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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【戦場にて】編~麦を植える前には土を耕すもの~

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第12話 蜂を、蟻は知らず ①

2/5

 


「動きだしました」

 カロスタークの下にも報告が入る。

 監視していた者たちからのものだ。


「敵補給部隊、南進しています」

 荷馬車の群れの動きが逐一入ってくる。


「攻撃対象は確定でいいのか?」

 状況からして確定だとは思うが、最終確認のつもりでカロスタークが訊ねる。


「はい。完全に監視下に置きました。あとは仕掛けるタイミングを計るのみ」

 セザールが答えた。


「了解だ。仕掛けるタイミングはミヌミエーラ男爵に一任。各自、所定の行動をとれ!」

「ははっ!」

 王国軍も動きを活発化させた。


 最前線に立つのはシャリィアだ。

 王国第三軍を率いて、最前線で部隊を展開させる。

 敵を半包囲して逃亡を防ぐ。

 それが役目である。


 一方のミヌミエーラ男爵の役目は、一番槍だ。

 真正面から攻めかかり、相手に先制の一撃を与える。

 一撃をもって防御の意思を挫くことが求められていた。


 なんとしても守り抜く、などと意思を固めて粘られては面倒。

 一撃で叩き潰し、慌てて逃げださせるのが目的となる。

 隙なく構えている敵は強いが、浮足立って逃げる敵は弱い。

 逃亡に走った敵はシャリィアが捕捉することになっていた。


 この二人が実働部隊。

 残りは司令部だ。


 総司令的立ち位置のカロスタークは、状況を俯瞰して各部隊の連携に注力する。

 彼の護衛はもちろん、セザールとその騎士団の仕事だ。


「勝ちは見えている。全軍落ち着いて行動せよ」

 伝令に言づけて、カロスタークの仕事は終わりだ。


 あとは、結果を待つのみである。


「ちょっと見たかったけどな」

「へー、そうなんだ?」

「ひっ」

 セザールのごく低音の声に、カロスタークは首をすくめた。


 ◇


 戦闘は開始10分で終わった。

 戦いにならなかったのだ。


 攻めかかるのはミヌミエーラ男爵領貴族軍1500。

 受けるのは、全裸の女性たち。


 そうだ。

 カロスタークが攻撃しようとしていたのは、補給部隊ではない。

 ヒルデガルドのいる本陣だった。


 カロスタークには『翼人族』の協力がある。

 二次元ではなく、三次元の広がり——『上空』があるのだ。


 上からならば、地上の動きなど見え見え。

 補給部隊を中心にして敵が囲むように動いていることがわかる。

 各部隊の動きも筒抜けだ。


 敵部隊の動きとニアミスをしないよう、上空と連絡を取りながら進めば敵に遭遇することなく動ける。

 もちろん、何度か敵の偵察兵を消す必要にはなったが、それだけだ。


 敵の軍勢の間を潜り抜けて本隊を直撃。

 それが、カロスタークの作戦だった。


 10万の兵が前進している。

 敵が来るとは考えず無防備になっていたヒルデガルド直属部隊は、ミヌミエーラ男爵領貴族軍を見た瞬間に膝から崩れ落ちて壊滅した。もはや、戦う意志など持っていなかったのだ。

 武器も持っていなかった。

 防具も。

 服すらもが手元になかった彼女らにできることは、殴りかかって串刺しになるか投降するかである。

 そして、彼女たちの選択は——選択の放棄だった。

 どちらも選ばず、その場でうずくまったのだ。


 好きにしろと。


 だから、ミヌミエーラ男爵は全員を捕虜とした。

 全員に普段の服を着る猶予を与えて。


 彼女たちはいっそ穏やかに、捕虜という立場を受け入れた。

 約一名を除いて。


「どうして? なぜ?」

 捕縛されたヒルデガルドは、うわ言のようにそう呟き続けていた。


 物心ついたときから、欲しいものは即座に与えられ、

 不快なものは、気づけば視界から消えていた。


 彼女にとって世界とは、自分のために回る舞台装置だった。

 望めば夏に雪が届き、気に入らない者は、翌日には姿を消していた。


 だからこそ、軍を率いて王都に向かうと決めたとき、

 それが叶わない未来など、想像すらしていなかった。


「なにが起きているの……?」


 金切り声を上げようとしたが、それすら叶わなかった。

 口には猿轡が嵌められ、腕は後ろ手に拘束されている。

 両脚には鎖がかけられ、歩幅すら制限されていた。


 首にも枷がはめられ、顔を動かすこともできない。

 頬に止まった虫を払うことすら、できなかった。


 それは、彼女にとって初めての“世界の拒絶”だった。

 ままならぬ現実が、ようやく彼女の足元に届いたのだ。



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