。
「そのとおりだ。どうしたものかな」
兄が頭を抱えている。
幼い頃から臆病で優柔不断な人であったが、爵位を継いでも変わらないようだ。
選択を迫られると、保身ばかり気にして天秤にかける癖があった。
どちらが重要かではなく、どちらを選べば楽で安全かとそればかりを気にしてしまうのだ。
今回の話も、王国の貴族なのだから王国に忠義を尽くすのが当然のところ悩んでしまっている。
帝国内の情報を王国に流せば、信頼を得られるだろうに——
「とりあえず、『帝国に攻勢の動きあり』と中央に話をもっていってはいかがですか? それで防御を固めてくれれば、帝国軍が多くても対処できるかもしれません」
事前に侵略の情報を知ることができれば、軍備や再編成も可能だろうし、外交で侵略を止める手立ても打てる。
侵略を阻止できれば、地位は安泰。
悩まなくていい。
「そ、そうだな。そうすれば、情報提供で褒めていただけるだろう。そのうえで準備を進めてもらえば、これまで通りだ。何も変わらないで済む」
ホッとした顔の兄が何度も頷きながら立ち上がった。
さっそく『注進』のための書状でも書くのだろう。
◇
——帝国侵攻の半年前——
「大丈夫なのだろうか?」
グリトリアン子爵は、部屋の中をうろうろと歩き回っていた。
宰相に帝国の動きは知らせた。
細かな情報はさすがに要らぬ詮索を受けるかもと曖昧にしてではあるが、兵力が20万を超えるだろうとは知らせてある。
にもかかわらず、王国側の動きがいまいち頼りない。
国軍を再編成して緊急時の対応力を上げたとは聞いた。
しかし、ひとつの軍団が3万では足りないだろうと思うのだ。
単純に考えても帝国は7倍の兵を動員するはずだというのに!
「これはやはり、帝国に貸しを作っておくべきか?」
王国の領土が帝国に併合されるのが避けられないのなら、誼を通じておくのが得策ではないかと考える。
「とはいえ、外交は一貴族のできることではないし・・・」
それは王族の専権事項だ。
勝手にやったらそれこそ斬首である。
「兄上。それならば第五皇女のヒルデガルド様に取り入ってはいかがでしょうか?」
いつものように部屋にいたリュッゼが提案した。
「ん? ヒルデガルド様?」
「はい。皇帝の愛娘とのことですが、変わった性癖の持ち主とか」
「せ、性癖?」
「はい。若い同性をいたぶるのがお好きだと聞き及びます。ですので、領内の貧しい者の中から見目の良いモノを買い上げて献上するのです。そうすれば覚えがよろしくなりましょう。そこから、帝国内の有力者への糸口を広げていけばよろしいかと」
皇帝以下、帝国の中枢で権力を有する者との交渉は『外交』となる。
しかし、中枢との関りが存在しない『第五皇女』との間で親交を深めるのは『個人的な交友』に過ぎない。
グレーゾーンではあるが『黒』でなければ、咎められることはないだろう。
「ふむ。それならばいけるか」
なるほどと頷き、子爵はまたしても出て行った。
貧しき者たちの元へ騎士を送り出し、よさげな女を見繕うのだろう。
領民を道具にすることに躊躇はないようだ。




