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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【ミーラン】編~レッドルア家発展の礎~

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第3話 レッドルア家発展の礎 ③

3/5

 


「なんだコイツは!」

 とりあえず、長に手を貸してもらって立ち上がるカロスタークに、罵声が飛んだ。

 コイツ、と指さされたのはもちろんカロスタークだ。

 手は人間のものと同じで、人差し指が突きつけられる。


「カロスターク・カロ・レッドルア伯爵だ」

「名など知るか!」

 どうでもいいと、腕が振られた。

 併せて、翼も羽ばたいて風がすごい。

 これはたぶん、いや、間違いなく威嚇されている。


「なぜ、人間がこの町にいるのかと聞いている!」

「人間がいてはいかんのか?」

「たりめぇだろ! ここは亜人の町だぞ!」

「その理屈だと、亜人が人間の町で迫害されるのは当然ってことになるね」

 亜人の町に人間がいることを否定するのなら、人間の町で人間が亜人を否定するのもおかしなことではない。


「しかも、人間の町は確かに亜人に冷たいけど、出入りを禁止まではしていないよ? 亜人は人間よりも排他的ってことかな?」

 そこにいるだけで罵声を浴びせたり、殴りかかったりはしない。

 なのに、カロスタークはどうやら蹴り倒され、踏みつけられたらしいのだ。

 どっちが狭量かってことになる。


「クッ!」

 理解するだけの頭はあるようで、姉は言葉に詰まって顔を逸らした。


「だ、だが! この町は人間に襲撃されていたと聞いたぞ!」

「それを退けてくれたのが、このお方じゃ!」

 亜人の町の長が吠えた。

 エルフなのに、犬か狼の獣人並みの迫力だ。


「恩人に対して、何たる無礼か!」

「チッ。るっせぇな!」

 姉が、カロスタークの足元に唾を吐いた。


「あっ、こら。待たぬか!」

 翼をはばたかせて、姉がスルリと飛び上がる。

 意図してのことだろうが、カロスタークの顔に土がかかった。


「あやつめ、逃げおった!」

 憤慨するエルフの長。


「も、申し訳ありません!」

 姉の代わりに頭を下げる妹。

 姉は羽の色が鳶色だったが、妹は艶やかな黒羽を揺らしていた。


「で、でも。人間がこの町にいるのは、やはり違和感があるよ」

 カロスタークを見つめながら、妹も拒否を示してきた。

 その瞳は、まるで警戒心と…ほんの少しの興味が混ざっているようだった。


「この町を救った恩人なのだぞ!」

「そんなの知らないし、私には恩人じゃないし!」

 唇を嘴のように尖らせて、妹が拗ねた。

 けれどその頬は、ほんのりと赤みを帯びていた。


「なら、恩人なら問題ない? 仲良くなれる?」

 暇だったせいだろうか?

 カロスタークは、そんなことを言い出した。

 けれどその声には、どこか期待がにじんでいた。


「んー?」

 小鳥のように首を傾げる妹。

 その仕草に、カロスタークの胸が一瞬だけ高鳴る。


「それなら、考えてあげなくもない」

「よし。で? なんか困ってることはある?」

 勢い込んで問うカロスターク。

 その目は、彼女の心の奥を知りたがっていた。


「……」

 沈黙が返ってきた。

 けれどそれは、言葉が見つからないからではない。

 無垢な瞳が、カロスタークをとらえて離さない。

 まるで、彼の中に何かを探しているかのように。


 鼓動が、ひときわ強く鳴った。

 それは、敵意でも警戒でもない。

 もっと柔らかくて、あたたかい――

 まだ名前のない感情だった。


 恋とか愛とか呼ぶには打算的。

 友情や信頼と呼ぶには、つやっぽすぎる。


 ただ、彼女の瞳の奥に映る自分を、

 もう少しだけ見ていたいと思った。

 それだけで、胸の奥がざわめいた。


 彼女もまた、何かを言いかけて、やめた。

 黒羽がふわりと揺れて、風が二人の間をすり抜けていく。

 その距離は、ほんの一歩。

 けれど、踏み出すには勇気がいる一歩だった。



読了・評価。ありがとうございます。


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